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順調な日々と不穏な知らせ

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 そうして、皆がそれぞれに忙しい日々を過ごす中で領地での日々は瞬く間に過ぎて行く。

 まずドレス部門。

 こちらはとにかく時間との戦いで、人海戦術で乗り切っているらしい。
 というのも、最初に領地でドレスを仕立てる事になった時に打診に行ったお店の殆どが、結果的にドレス作りに協力してくれているからだ。

 一からドレスを仕立てるのは間に合わなくて引き受けられなかったけれど、せめて刺繍なら……と、繊細な刺繍で人気の仕立て屋から申し出があったり、レースなら何処にも負けません! というレース専門店から手伝わせて欲しいと問い合わせがあったりと、各所から様々な申し出が殺到したそうだ。

 領地の服飾業界総出だな……と思っていたら、何と刺繍糸を染める緑の染料が足りなくなり、領地の子供達が協力して必要な野草を摘んだりもしてくれていたらしい。

 まさに領民総出である。

 結構な騒動になってしまって申し訳ないが、自分達の領主夫人の為に出来るだけ素晴らしいドレスを作ろうとしてくれている領民達の気持ちが素直に嬉しかった。
 

 次に、領民の意識改革部門。

 こちらはマリーが中心になり、根回しやリサーチをしっかりこなしてくれている。
 ちなみに、モチモチパンの試食は大好評だったらしい。
 ついでに王都で一般的に出回っている小麦で焼いたパンも持って行って食べ比べしてもらったのだが、自領の小麦の質の良さに領民達も驚いていたそうだ。
 それが当たり前になってると、中々その良さに気付けないって事あるよね。

 それから、マリーにはエイダさんに手紙を届けて貰った。
 本当は同一人物なのだが、成り行き上『アナが貰った布をアナスタシアに献上した』みたいな形になったので、きちんとその辺を説明しておかなければと思ったのだ。

 マリーの話だとエイダさんは『そこまで本気で私の布を評価してくれているとは思わなかった。面識があるとはいえ、伯爵夫人に直訴するなんて勇気がいっただろうに……』と、いたく感動してくれていたらしい。
 ……ごめんなさいエイダさん。勇気はいりませんでした。何なら本人です。

 自分の織った布が伯爵夫人のドレスになるなんて感無量だと喜んでいたので、そのタイミングですかさずマリーが『この布はハミルトン・シルクと呼ばれ、仕立て屋さん達の間でも評価が高い事』、『そのハミルトン・シルクを織ってみたいと言っている若いお母さん達がいる事』を伝えてくれたらしい。

 以前お茶会で私が言っていた様に、この布織りを事業として継承する気はないかと尋ねたところ、少し考えさせて欲しいとの答えだったそうなので、明らかに一歩前進である。今後もマリーの手腕に期待したい。


 私はといえば、ミシェルの書を片手に磨かれまくる日々に、実践的マナー講座と旦那様とのダンスレッスンが加わった。

 ただでさえ一杯一杯の日々の中、最初にそれを告げられた時は『ひいぃー!』と思ったが、幸いマナーに関しては公爵家で叩き込まれていた分何とかなったし、ダンスで身体を動かすのは良い気分転換になった。

 旦那様も邸の使用人達も私は踊れないと思っていた様だが、実は私はダンスが得意だ。
 公爵家では必要無いと教えられなかったが、小さい頃からダンス好きの両親が教えてくれていたのだ。

 お父さんは腐っても元公爵令息。ダンスの腕は相当な物だったし、お母さんに至ってはそれこそ観るもの全てを魅了するレベルだった。
 うちの母は本当に底が知れない。


 ちなみに、旦那様はマーカスから領地経営を学ぶ様になった。
 領地の古株の使用人達は、坊ちゃまは結婚してしっかりなさった! と喜んでいたが、結婚がきっかけでは無いよね……。
 ともあれ、旦那様がしっかりしてくれるのは妻としても大歓迎だ! 頑張れ旦那様!



 しかし、全てが順風満帆に、とは中々いかない物で。そんな順調な日々の中で、不穏な出来事もあった。

 数日前、王都の伯爵邸から早馬で便りが届いたのだが、そこにとんでもない事が書かれていたのだ。

『王太子殿下からの遣いが伯爵邸にやって来た』と。

 しかもその要件が、『伯爵夫人のドレスを、こちらで用意しよう』という物だったという。

 勿論そんな事は前代未聞だ。
 私が貴族の風習に疎いから理解出来ないのかな? とも思ったが、旦那様が顔を真っ赤にして怒っていたから、やはりこれは非常識な申し出なのだろう。

 普通に考えても新婚の夫人に他所の男がドレスを贈るなんてあり得ない。
 そもそも、今回の夜会はドレスも用意出来ない私に恥をかかせてやろうというクリスティーナの目論見あっての事だったのではないのだろうか?
 それともそれはこっちの勝手な憶測であって、王太子側には何か別の目論見があるのだろうか?

 一応王太子側の言い分としては、急な夜会の招待で申し訳ない。ドレスの用意が間に合わない様なら、王家のツテで何とかするから自分に用意させて欲しい。という事だったらしいのだが、こちらがドレスを用意出来ない前提の話っぷりだったらしい。
 ドレスの準備は問題無いからと、セバスチャンとミシェルが丁寧にお断りをしたそうだ。

 ……なんかめっちゃ変なドレスとか用意して、私を笑い者にしようとしたとか……?

 しかし、いくらなんでもそれは程度が低過ぎるし、そのドレスを用意したのが王太子だと分かれば、結局王太子本人も恥をかく。

 いくら考えても、王太子の狙いが分からない。

 何を考えているのか分からない相手程、気持ちの悪い物はない。

 そんな何とも言えない気持ちの悪さを感じながら、私が王都に戻る日は一週間後に迫っていた——

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