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お母様は私の敵
私がサフィールの部屋から自室に戻ると、いくらも経たないうちに部屋のドアをノックされた。
私が入室の許可を出すと、入ってきたのはまたしてもお母様だった。
しかしその顔は無表情で、流行り病が治ったことを心から喜んでくれていた人と同一人物とは到底思えない。
嫌な予感がしつつも、私は恐る恐るお母様にここに来た理由を問うた。
「あの、お母様。ここにはどういったご用件で……?」
「あらいやだ。母が娘の部屋を訪れるのに理由が必要ですか?」
「……いえ」
そうは言うけど、絶対に理由があるわよね、コレ。
まさか、サフィールの部屋に行ったのがいけなかった?でも、今まではそのことについてお母様から叱責されたことなんて一度もなかったはずだけど。
私が無言でお母様の顔色を窺っていると、お母様はようやく話の本題に入ってくれた。
「さきほど屋敷の使用人から聞いたのだけど、あなた、あの居候にまともな食事を与えようとしていたそうね」
「!!」
私は驚きのあまり、思わず内面を表情に出してしまった。これでは使用人の話が真実だと認めたようなものだ。
お母様も私の表情を正しく読み取ったようで、ひとこと「残念だわ」と言った。
思わずビクリと身を震わせる私。
そんな私をお母様は冷たい目で見下ろした。
「今回の罰として、ルディアには今日1日部屋での謹慎を命じます。謹慎中は食事抜きとしましょう」
「そんな!」
「ルディア、本当はこれでも甘い罰なのですよ。あなたが病み上がりだということを考慮して、今回はこの程度で済ませてあげているのです」
「……わかりました。謹慎を受け入れます」
「ふふ、いい子ね。やはりわたくしのルディアはこうでなければ」
「……」
私、今までもこうやってお母様に行動を操られていたのかしらね。
厳しい叱責のあとに甘い言葉をかけ、お母様のいいように行動を制御する。
目の前で微笑む血を分けた母親が、急に見知らぬ生物のように見えた。
言いたいことを言い終えたお母様が部屋を出る間際、私に向かってとんでもないことを呟いた。
「ああそうだわ。あの居候がルディアの心をこれ以上惑わせることのないよう、今後は食事を一切与えないことにしましょう」
「……!!」
そのままパタンと閉じられるドア。
私はお母様に掴みかかりそうになるのを必死にこらえるので精一杯だった。
おそらく、お母様は私に揺さぶりをかけたのだと思う。
もし私がお母様の言葉に反応していれば、サフィールへの感情を見抜かれ、今後私の行動を制限されていたかもしれない。
もしかしたら24時間監視がつくような生活が待っていた可能性もある。
その未来を想像し、思わず身体が震える。
いくらお母様でも、サフィールに一切食事を与えないなんてことはしないと思いたいが、万が一ということもある。
謹慎が解けたら私の分の食事をなんとかサフィールのところへ持って行ってあげないと。
食事を想像してしまったからか、ぐう、とお腹が鳴る。
「……病み上がり、だものね。お腹が空くのは当たり前よ」
でも、サフィールはこんな思いを日常的にしていたはず。
サフィールの食事に関しては私はまったく関わっていなかったけれど、彼はこんな思いを毎日のように味わっていたのだろうか。
だとすれば、あまりにもつらい日常だ。
ぶくぶくと肥え太った私を見て、サフィールはどう思っていたのかしらね。はあ。
「それにしても、使用人に告げ口されるなんて思ってもいなかったわ」
あの時私は使用人に口止めしたはずだった。「お母様には内緒にしてね」と。使用人も頷いていたはず。
だが、そのお願いはいとも容易く破られてしまったようだ。
でも、冷静になって考えれば、それも当然のことだったのかもしれないわね。
伯爵家の当主であるお父様がいない今、この屋敷で一番の権力者はお母様だ。
お母様は今では屋敷の女主人のように振る舞っているようだし、そんな相手を敵に回してまで私との約束を守るメリットなどなかったのね、きっと。
隠し事をしていたことがお母様にバレれば、あの使用人は解雇される可能性が高いもの。
でも、今回のことでわかったこともある。
「屋敷の使用人達はお母様に逆らえない」
当然といえば当然だけど、今回のことで使用人達を頼ることはできないのだとはっきりわかった。
お母様に知られたくないことは、使用人達にも隠し通す必要が出てきてしまった。お母様の目だけを気にするのとは難易度が段違いだ。
そしてもうひとつは──
「お母様は、私とサフィールの敵」
今回のことで、それがはっきりわかった。
私がサフィールについた以上、お母様との対立は避けられないことだったのかもしれない。
それでも、私に甘いお母様なら大抵のお願いは聞いてくれるものと思っていたのだ。
実際、今までもたくさんのお願いをきいてもらった過去がある。
そのうちの最たるものは、パーティーやお茶会に一切参加したくないというお願いだろう。
私は、初めて参加したお茶会で、周りの令嬢達から太っていることを笑われた。
それ以来、私は人が集まる場所に行くことにすっかり恐怖を感じるようになってしまったのだ。
まあ、太っているのは自分の食べ過ぎが原因だし、暴飲暴食を止めればすべて解決した気はするけれど。
そのお茶会に参加していたのは私を含めてみんな幼い子どもばかりだったから、彼らのマナー違反を責めるのも違う気がするしね。
お茶会に行きたくないという私のお願いには、私に無関心なお父様もさすがに難色を示した。
そんなお父様を説得してくれたのが、ほかでもないお母様だった。
表向きには私は病弱だということにされ、私の願い通りすべてのパーティーやお茶会への参加を免除された。
私は大喜びでお母様にお礼を言ったけれど、本当は嫌でもお茶会に参加したほうが良かったのかもしれないわね。
外の人間と交流しなくなったことで、私の世界はこのお屋敷の中がすべてになってしまった。
そこに突然ずかずかと入り込んできたサフィールには強い怒りを感じたし、私の味方はお母様だけになった。
狭い世界しか知らなかった過去の私は、お母様のサフィールへの扱いを『おかしいのでは?』と疑問に思うこともなかった。
それどころか、お母様に倣うように自分でもサフィールを痛めつけるようになったのだ。
すべての責任をお母様になすりつける気はない。これは私自身の罪。だからこそ私はお母様に反旗を翻す。
今回のことで、お母様は私に甘いというのは正しくないことがわかった。
お母様が好きなのは自分に都合のいい娘だったルディアで、お母様の意に反した行動をする今の私は目障りな存在なのだろう。
その証拠に、サフィールにまともな食事を食べさせようとした私にお母様は謹慎処分を言い渡した。
病み上がりの私に食事抜きという罰までつけてくれるあたり、容赦がない。
このお屋敷の絶対的な権力者はお母様だ。
私は自分の身を守るためにも、お母様に逆らうわけにはいかない。表面上は。
表向きは以前と変わらないルディアを演じつつ、裏ではサフィールを助けるような立ち回りをする必要がありそうだ。
あーあ、こういうの苦手なんだけどなあ。
でもサフィールを助けるためだものね。頑張るしかないか。
私はぐーぐーと自己主張の激しいお腹をなだめつつ、今後について考えを巡らせたのだった。
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