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13 「でっ、で……でも!ちゃんと王族の亡骸は全員分確認されたはずです!」
「それで、あの日あなたがどうしてもと考えないなら聖人の義に来いというから、中央堂に言ったら謀反に巻き込まれたというわけです」
「……はい?ちょっと待ってください。僕がヘラヘラと生きている間、あなたはそんな目に…?」
フェルディナンドに、長い昔話を聞かせたリーシャは一息付きながら紅茶を口にした。
「…そうなりますね、実際は三年のお暇を頂いたような物ですから、あなたよりも気は楽だったでしょうが」
「そもそも、隠し通路の事を知っていたのだから、もっと早く出れば良かったのに…。というか、僕何も知らなかった…。会いに行っても、そんな事何も言ってくれなかったじゃないですか!」
フェルディナンドにとっては、愛する人はただ引きこもり気味の可愛い人という認識でしかなかった。
だが、実際にされたのは幽閉され王すらも脅し第一王子は王権を握っていたという奇を衒う話。
「私が部屋から出れば目撃されるかもしれない。隠し扉が見つかればあなたとの逢瀬も出来なくなる…だからあの時しか使えなかったのです。あそこから出れるのはたった一度だと思っていましたから」
結果、あの謀反はリーシャを手放させた。王諸共聖女のもとへ行ったとはいえ、リーシャにとってはようやく自由を手に入れる為に必要だったと言わざるを得ない。
「……何と言えばいいんでしょう。あの謀反が無かったら…リーシャは今頃あの薬で聖女の元に……」
「…きっとそうは、ならなかったと思いますよ」
リーシャが語る筋書きでは、フェルディナンドが頼み込んだから考えなしに訪れた聖人の義…その後は自分にも分からないという言い草であった。
「では、どうなると?」
「ノア殿下は、あの謀反を知っていたのではないでしょうか。最後に会った日の口ぶりが気になりますし…謀反の後、アルベルトと側室宮に行った時、誰かが入った形跡がありました。金目のものに手は付けず…私の写真だけが無くなっていた。本当は、あの日私が側室宮に居れば私を連れてどこかに逃げるつもりだったのか」
フェルディナンドは、その話を聞き終わる前に甲高い声を上げる。
「っ…待ってください!その言い方だと……まるで」
「ええ、だから……」
リーシャが月明かりと重なると、その美しい唇は有り得ない言葉を紡いだ。
「ノア殿下は生きているのでしょうね」
またしても素っ頓狂な声を上げるフェルディナンド。
「でっ、で……でも!ちゃんと王族の亡骸は全員分確認されたはずです!」
「あれだけの騒ぎ、本当に本人だと確認したのでしょうか?私は見ていませんが、亡骸は見るも無惨だったと聞きました。亡骸を繋ぎ合わせて確認したのではなく、式典に出席していた可能性が高く、今も所在の分からない王族は皆逝去という整合性を取ったのでは?」
確かに、仮に生きていた王族が居たとすれば姿を現さない事は納得のしようがない。
「で、では…兄上は今もどこかで…?でも、謀反を知っていて生きながらえたのなら、あの方は王です。父上を嫌い、あなたの支配を望んだのなら…消えてしまう意味が分かりません」
ノアのリーシャへの思いは、フェルディナンドのそれよりもずっと長い。
フェルディナンドの九歳からの片想いなど、ノアの二十年を越える執着とは比べ物にならないだろう。
こうしてフェルディナンドがその手にリーシャを抱き締めているように、ノアも王になればリーシャを永久に閉じ込めるなど容易かったはずだ。
「想像はつきます。居るはずの私を迎えに行ったら側室宮におらず、騒ぎの中王宮から出るのは容易でもまた入る事は叶わなかったのかもしれません。それよりも…殿下だけ謀反を知っていたのなら、爆弾の持ち主である隣国との関わりが気になりませんか?」
貿易を盛んに行っている隣国、そして次期王であるノアは隣国との外交にも、その狡猾な話術を活かし友好的に進めていたと伝えられている。
確かに、本当にノアだけが謀反を知っていて生きながらえているとしたら、そこには何かしらの思惑を疑うのが普通だ。
「…確かに。戦争になれば貿易も行えなくなりますから、秘密裏に王族を皆殺しにしたが、兄上だけは逃がした……?」
「この国の権力は事実上ノア殿下が握っていましたが、そのノア殿下もまた隣国から圧力を掛けられていたのかもしれません。……可哀想な人です」
フェルディナンドは、リーシャの瞳が伏せ目がちになり長いまつ毛が影を作るのを見ていた。
「…リーシャ、三年も一緒に居たのですもんね、演技とはいえ恋仲であるような態度で……」
「変な想像をするのはやめなさい。それでフェルディナンド…話は本題です」
リーシャは、フェルディナンドの両手を掴むとその翠色の目をしっかりと見据える。
「リーシャ……?」
「隣国の王は、私の容姿をいたく気に入っていた。私が妾になると言えばその懐に入れるでしょう。生きているはずのノア殿下の失踪…隣国の爆弾、私の知らない…不穏な何かを感じます。何かが起こる前に…この国の為に出来る事をしたい」
長い昔話を聞く前に、真剣な面持ちのリーシャに国を優先すると約束した手前、自らのエゴで止める事を躊躇した。
「……すみません」
だがすぐに、その小さな躊躇すらも掻き消えていく。
「リーシャ、許してください。僕は絶対に許さない。兄上の二の舞になっても…あなたを手放したくありません。隣国の王の妾など…もう戻って来れない事が分かりきっています。そんな事にあなたの人生を費やすなど……」
「フェルディナンド、約束したでしょう?国の事を一番に考えると。情報を仕入れたら暗号にして文に認めましょう。私は…聖女の加護のあるこの国の為に生きたいのです」
フェルディナンドからすれば、得体の知れない不穏の為にリーシャをスパイにするなど許すはずがない。だが彼も王、絶対に首を縦に振るつもりなどなくても、放っておけと一蹴する事も出来ない。
「……ノア殿下は隣国に渡ったと思いますか?」
リーシャは、フェルディナンドの意外な言葉に目を丸くした。嫌だと泣き喚くだけの幼い子供のままだと思っていたからだ。
王になっても、たくさんの大人に唆され決断をしてきただけの傀儡だと心のどこかで思い込んでいた。
その目はしっかりと、国を見据える一人の王。
「……調べさせましたが、この数ヶ月で隣国に渡った形跡はありません。輸入で用いた船も大人の男がこっそり密航出来るようなものじゃない」
「ノア殿下は、何かを知っていると思いませんか。隣国との繋がりがある。あなたが隣国の王の妾になるよりも先に出来る事があるでしょう」
ノアの居場所…リーシャだって考えなかったわけじゃない。だからこそ隣国へ行ける船の渡航履歴をくまなく調べたのだ。
「信頼のおける官吏や従僕がもちろん探していますよ。でも、殿下が生きているかもしれないという戯言を吹聴するわけにもいきませんから、難航していますが」
この国の危うさはフェルディナンドも自覚がある。王としての教育を全く受けていない第五王子が付け焼き刃の政で回しているのだから。
元々信仰心という団結で纏まっているからこそ混乱は起きてはいないが、他国の侵略となれば話は別だ。
「僕が兄上を見つけます」
リーシャは、癇癪を起こしたように壁を叩きつけた。
「あなたに何が出来ますか?」
「期限は半年ください。確かに僕に外交力はまるでありません。爆弾が隣国のものと知りつつ、あなたのように考える力もなかった。こんな情けない王があなたを求める事すら烏滸がましいのです。それでも……あなたの側にいる努力をさせてくれませんか」
フェルディナンドに残されたほんの少しの時間。隠匿とはいえ、国を上げて探しても見つからなかった第一王子を探し当てるのだと、フェルディナンドは決意した。
◇
「リーシャ~~~~また会えるなんて!」
「ぅ、メレ二ー様…苦しいです」
「リーシャ、リーシャ…心配していたのよ。あと人に…話は聞いていたけれど、何も出来なくて…本当にごめんね……」
メレ二ーの抱擁に顔を歪めるリーシャ、その光景をアイリスは微笑ましそうに、アルベルトは驚いた様に見つめている。
「母上とリーシャ様…仲悪いんじゃ…」
「何言ってるのよ、あの人が亡くなって…リーシャが一番に手紙をくれたの。一時は後を追ったと聞いて…本当に心配だった。けれど、必ず会う機会を設けるからと文を貰って、時期を見計らっていたのですよ」
その日は、表向きにはアルベルトの婚姻の顔合わせだ。だが、前もって送ったフェルディナンドの文の内容のせいで、全員が本来の目的を忘れかけていた。
「アルベルト殿下、はじめまして…一応あなたの妻になる予定の お兄様 の!ケイトと申します」
「お、お兄様……?」
「ケイトは私の親戚ですからね、伯爵家の分家の子、可愛いでしょう?私の花束のような子」
元々リーシャが王族の力を強める為に用意した婚姻、都合がよく器量のいい娘だと聞いていたが、その忠心は想像よりも深い。
「で、第一王子が生きてるかもしれないって?」
フェルディナンドの送った文の内容は、第一王子が存命かもしれない事と、ノアが隣国との外交において必要な事、見つからなければリーシャが隣国へ行くかもしれない事を真摯に書き連ねてあった。
「リーシャが隣国に行くなんてぜ~ったいダメ!」
「お兄様に何年もお会い出来なかったのに、それが今生の別れになるなんて有り得ません!」
「リーシャ様が、隣国の妾になるくらいなら俺だって一緒に行く。国の事とかどうでもいいし」
「リーシャ様、私はその際は私も絶対に連れていくと約束してください」
メレ二ー、ケイト、アルベルト、アイリスが続けて言葉を荒らげた。
「でも……あの、おぞましい…いや、失言ね…リーシャを手に入れる為に、たった六年で王宮の力関係を変えた殿下……今頃リーシャ不足で野垂れ死んでいるんじゃないかしら?」
リーシャも、概ね同感であった。
謀反の直前まであんなにも執着を隠さなかった男が、すぐにリーシャへの関心を失くすとは思えない。
「リーシャへの懸想なら僕に任せてください。僕に考えがあります」
「あら陛下、首ったけだとは聞いていましたがノア殿下ともまた違う熱さ…」
元々、顔合わせでいい子にしてろと言い聞かせられているアルベルトは口を尖らせてフェルディナンドの言葉に耳を傾けた。
「陛下、で考えっていうのは?」
フェルディナンドも、口には出さないがアルベルトに送る目線は冷たい。
隣国との外交で頭が埋まってはいるが、アルベルトの動向も、フェルディナンドにとっては頭の痛い問題だ。
愛するリーシャがその抑制の為に関係を持っているのももちろん気に入らない。
リーシャの手前お互い口には出さないが、目の上のたんこぶである事は一目瞭然。
「考えについてはこれからじっくり話します。ただ…正直これは一か八かです、皆さんは殿下がどんな方なのか教えてくれませんか?僕は恥ずかしながら、優秀な方としか知りませんでした」
もちろん、フェルディナンド以上にノアを知らないケイトは首を横に震る。
アルベルトも同意見のようだった。
最初に口を開いたのはアイリスで、軽く手を上げると顔を歪める。
「怖い方です。私は…リーシャ様に近寄らせて貰えなくなり…色々と動いたのですが、あの方の人心掌握は異常です。リーシャ様のお付の侍従ですら、ノア殿下に愛されたリーシャ様は幸せなのだと信じ込んでいました」
ノアを深く知るアイリスやメレニーにいいイメージは無いようで、苦虫を噛み潰したように嫌悪した。
「この国で、第一王子として産まれて聖女様を信じないなんて変よ。小さい頃からあんな感じで…あの人の母君も早くして亡くなってしまったけれど、とても良い人だった。前に、リーシャに会わせてと言ったら…こんな、こんっな怖い顔で…リーシャの名前を口にするなって言ったのよ!」
顔真似をしながらメレニーが興奮したように立ち上がると、アルベルトは丁寧に諭し着席を促す。
「まー俺たちも、父上がありながら第一王子も誑かす悪い側室だって思わされていたんですもんね。実際には、こんな努力してまで父上から奪い取るくらいリーシャ様が大好きだったんだろうけどさ」
リーシャをこよなく愛する女三人たちは、言いたい放題に口を動かし、それを板挟みになりながら制止するアルベルト。
だがリーシャだけはただ冷静に…口を開いた。
「殿下は、本当に頭のいい人です。それすらも努力で勝ち取ったもので、私の事を好いているのは本当だけど、それは第一王子として努力する理由が欲しかっただけなのです。プレッシャーを感じる度に…私に心酔し頑張る糧にしていた」
意外にも、リーシャが口にしたノアの話は肯定的で聞こえのいいものだった。
「少し……分かる気がします。僕も、いきなり王だと言われて…顔も知らない国民の為と心でいくら思っても、押し潰されそうな時がありました。でも、リーシャの為だと思えば…なんでも容易かった」
「本当に……リーシャが国の為に生きる人間だから良かったけど、まさしく傾国の美女ね…男だけど。変化した狐だったら今頃この国は地獄だったわ」
愛おしそうに言い放つフェルディナンドに、メレニーは呆れる。
そして、息子であるアルベルトもまたリーシャに焦がれた目を向ける事にもため息を吐いた。
「というか、フェルディナンド。私がノア殿下の生存の可能性を隠匿したのはあなたの為なのですよ?なのに、こんなたくさんの人に言ってしまってよいのですか?」
それは、誰しもが思ったことではあるが誰も口に出来なかった疑問。
フェルディナンドがノアを見つけるというのは、事態によっては王位継承権の高い人間が現れる事になる。
ましてや、王族に産まれたからだけじゃない…王の権力を奪う為に一から集めた崇拝である。
ノアが生きていたと知られれば、名前も知らなかった第五王子などすぐに捨てられ、ノアを国の長として担ぎ上げられるだろう。
「…はい。兄上が心を入れ替えて国の為に生きるというのなら…僕はいつでも王位を返還致します。もちろん、思うところはありますが、リーシャが隣国にスパイに行くよりはずっといい」
リーシャがフェルディナンドと共寝をするのは王だからだというのは理解していた。
そして、それを手放せばきっとリーシャが離れていくのも。
それでも、フェルディナンドは半年という猶予の中真摯にノア探しの考えを、全員に対し口にし始めた。
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