ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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実践!回復魔法



 私はサフィールが落ち着くまで、彼の背中を抱きしめ続けた。

 やがてサフィールの震えがおさまり、私は彼の背中からゆっくりと身体を離した。

 なんとなく、そのまま何も言わずにサフィールの背中を見つめていると、サフィールがポツリとひと言。


「……裸の男に抱きつくなんて、姉さんの淑女教育はどうなっているんですか?こんなことをしたら、襲われても文句は言えませんよ」


 この憎まれ口はきっと照れ隠しだと思う。
 そうよね。弱い部分をさらけ出すのは、本当に気を許した相手にしかしたくないものよね。

 私はサフィールに合わせて適当に言葉を返した。


「こんな女を襲う男なんているわけがないでしょう。それに、サフィール以外の男にはこんなことしないわ」

「……っ」


 サフィールは納得してくれたのか、それ以上言葉を重ねる様子はなかった。

 当然よね。少しばかり体型が良くなったところで、この引きこもり性悪令嬢ルディアが男性から相手にされるはずがない。

 それに、こんなことができるのはサフィールが私の弟だからだ。
 いくら私に前世の記憶があるといっても、他人に平気で抱きつく度胸なんて私にはない。彼氏だっていなかったもの。
 ああ、思い出さなくていいことまで思い出しちゃったよ。はあ。

 私は場の空気を変えるため、当初の目的を果たすことにした。

 服の中に隠し持っていた『やさしい回復魔法』をごそごそと取り出す。

 私が何かをしている気配を感じたのか、サフィールがこちらを振り返る。
 私が『やさしい回復魔法』を持っているのを目にとめると、興味深そうに顔を寄せてきた。


「これが回復魔法の魔法書ですか……。こんな貴重な書物が伯爵家にあったのですか?」

「そうよ。お父様の書斎にね。でもコレ、かなり難解な言い回しで、読むのに苦労したわ。タイトル詐欺もいいところよ」

「……僕が読んでも構いませんか?」

「ええもちろん。あなたに回復魔法の適性があれば、習得できるかもしれないわね」

「僕は──」

「あ、余計な詮索はご法度だったわね。ごめんなさい。サフィールは何も言わなくていいからね」


 私は誤魔化すように『やさしい回復魔法』をサフィールに押し付け、彼はそれをお礼を言って受け取った。

 サフィールは『やさしい回復魔法』をパラパラと流し読みすると、得心したような顔で頷き、私にこう言った。


「姉さん、この難解な言い回しはわざとですよ。著者は読み手に回復魔法を習得させる気などなかったのだと思います」

「え……ど、どうして?」

「他の魔法と違い、回復魔法は人の命がかかっているぶん、カネになります。だから回復魔法を習得したいという者は多い。著者である魔法使いはこれ以上商売がたきを増やしたくなかったのかと」

「うーん……」


 わかるようでわからない。
 私は自分の考えを素直にサフィールに伝えた。


「それならこの書物を世に出さなければ良かったんじゃないかしら。わざわざ難解な言い回しを考えてまで執筆しなくても済むでしょう」

「多分、著者は何かの原因でカネに困っていたのではないかと思いますよ」

「……回復魔法の使い手は、お金に困らないんじゃなかったの?」


 私はサフィールをジトリとした目で見つめるが、サフィールはどこ吹く風だ。


「莫大なカネが必要だったのかもしれないし、理由はいくらでも考えられます。とにかく著者はカネが欲しくて魔法書を売ることにしたが、回復魔法を習得させる気はなかった」

「むう……。商売敵を増やしたくなかったのよね」

「そうです。でも嘘を書くと同業者に見破られ、自身の信用がなくなる」

「それで、内容に偽りはないけれど、難解な言い回しの書物を売ることにした、と」


 書き手の変なライバル心のせいで、私は3ヶ月近くも時間を浪費してしまったというの?私、怒ってもいいよね?


「普通の人間なら数ページで心が折れていると思いますよ。姉さんはよく最後まで読めましたね」

「……………からよ」

「え?」

「サフィールの傷を治したいから頑張ったのよ」

「っ、姉さん……」

「私の読解力では数ヶ月もかかってしまったけどね。ホント、著者の顔を見てみたいわ」

「……それでも、最後まで頑張って読んでくれたんですね」

「私が勝手にしたことよ。著者には言いたいことが山ほどあるけど、この書物のおかげでサフィールを治せるならそれでいいわ」


 そもそもサフィールがこんな傷を負ったのは私(とお母様)のせいだものね。

 私がサフィールの傷を治すのは当然のことだし、サフィールが私にこのことを感謝する必要もない。


「さあ、背中を見せて。熟練の治癒師なら患部に手を触れずに治療できると書いてあったけど、私は無理だと思う。悪いけど、そこは我慢してね」

「さっきは背中に抱きつかれたんです。今さらですよ」

「ふふ、そうだったわね」


 サフィールが私に背を向け、私は彼の背中を真剣な表情で見つめる。

 ……ここ3ヶ月は暴力を受けていないから、塞がっていない傷はないみたい。

 でも浅い傷以外は今もしっかりと残っているし、サフィールが時折痛そうな顔で背中を気にしているのも知っている。

 多分、ろくな治療を受けていないせいで、変なふうに傷が塞がっていたり、折れた骨が正常にくっついていなかったりしているのではないかと思う。

 ……医者でもない私がわかることなんて、せいぜいそれくらいだ。とにかく、深そうな傷を中心に根気よく治していくしかないだろう。

 私の魔力量は少ない。
 きっと何日もかけて治療しないと完治させられないと思うから。


「それじゃあ始めるわね」

「はい」


 私はサフィールの背中に手を当てる。
 サフィールはビクッと身体を震わせた。
 ……驚かせてごめんね。

 私は意識を集中させ、自分の魔力がサフィールに入っていくようなイメージで魔法を詠唱した。


「慈愛の女神ネーリエよ。我の魔力と真なる祈りを以て、かの者の傷を癒したまえ」

「んく、これは……っ」


 サフィールが何か言っている気がするが、申し訳ないけれど今は魔法に集中させてほしい。

 この魔法は詠唱して「ハイ、終わり!」というような簡単な魔法ではない。
 自分の魔力を回復魔法に変え、接触面から少しづつ相手に流すのだ。かなりの集中力と時間を要する。

 熟練の治癒師であれば直接相手に触れずにそれが行え、治療にかかる時間も短くて済むそうだ。
 サフィールには悪いが、回復魔法初心者である私は治療にそれなりの時間がかかってしまう。文句は後からいくらでも聞くから、今は我慢してほしい。


「んく……っ、はあ……っ」


 サフィールがなにやらなまめかしい声を出しているような気がするけれど、どうしたのかしら。
 って、ダメダメ!魔法に集中しないと。

 この魔法、もちろんそれなりの魔力量も必要だけど、それ以上に使い手の気持ちが大きく影響する魔法だと書かれていた。

 相手の傷が治ってほしいと心の底から祈らなければ、大した効果は期待できないらしい。

 ゆえに、治癒師となる人間には博愛の精神が必要とされるそうだ。

 嫌いな人間には効果が出ない以上、好き嫌いが激しい性格では治癒師としてやっていけないのだろう。

 私は治癒師には向いてなさそうね。博愛の精神とはかけ離れた性格だもの。

 それでも、サフィールのことだけは絶対に治してみせる。
 私はサフィールの傷が治ってほしいと心の底から祈りながら、ひたすら彼に魔力を流し続けた。




 ……どれくらい時間が経っただろうか。
 1時間は経っているような気がする。
 私はようやくサフィールの身体から手を離し、彼の傷を確認する。


「うーん……だいぶ薄くはなっているけど、一度で完治させるのは無理だったみたい」


 傷の回復がみられるのは私が直接手を触れていた場所のみで、他の場所は依然としてひどい状態のままだ。
 そして、私が手を触れていた場所も完治したわけではないようで、まだうっすらと傷が残ってしまっている。

 これが今の私の実力ということだろう。
 すべての傷を完治させるには、かなりの日数がかかりそうだ。


「サフィール、調子はどう?少し傷が薄くなったようだけど、身体におかしなところはないかしら」

「……」

「サフィール……?」


 私はサフィールに呼び掛けるが、彼は一向にこちらを振り向こうとはしない。

 ……まさか、治療が失敗していたの!?



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