ほら、こんなにも罪深い

スノウ

文字の大きさ
10 / 24

実践!回復魔法

しおりを挟む


 私はサフィールが落ち着くまで、彼の背中を抱きしめ続けた。

 やがてサフィールの震えがおさまり、私は彼の背中からゆっくりと身体を離した。

 なんとなく、そのまま何も言わずにサフィールの背中を見つめていると、サフィールがポツリとひと言。


「……裸の男に抱きつくなんて、姉さんの淑女教育はどうなっているんですか?こんなことをしたら、襲われても文句は言えませんよ」


 この憎まれ口はきっと照れ隠しだと思う。
 そうよね。弱い部分をさらけ出すのは、本当に気を許した相手にしかしたくないものよね。

 私はサフィールに合わせて適当に言葉を返した。


「こんな女を襲う男なんているわけがないでしょう。それに、サフィール以外の男にはこんなことしないわ」

「……っ」


 サフィールは納得してくれたのか、それ以上言葉を重ねる様子はなかった。

 当然よね。少しばかり体型が良くなったところで、この引きこもり性悪令嬢ルディアが男性から相手にされるはずがない。

 それに、こんなことができるのはサフィールが私の弟だからだ。
 いくら私に前世の記憶があるといっても、他人に平気で抱きつく度胸なんて私にはない。彼氏だっていなかったもの。
 ああ、思い出さなくていいことまで思い出しちゃったよ。はあ。

 私は場の空気を変えるため、当初の目的を果たすことにした。

 服の中に隠し持っていた『やさしい回復魔法』をごそごそと取り出す。

 私が何かをしている気配を感じたのか、サフィールがこちらを振り返る。
 私が『やさしい回復魔法』を持っているのを目にとめると、興味深そうに顔を寄せてきた。


「これが回復魔法の魔法書ですか……。こんな貴重な書物が伯爵家にあったのですか?」

「そうよ。お父様の書斎にね。でもコレ、かなり難解な言い回しで、読むのに苦労したわ。タイトル詐欺もいいところよ」

「……僕が読んでも構いませんか?」

「ええもちろん。あなたに回復魔法の適性があれば、習得できるかもしれないわね」

「僕は──」

「あ、余計な詮索はご法度だったわね。ごめんなさい。サフィールは何も言わなくていいからね」


 私は誤魔化すように『やさしい回復魔法』をサフィールに押し付け、彼はそれをお礼を言って受け取った。

 サフィールは『やさしい回復魔法』をパラパラと流し読みすると、得心したような顔で頷き、私にこう言った。


「姉さん、この難解な言い回しはわざとですよ。著者は読み手に回復魔法を習得させる気などなかったのだと思います」

「え……ど、どうして?」

「他の魔法と違い、回復魔法は人の命がかかっているぶん、カネになります。だから回復魔法を習得したいという者は多い。著者である魔法使いはこれ以上商売がたきを増やしたくなかったのかと」

「うーん……」


 わかるようでわからない。
 私は自分の考えを素直にサフィールに伝えた。


「それならこの書物を世に出さなければ良かったんじゃないかしら。わざわざ難解な言い回しを考えてまで執筆しなくても済むでしょう」

「多分、著者は何かの原因でカネに困っていたのではないかと思いますよ」

「……回復魔法の使い手は、お金に困らないんじゃなかったの?」


 私はサフィールをジトリとした目で見つめるが、サフィールはどこ吹く風だ。


「莫大なカネが必要だったのかもしれないし、理由はいくらでも考えられます。とにかく著者はカネが欲しくて魔法書を売ることにしたが、回復魔法を習得させる気はなかった」

「むう……。商売敵を増やしたくなかったのよね」

「そうです。でも嘘を書くと同業者に見破られ、自身の信用がなくなる」

「それで、内容に偽りはないけれど、難解な言い回しの書物を売ることにした、と」


 書き手の変なライバル心のせいで、私は3ヶ月近くも時間を浪費してしまったというの?私、怒ってもいいよね?


「普通の人間なら数ページで心が折れていると思いますよ。姉さんはよく最後まで読めましたね」

「……………からよ」

「え?」

「サフィールの傷を治したいから頑張ったのよ」

「っ、姉さん……」

「私の読解力では数ヶ月もかかってしまったけどね。ホント、著者の顔を見てみたいわ」

「……それでも、最後まで頑張って読んでくれたんですね」

「私が勝手にしたことよ。著者には言いたいことが山ほどあるけど、この書物のおかげでサフィールを治せるならそれでいいわ」


 そもそもサフィールがこんな傷を負ったのは私(とお母様)のせいだものね。

 私がサフィールの傷を治すのは当然のことだし、サフィールが私にこのことを感謝する必要もない。


「さあ、背中を見せて。熟練の治癒師なら患部に手を触れずに治療できると書いてあったけど、私は無理だと思う。悪いけど、そこは我慢してね」

「さっきは背中に抱きつかれたんです。今さらですよ」

「ふふ、そうだったわね」


 サフィールが私に背を向け、私は彼の背中を真剣な表情で見つめる。

 ……ここ3ヶ月は暴力を受けていないから、塞がっていない傷はないみたい。

 でも浅い傷以外は今もしっかりと残っているし、サフィールが時折痛そうな顔で背中を気にしているのも知っている。

 多分、ろくな治療を受けていないせいで、変なふうに傷が塞がっていたり、折れた骨が正常にくっついていなかったりしているのではないかと思う。

 ……医者でもない私がわかることなんて、せいぜいそれくらいだ。とにかく、深そうな傷を中心に根気よく治していくしかないだろう。

 私の魔力量は少ない。
 きっと何日もかけて治療しないと完治させられないと思うから。


「それじゃあ始めるわね」

「はい」


 私はサフィールの背中に手を当てる。
 サフィールはビクッと身体を震わせた。
 ……驚かせてごめんね。

 私は意識を集中させ、自分の魔力がサフィールに入っていくようなイメージで魔法を詠唱した。


「慈愛の女神ネーリエよ。我の魔力と真なる祈りを以て、かの者の傷を癒したまえ」

「んく、これは……っ」


 サフィールが何か言っている気がするが、申し訳ないけれど今は魔法に集中させてほしい。

 この魔法は詠唱して「ハイ、終わり!」というような簡単な魔法ではない。
 自分の魔力を回復魔法に変え、接触面から少しづつ相手に流すのだ。かなりの集中力と時間を要する。

 熟練の治癒師であれば直接相手に触れずにそれが行え、治療にかかる時間も短くて済むそうだ。
 サフィールには悪いが、回復魔法初心者である私は治療にそれなりの時間がかかってしまう。文句は後からいくらでも聞くから、今は我慢してほしい。


「んく……っ、はあ……っ」


 サフィールがなにやらなまめかしい声を出しているような気がするけれど、どうしたのかしら。
 って、ダメダメ!魔法に集中しないと。

 この魔法、もちろんそれなりの魔力量も必要だけど、それ以上に使い手の気持ちが大きく影響する魔法だと書かれていた。

 相手の傷が治ってほしいと心の底から祈らなければ、大した効果は期待できないらしい。

 ゆえに、治癒師となる人間には博愛の精神が必要とされるそうだ。

 嫌いな人間には効果が出ない以上、好き嫌いが激しい性格では治癒師としてやっていけないのだろう。

 私は治癒師には向いてなさそうね。博愛の精神とはかけ離れた性格だもの。

 それでも、サフィールのことだけは絶対に治してみせる。
 私はサフィールの傷が治ってほしいと心の底から祈りながら、ひたすら彼に魔力を流し続けた。




 ……どれくらい時間が経っただろうか。
 1時間は経っているような気がする。
 私はようやくサフィールの身体から手を離し、彼の傷を確認する。


「うーん……だいぶ薄くはなっているけど、一度で完治させるのは無理だったみたい」


 傷の回復がみられるのは私が直接手を触れていた場所のみで、他の場所は依然としてひどい状態のままだ。
 そして、私が手を触れていた場所も完治したわけではないようで、まだうっすらと傷が残ってしまっている。

 これが今の私の実力ということだろう。
 すべての傷を完治させるには、かなりの日数がかかりそうだ。


「サフィール、調子はどう?少し傷が薄くなったようだけど、身体におかしなところはないかしら」

「……」

「サフィール……?」


 私はサフィールに呼び掛けるが、彼は一向にこちらを振り向こうとはしない。

 ……まさか、治療が失敗していたの!?



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。 かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。 ついでに魔法を極めて自立しちゃいます! 師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。 痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。 波乱万丈な転生ライフです。 エブリスタにも掲載しています。

処理中です...