目立たず静かに大人しく?

ふゆの桜

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1年

新しい魔法

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 エンダル学園の授業が始まって今日で三日目。この時点での僕たち1年生の授業は学園に慣れることを優先してるらしく、勉強ではなく見学や説明を聞いたりとかってのがメインだ。ただし魔力制御と剣の素振りだけは毎日やらされてる。

 魔力制御は、当たり前だけど魔力がある生徒だけが対象だ。これは授業と言うより修行と言った方が正しくて、魔法が使えるようになった後も受講必須科目なんだ。魔法科以外の生徒も対象だよ。魔力がある生徒はこの科目だけはサボっちゃいけないことになってて、学園設立当初からの方針なんだ。一定のレベルに達しない場合は卒業させてもらえないらしいから、今からマジメにやる方が賢明だって話だった。と言っても要求レベルはそれほと高くないらしいけどね。
 素振りに関しては1年生だけが全員必須なんだよ。2年からは騎士科の生徒はもちろんで、以外は受講を選択した生徒だけになるみたい。1年生の素振りは体力をつけることを目的にやってるから、手合わせとかは禁止だよ。やった場合は罰があるらしい。もちろん女の子も一緒に素振りをやるんだよ。一番最初の素振りの時は、ブツブツ文句を言ってる女の子もいたかな。僕のクラスじゃないけど、「私は騎士にならないのでこの授業は必要ありません!」て言った女の子がいたそうだ。勇気あるよね。

「何見てるんだ?」
「魔法の教科書だよ」
「あれっ、もしかして今まで見てなかったのか?」
「うん……。ちょっと見るのが怖いって言うか、昔との違いを探しちゃいそうでね」
「セインの場合はそうかもな。て言うか、理由は違うけどオレもまだ見てない」
「マシューも見てないの?」
「見るのが面倒。当面は授業だけで何とかなるっしょ」
「マシューらしいよ」

 寮で魔法の教科書を見てたんだけど、マシューの言葉に思わず苦笑いだ。マシューって、手を抜くときはしっかり抜く人なんだよね。生まれ変わってもそんな性格は変わらないみたい。まあそれは僕もだからお互い様か。僕の場合は最初にしっかりと教本を読む方なんだ。だから魔法以外の教科書はちゃんと目を通してる。
 魔法の教科書は本当に読むのが怖かった。何が怖いかって言うと、「昔はこんなんじゃなかった!」とツッコミを入れそうな気がしたからなんだ。そんなこと言ったら本当に年寄りみたいでしょう? たとえ前世の記憶があったって今の僕は九歳なんだもの、年寄りみたいなことを言いたくなかったの。
 でも、さすがにそろそろ目を通さなきゃいけないかなって思ったんだ。明日以降の魔法の授業は座学も始めるって言ってたからね、少しくらいは予習しておかないと質問に答えられないかもしれないから。

「セインが答えられないってことは無いだろう」
「初歩の初歩だと、逆に答えられないことがあるかもだよ」
「そんなもん?」
「当たり前過ぎて、質問内容を深読みしすぎちゃう可能性はあるもん」
「ははは。それはあるかもしれないね」

 それから僕はじっくりと魔法の教科書を読み進めた。特別な理由が無い限りもう教科書を読むことは無いと思うからね、最初で最後の一回だからしっかり読むことにしたんだ。学校の先生にバレたら怒られるけど、でもそれくらいで丁度良いハズだ。

「あれっ……。ねぇマシュー、知らない魔法がある」
「セインが知らない?」
「うん。昔は無かったよ。でもこれ、昔あったらすっごく便利だったと思う」
「何て魔法?」
「『クリーン』て魔法。身体を清潔にしてくれるんだって」
「風呂入らなくて良いの?」
「みたいだよ」
「すげぇ……」

 後日大図書館で調べたところ、この魔法は百年位前に他国から伝わったものらしい。と言うか、他国の魔導師が創った魔法なんだって。これは魔力がある人なら全員が使える魔法らしいよ。便利だよね。
 教科書によると『クリーン』魔法は全部で四種類。自分の全身を清潔にする、他人の全身を清潔にする、自分もしくは他人の身体の一部を清潔にする、それから無機物を清潔にするの四種類だ。ただし無機物については効果が安定してないそうで、今でもいろんな魔導師が研究してるんだってさ。

「安定してない魔法も教えるのか?」
「四つ目の魔法は説明だけで、呪文は載ってないよ。どんな風に安定してないのか気になるね。きっと大図書館なら本があると思うから、今度調べてみるよ」
「さすがセイン。魔法になったら目の色が変わるね」
「うーん、やっぱり気になるんだもん」

 それから僕たちは、一緒に『クリーン』魔法を練習した。魔力制御がしっかり出来てたら、初見でも魔法が成功する確率は高くなるんだよ。ただしそれは呪文を唱えての場合だ。これを無詠唱で行うにはやっぱり反復練習が必要で、簡単な魔法だけど出来るようになるには時間がかかるんだ。

「やっぱセインだなぁ。楽しそうだ」
「ふふっ。新しい魔法だもん、楽しくてたまらないよ」
「でもこの魔法って本当に便利だな。使い道がありすぎる」
「例えは?」
「セインとエッチした後。魔法でキレイにしたら風呂に入らずに寝れる」
「マシュー……。それ九歳児の発想じゃないからっ」

 やっぱりマシューはマシューだ。恐るべし九歳児ってところだね。

 ちなみに余談だけど、初期の治癒魔法も魔力持ちは全員が使えるけど、回復系以外は詠唱必須なんだよ。回復系の魔法を他系統の人が無理矢理使ってるからじゃないかと思うけど、理由は昔も今も分かってない。でもって普通の回復魔法――体力もケガも回復する魔法――は、他系統の人は陣を使わなきゃ発動できないんだ。



◇◇◇ ◇◇◇

「と言うワケで、この学校で君たちが一番最初に覚える魔法は『クリーン』だ。このクラスは優秀で全員が身体の中の魔力を感じることが出来ている。なので、ある程度魔力制御が出来るようになった者から魔法を覚えていってもらうことになる。この魔法は便利だぞ~。風呂に入らなくてもいいからな」
「先生は毎日お風呂じゃなくて魔法なんですかぁ?」
「おいおい、そこまでズボラじゃないぞ」

 思わず全員で笑ってしまった。チャチャ入れする生徒は決まってるんだ。その子がいるおかげで教室がいつも明るいんだよ。

「この魔法は基本は全身を清潔にするもので、身体の一部をやる場合は呪文と指を使うんだ。例えば耳の中をキレイにする場合は、こうやって指先を近くまで持っていって、それから呪文だな。足の裏だけって場合もやっぱりそこを指さすんだ。こうやって……ととっ!」

 片足立ちで足の裏を指さそうとした先生は、バランスを崩してコケそうになってしまった。それを見てやっぱり笑っちゃう僕たち。教室は終始和やかだ。

「あー、足の裏をキレイにするときは椅子に座った方が良いな。この身体の一部をキレイにするのを私自身は『部分クリーン』と呼んでいる。ま、正式名称じゃ無いがな。そしてこの部分クリーンは、一部の間ではとてもメジャーだ。事前にキレイに出来るからいろいろ心配いらなくなる……っと、まあこれは今の君たちには関係無いな。忘れてくれ」
「せんせーい! 途中でごまかすのはズルイでーす。何の話ですかぁ~?」
「あ~、まあ何だ、君たちがもう少し大人になったら分かる話だ。ハイ、座学はおしまい! ここからは魔力制御の訓練に入るぞー」

 先生が途中で話を切っちゃったから、僕たち生徒はちょっと不満だ。子供だけど子供扱いされるのは気分良く無いからね。結構ブツブツ言ってる人はいたよ。先生自身も失敗したって顔をしてるから、きっと話すつもりじゃなかったんだと思うな。にしても、さっきの話は何だったんだろう?

「分かった。そう言う意味か」

 そんなとき、隣の席で沈黙してたマシューがボソッと呟いた。

「マシュー?」
「オレたちにとっては良い魔法だな。是が非でも無詠唱で使えるようにした方が良いな」
「意味分かったの?」
「嗚呼。今はまだ無理だけど、将来的にはぼぼ毎日使う魔法になる予定だ。楽しみにしてろよ」

 小声でそう言いながらニヤリと哂ったマシューの表情は、九歳児とは思えないようなものだった。

 ものすごーくイヤな予感がするのは何故だろう?




※※※ようはアッハ~ンなことをする前に、とある部分を綺麗にする……ですな。
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