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本編 第2章
第18話
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一度浮かんだ焦りはじわじわの真白の中を蝕んでいた。
自分は律哉の役に立っているのだろうか。このままでは、本当にお金のためだけの結婚じゃないか。
(律哉さんはとても素敵な人。真面目でとっても優しくて、私のことも気遣ってくださる)
本来なら、真白には手の届かない人だった。姉たちのほうがずっと相応しかった。
ただ真白しかいなかったから、彼の妻になったのが真白だったというだけだ。
(どうしたら律哉さんのお役に立てるの?)
初夜は疲れ果てて眠ってしまい、食事の際も彼に気を遣わせてばかり。
これでは妻というより、完全な客人である。
(頑張らなくちゃ。これじゃあ、花里にいた頃と全く同じ)
愛のない結婚だった。それでも、彼があまりにも優しく親切にしてくれるから。
その優しさと親切に報いたかった。
しなくてもいい苦労をし、借金だらけの実家を背負った。なのに腐らずに真面目に働いて、動いて――。
(こんな律哉さんだから、私も力になりたいと思う)
気が付いたらこぶしを握っていた。
「真白?」
律哉が真白のことを怪訝そうな表情で呼ぶ。真白はぎこちない笑みを浮かべる。
「いえ、なんでもないです。ありがとうございます」
取り繕ったことは、バレていなかっただろうか?
わずかな心配が胸の中に芽生えたが、気が付かないふりをした。彼がなにも言わなかったのは幸いだった。
風呂に入り、寝間着に着替えた真白はお茶を淹れていた。
お茶を淹れるのもあまり得意とは言えないが、花嫁修業の一環として習っていた。父は真白に高水準の教育を施してくれた。女学校に行かせてもらい、習い事もたくさんさせてもらった。
父のことは好きではない。自分勝手な経営者で、家族を顧みることもない人だと思っている。
でも、子供のために惜しみなくお金を使ってくれる人だ。
(思えば、感謝するべきなのかもしれないわ。お父さまの性格が合わなくて、感謝なんてちっとも考えなかったけど)
湯呑に温かいお茶を淹れる。お盆に二人分の湯飲みを乗せて、真白は移動した。
「律哉さん、どうぞ」
居間で本を読んでいる律哉の元に向かう。律哉は真白が来たことに気が付くとすぐに本を閉じた。
「わざわざ悪い」
「いえ、私にもできることはしたいので」
このままだと本当に足手まといになってしまうから……という本音はかろうじて口にせずに済んだ。
「律哉さんは本を読むのがお好きなのですか?」
先ほどまで彼が読んでいた本を一瞥し、真白は問いかける。
確かあの本は最近有名になり始めた作家の作品じゃないだろうか。
「特別好きというわけじゃない。ただ、気分転換にはいいんだ」
湯呑を手にした律哉は、その中の水面を見つめていた。目に宿る切なげな感情に真白の心臓がきゅっと締め付けられる。
「……たまに現実逃避したくなる。俺は桐ケ谷家の当主になるつもりはなかった。ただ軍人として生きていくはずだった」
彼の湯飲みを握る手に力が入ったのがわかった。
真白はなにも言えない。目を伏せることしか出来ないでいる。
「家を放っておいたつけが回ってきたという見方もできる。俺が兄としっかり交流をし、連絡を取っていたらこんなことにはならなかったと」
「……そんなの」
律哉のせいじゃない。
喉元まで出かかった言葉は、口にできなかった。そんなことを言っても、気休めにもならないだろうから。
「あなただって、こんな貧乏な家に嫁がなくて済んだだろうに。あの家の令嬢なら、もっといい嫁ぎ先があったはずだ」
たとえ、律哉の言う通りだったとしても。
「……私は、ここに来れてよかったと思いますよ」
俯いたまま言葉をつむいでいく。心の赴くままに、今の気持ちを言葉にすることにした。
(飾らなくていい。今、私が感じていることをそのままお伝えしたらいい)
彼に親切にしてもらって嬉しかったこと。優しくしてもらえて、嬉しかったこと。
――彼の力になりたいと心の底から感じていること。
自分は律哉の役に立っているのだろうか。このままでは、本当にお金のためだけの結婚じゃないか。
(律哉さんはとても素敵な人。真面目でとっても優しくて、私のことも気遣ってくださる)
本来なら、真白には手の届かない人だった。姉たちのほうがずっと相応しかった。
ただ真白しかいなかったから、彼の妻になったのが真白だったというだけだ。
(どうしたら律哉さんのお役に立てるの?)
初夜は疲れ果てて眠ってしまい、食事の際も彼に気を遣わせてばかり。
これでは妻というより、完全な客人である。
(頑張らなくちゃ。これじゃあ、花里にいた頃と全く同じ)
愛のない結婚だった。それでも、彼があまりにも優しく親切にしてくれるから。
その優しさと親切に報いたかった。
しなくてもいい苦労をし、借金だらけの実家を背負った。なのに腐らずに真面目に働いて、動いて――。
(こんな律哉さんだから、私も力になりたいと思う)
気が付いたらこぶしを握っていた。
「真白?」
律哉が真白のことを怪訝そうな表情で呼ぶ。真白はぎこちない笑みを浮かべる。
「いえ、なんでもないです。ありがとうございます」
取り繕ったことは、バレていなかっただろうか?
わずかな心配が胸の中に芽生えたが、気が付かないふりをした。彼がなにも言わなかったのは幸いだった。
風呂に入り、寝間着に着替えた真白はお茶を淹れていた。
お茶を淹れるのもあまり得意とは言えないが、花嫁修業の一環として習っていた。父は真白に高水準の教育を施してくれた。女学校に行かせてもらい、習い事もたくさんさせてもらった。
父のことは好きではない。自分勝手な経営者で、家族を顧みることもない人だと思っている。
でも、子供のために惜しみなくお金を使ってくれる人だ。
(思えば、感謝するべきなのかもしれないわ。お父さまの性格が合わなくて、感謝なんてちっとも考えなかったけど)
湯呑に温かいお茶を淹れる。お盆に二人分の湯飲みを乗せて、真白は移動した。
「律哉さん、どうぞ」
居間で本を読んでいる律哉の元に向かう。律哉は真白が来たことに気が付くとすぐに本を閉じた。
「わざわざ悪い」
「いえ、私にもできることはしたいので」
このままだと本当に足手まといになってしまうから……という本音はかろうじて口にせずに済んだ。
「律哉さんは本を読むのがお好きなのですか?」
先ほどまで彼が読んでいた本を一瞥し、真白は問いかける。
確かあの本は最近有名になり始めた作家の作品じゃないだろうか。
「特別好きというわけじゃない。ただ、気分転換にはいいんだ」
湯呑を手にした律哉は、その中の水面を見つめていた。目に宿る切なげな感情に真白の心臓がきゅっと締め付けられる。
「……たまに現実逃避したくなる。俺は桐ケ谷家の当主になるつもりはなかった。ただ軍人として生きていくはずだった」
彼の湯飲みを握る手に力が入ったのがわかった。
真白はなにも言えない。目を伏せることしか出来ないでいる。
「家を放っておいたつけが回ってきたという見方もできる。俺が兄としっかり交流をし、連絡を取っていたらこんなことにはならなかったと」
「……そんなの」
律哉のせいじゃない。
喉元まで出かかった言葉は、口にできなかった。そんなことを言っても、気休めにもならないだろうから。
「あなただって、こんな貧乏な家に嫁がなくて済んだだろうに。あの家の令嬢なら、もっといい嫁ぎ先があったはずだ」
たとえ、律哉の言う通りだったとしても。
「……私は、ここに来れてよかったと思いますよ」
俯いたまま言葉をつむいでいく。心の赴くままに、今の気持ちを言葉にすることにした。
(飾らなくていい。今、私が感じていることをそのままお伝えしたらいい)
彼に親切にしてもらって嬉しかったこと。優しくしてもらえて、嬉しかったこと。
――彼の力になりたいと心の底から感じていること。
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