その幸せ(偽物の)欲しいなら差し上げます。私は本当の幸せを掴むので

瑞沢ゆう

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04「木工職人アリーナ」

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 木材の独特の香り。床はおが屑だらけで、室内には削った木の粉塵が舞う。
 
 カリカリッーートントントンッ。

 そこに響く木材を加工する音。
 そこに彼女はいた。

 古都を宛てもなく去ったアリーナは、父の伝手を頼り、隣国の町で新たな生活を始めていた。

 木工職人アリーナ――

 それが今の彼女を表す言葉だ。
 
 元々趣味として作っていた木工人形フィギュアだったが、その出来は素晴らしく、細部までこだわった加工は、まるで生きているかのように躍動的だった。

「アリーナちゃん、今日も精が出るね。コレお昼ご飯だよ」
「いつもありがとうございます!」

 杖を突いた老人がアリーナのもとを訪れ、老人の妻が作ったサンドイッチを置いて行く。

 それがここ一年ほどのいつもの光景。
 元々木工職人をしていた老人は、父の知り合いだった。その伝手を頼り老人の元を訪れたアリーナ。

 老人はアリーナを温かく迎え入れ、今は使っていない加工場を無償で貸してくれた。

 加工場の隅にはベッドとテーブルに椅子。
 テーブルの上にはアリーナの好きな紅茶が湯気を立てる。

 水を沸かすのは外の釜。木を扱う場所なので、火の管理は厳重にしなければいけない。

 生活は貧しいが、老人夫婦の助けもありなんとか暮らしていけていた。

 そんなアリーナの収入源は、今まさに製作している木工人形である。

 徐々に広まったアリーナの製作した人形は、今では愛する人へのプレゼントや、子供へのプレゼントとしてそこそこ人気がある。

 今製作しているのは、結婚二十年を迎えた夫婦が記念として依頼した人形だ。

 これを銀貨五枚で売る。材料費を抜くと、アリーナの手取りは銀貨四枚ほど。

 今月は三件目の依頼。
 
 月の売り上げは銀貨十枚ほどだ。これでなんとか生計を立てられている。

「ふぅ……いつも作ってもらって申し訳ないなぁ」

 サンドイッチを片手に独り言を呟くアリーナ。独り身だと、独り言が多くなってしまうのは仕方ない事だ。

「でも、美味しいから甘えちゃうのよねぇ」

 老人の妻が作るサンドイッチは絶品だった。シャキシャキした野菜は毎回中身が違うし、干し肉も柔らかくて戻してあって食べやすい。

 アリーナも悪いとは思いつつ、老人夫婦に甘えてしまっていた。

「さて、食べたら仕上げないとね」

 少し冷めた紅茶を一気に喉へ押し込んだアリーナは、木屑が舞う作業スペースへと戻っていく。

 今日の夕方まで仕上げれば、依頼の品は完成する予定だった。

「うーん……いつも思うけど、この目の所が難しいのよねぇ……」

 慎重に刃を当て木材を削っていくアリーナ。その眼差しはまさに職人と言える。

 こうして日々忙しくしていると、過去の事を思い出さずに済む。あの忌々しい元夫と幼馴染だった女の顔を。

 ただ、復讐心を忘れたわけではない。今は日々忙しいが、ある程度お金が貯まったら、店を取り戻す準備を始めようと思っていた。

(絶対に報いを受けさせるっ)

「あっ、余計な事考えてたら手を切っちゃったじゃない!」

(つばでも付けておけば治るか……)
 
 一瞬そう考えたアリーナだったが、大事な人形に血でも付いたらまずいと思い直し、外へ洗いに行こうと玄関へ向かう。

 コンコンコンッ。

 そこへ来訪者が現れる。

 ここを訪れるのは依頼人か老人夫婦ぐらいのもの。多分新しい依頼が舞い込んできたのだろうと、アリーナはよそ行きの声で来訪者を出迎える事にした。

「はーい。今開けますね」

 ドアを開けると、目の前が真っ暗に塞がる。

「ご、ごめんなさいっ。大丈夫ですか?」

 どうやら来訪者は背が高い人物らしく、その胸板に顔をぶつけてしまったアリーナ。

「いや、君こそ怪我はないか?」

 澄み切った透明な男性の声。まるで吟遊詩人のような声に、アリーナは思わず後ずさってしまう。

(あら、随分美青年な依頼人ね。それに格好が貴族みたいだけど……)

 後ろへ下がり男性の全体がようやく見えたアリーナ。

 キラキラと反射するような美しい金髪と気品が滲み出た芸術品のような容姿。アリーナを見つめるその瞳は、宝石のような翠緑色をしていた。

「私なら大丈夫です! こう見えて丈夫さが取り柄ですので! それで、今日は木工人形のご依頼ですか?」

 平気な事を表そうと、両手をワキワキと動かして答えたアリーナ。ただ、青年はそれを見ても顔色一つ変えなかった。

(気難しい人なのかな?)

「私が誰か分かるかい」

 青年は静かにアリーナへ問う。

 はて、どこかで会ったかと記憶を掘り返してみたアリーナだったが、こんな美青年を忘れるほど自分は呆けていないと我に返った。

「ごめんなさい。ちょっと記憶にないですね……」
「そうか」

 青年は打って変わって落胆した表情を見せる。

 その顔があまりにも切なく美しかったせいで、アリーナの心臓が年甲斐もなく高鳴る。

(なに……? 新手の軟派? こんなおばさんに?)

 動揺したアリーナは、余計な事を考え出していた。

「では、こう言えば思い出すかな。私は、君に拾ってもらった子犬のフェンだ――」
「……えっ?」

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