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1章【我が家に天使がやって来た】

※喜ぶ夫婦トーマスとマギー

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 馬車はモントレー公爵の屋敷へと向かっている。

 まだ雨は止んでいない。
 俺は少し前までこの手の中にあった温もりを思い出していた。
 8才の少女が受けて来た仕打ちを聞き、今まで他人には全く興味を持たなかった俺の心に説明のつかない何かが溢れて来ていた。
 幼気な子供を加護を持ちながらそれが目覚めないと虐げられ3年間も軟禁されていたという事実。
 それなのに心を病むこともなく生きて来れたのが信じられない。
 
 彼女が守られるべき存在であるならば守るのは俺しかいない。
 他の誰でもない俺なのだ。
 
 沸き出て来た感情に俺は苦笑した。
『これが庇護欲と云うものなのか』

 帰ったら小さな婚約者を迎える準備をしなくては。
 いつの間にか鬱陶しい雨も気にならなくなっていた。

 馬車が門に付くと間を空けず執事のトーマスが玄関の扉を開け迎い入れてくれる。

「お帰りなさいませ。旦那様からの急なお呼び出しで大公邸にお寄りになられるとの知らせを頂きましたが、お久しぶりにご両親にお会いして如何でしたか?」
「ああ、その事で話がある」
「何か問題でも御座いましたでしょうか?」
「ちょっとな、まずは食事だ腹が減った」
「はい、直ぐに。先に湯あみをされますか」
「ああ、そうする」

 食事が終わったらまずは二人に報告だ。

 自室に戻り騎士団の制服を脱ぐと体の力が抜けた。そのままシャワーを浴びに浴室へ向かう。侍女頭のマギーが脱ぎ捨てた服を片付けているのが分かる。
 俺の部屋に入って来れるのは執事頭のトーマスと侍女頭のマギーだけだ。
 マギーも幼い頃から俺の世話をしてくれているのでこの二人とは阿吽の呼吸で事が足りるから助かる。
 そう言えばトーマスはもう50を過ぎたか?ということはマギーもそれに近いのか。
 トーマスとマギーはお互い生涯独身で両親に仕えると言っていたが、両親が本邸を離れ領地を周ると言い出し母上に幼い俺の事を二人でしっかりと見守ってくれと頼まれると、何故かその後直ぐに結婚し親代わりをしてくれた。マギーとは確か5つ違いと聞いているのでそんな年になっているのだろうと思う。
 
 そんな事を思い出しながら半年ぶりのジャンの料理を十二分に味わい食後に談話室へトーマスとマギーを呼んだ。

「二人に報告がある」

「「はい」」

「俺の婚約が決まった」

「おお遂にですか。おめでとうございます!」

 トーマスが胸のポケットからハンカチを取り出しメガネを上げて潤んだ瞳を拭った。

「どちらのご令嬢でしょうか」

 そして二人とって待ちに待った瞬間だったと言わんばかりに詰め寄って来る。

「モントレー家の養女となったお嬢さんでヴィヴィアン8歳だ」

「えっ、えーーーー!」

 マギーが突拍子もない声を上げる。

「今なんと仰いましたか?爺は耳が遠く……」

 おい、トーマスはいつから爺になったのだ?

「えっ、モントレー家ご養女?坊ちゃまは8と……」

「聞き間違いではないぞ。マギー俺の婚約者殿のヴィヴィアン嬢は8才だ」

「ご、ご婚約ですよね?」

 狼狽する老夫婦?思わず笑いが込みあげてくる。

「笑い事はありませぬ。ご冗談ではないのですか?」

「ああ、王家からの命だからな」

「旦那様がご養女様をお迎えになられ、まさかそのお嬢様が坊ちゃんの ご、婚約者様とは。。。」

 俺は事情を説明しやっと納得するといつもの二人に戻った。

「それで今後の事なのだが……1週間後にヴィヴィアンと俺の婚約が公表される。大公と公爵の養女となれば当然専属の護衛騎士が付く訳だがその役目も俺が担う事になった」
「はい」
 トーマスが頷く。
「それでだな……既にモントレー公爵家の養女なのだからヴィヴィアンはこの屋敷で暮らすことになった」
「えっ、こちらに住まわれるのですか?」
「そうだ父上たちもお忙しい人たちだからな。そうそうここへは帰る事も出来ないし幼い少女を連れて領地を転々と回る訳にもいかない。警備の事を考えると公爵邸である我が家の守りは固いという事だ」

「成る程承知いたしました。早々にヴィヴィアンお嬢様をお迎えする準備を致します」
 深刻な顔をしメガネを人差し指で上げるトーマスの横でマギーは目を輝かせている。

「マギーどうした?」

「なんて事でしょう、8歳のお嬢様が御婚約者だなんて!今のお話だと10年後そのまま婚姻を結ばれるんですよね!大変、モントレー公爵家ここを気に入って下さるように頑張りませんといけませんわ!使用人たちに徹底しないと、それからジャンに言ってお子様が喜ぶお食事と、お部屋も可愛らしく準備して・・・お洋服」

「マギー息継ぎをしないと倒れるぞ」
 一気に捲し立てるマギーを制して深呼吸をさせる。
「洋服や身の回りの物は母上がこの一週間で準備してあちらの屋敷から持参するので大丈夫だ。取敢えず部屋を整え必要なものは後から揃えればいい。マギーはヴィヴィを暖かく迎えてやってくれ」
 マギーは一瞬固まる。
「坊ちゃまはヴィヴィアンお嬢様をもうヴィヴィ様と呼ばれておられるのですね」
 おいおい、顔が怖いぞマギー。
「ああ、本人の希望だからな」
「左様でございますか。で、どんなお嬢様なのですか?」


「菫色の瞳の天使だ」


 目の前の夫婦が唖然とし目を見開いた後

「「使」」
 と声を揃えにんまりと笑う。

「ではわたくたちは天使様をお迎えする準備に掛からせて頂きます」

「よろしく頼む」

 天使ヴィヴィの笑顔を思い出し顔が緩みそうな俺を何度か振り向きながら二人は談話室から消えて行った。







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