悪役令嬢は間違えない

スノウ

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波乱の王立学園

真実

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 その日の夕方、学園からの使いの者がわたくしの試験の結果を届けてくれた。

 これにより、わたくしは無事学園を卒業できることが決まった。総合順位は四位だそうだ。一位はダリルだった。

 これにより、ダリルは在学中ずっと首席をキープし続けたことになる。これはおそらく学園始まって以来の快挙ではないだろうか。

 ダリルの試験結果の詳細はギムソン侯爵家に届けられているはずなので、今分かっているのは総合順位のみである。

 わたくしはこの結果をダリルに伝えようとベッドから身体を起こした。


「お嬢様?」

「ダリルはもう起きているの?それともまだ動けない状態なのかしら」

「ダリル様は全身打撲で全治一ヶ月と診断されております」

「全身打撲……それなら面会は控えたほうがいいわよね」

「別にいいんじゃないですか?ダリル様はわりと元気そうでしたよ」


 スージーがあっけらかんとそう言った。
 そうなの、ダリルは元気そうなのね。良かったわ。


「でも、わたくしが最後に見たダリルは頭から血を流していたような気がしたのだけれど」

「頭といいますか、正確にはこめかみのあたりを少し切ったようですね。まあ深い傷ではないそうです」

「そうなの、良かった……」


 出血は多かったものの、傷自体は大したことはなかったそうだ。
 わたくしはホッと息を吐く。


「それならダリルに会いに行ってもいいかしら」

「お嬢様も安静にしなければなりませんから、短時間だけですよ」

「わかったわ」


 アンナに先導されてダリルがいる部屋に向かう。どうやらダリルは客室に運び込まれたようだ。
 

「この部屋です」

「ありがとう。下がっていいわ」

「……本当は殿方とふたりきりにするわけにはいかないところですが、ここは公爵家のタウンハウス。わたくしが口をつぐめば問題ありませんね」

「アンナ?」

「では私はこれで失礼致します」

「アンナ!?」


 アンナは『すべて心得ております』とでも考えていそうな表情で去っていった。

 違うわよアンナ。
 これはただのお見舞いみたいなものよ。
 わたくし達は断じていかがわしい関係などではないからね?

 コホン。

 とりあえず部屋に入るとしましょうか。
 ダリルはベッドから起きられないだろうから、無作法ではあるけれどわたくしが勝手に入るしかなさそうね。

 コンコン

 わたくしは軽くノックをしてから中にいるダリルに声をかけた。


「ダリル、わたくしです。今部屋に入ってもいいかしら」

「ジゼット様!?」

「あなたはベッドから起きられないだろうから、勝手に入らせていただくわね」

「ちょっ、待っ……」


 ガチャリ


「あ」

「あ」


 なんとダリルはベッドから起き上がり、自分で薬を塗っているところだった。包帯が取れ、痛々しい傷があらわになっている。


「……」


 わたくしは黙って部屋の中に入り、扉を閉めた。


「ジゼット様、今はこんな状態ですので、お話ならあとで──」

「わたくしが薬を塗るわ」

「え」

「本当は使用人に頼むのがいいのだけれど、ダリルは言ってもそうしないでしょう?」

「それは……」

「まったくもう。背中なんて、どうやって塗るつもりだったのよ」

「それは、適当に…」

「……」


 わたくしはダリルから無言で薬を奪い取り、患部にやさしく塗り込んでいく。
 最初は抵抗していたダリルも、わたくしが引かない姿勢を見せるとおとなしくなった。

 わたくしだって、無理やりこんなことをしたくなんてないのよ。男性の使用人に頼むのが一番いいと思ってる。

 でも、ダリルはあまり人に頼りたがらないし、今回のように隠れて自分で薬を塗ろうとすれば、怪我の治りが遅くなってしまうかもしれないもの。

 ……それに、この怪我はわたくしを庇ったせいで負った傷だもの。わたくしにできることがあるならするべきだと思ったのよ。

 無心で薬を塗り込みながらダリルに問う。


「痛くない?もう少しやさしく塗ったほうがいいかしら」

「……今のままでいいです」

「わかったわ」


 背中が終わり、わたくしはダリルの正面に回る。途端に慌て出すダリル。


「前は自分でできますから」

「できるかもしれないけれど、身体は痛むのでしょう?無理してはダメよ」

「う……」


 わたくしはまずダリルの腕に薬を塗り込み、それが終わってから胴体に取りかかる。
 作業中、ダリルの視線がわたくしの腕の包帯に固定される。しばらく包帯を見ていたダリルはポツリとひと言。


「腕、痛くないんですか?」


 ダリルの言葉を受け、わたくしは自分の腕を見下ろした。包帯なんてしているから、ダリルには大怪我みたいに見えてしまったのかもしれないわね。


「わたくしの怪我なんて大したことないわ。患部を直接触ったりしなければ痛みもないし」

「そう、ですか」

「痕も残らないと言っていたわ。すべてダリルが庇ってくれたおかげよ。ありがとう」

「ジゼット様」

「なあに?」

「俺、ちゃんと間に合ったんでしょうか」

「ダリル……」


 わたくしが負傷してしまったことで、ダリルに罪悪感を抱かせてしまったようね。
 こんな傷、ダリルが負った傷に比べればかすり傷みたいなものなのに。

 わたくしはダリルにきっぱりと言い切った。


「間に合ったに決まっているでしょう。わたくしはこうして元気に生きているし、傷も残らない。ダリルがわたくしを守ってくれたからよ」

「そうか、守れたのか…良かった…」


 ダリルは喜びを噛み締めるかのようにそう呟いた。

 その後もわたくしは黙々とダリルの身体に薬を塗り続けた。


「ジゼット様」

「………何よ」

「どうしてそんなに顔が赤いんですか?」

「……」

「くくっ」


 だって、だって、身体の前面に薬を塗るのって、思っていたより恥ずかしいのよ。

 そもそもわたくしは異性の肌を間近で見る機会なんて今までなかったのよ!顔が赤いことくらい見逃してほしいものだわ!!


「ジゼット様、手が止まってます」

「……少し待ちなさい。今呼吸を整えているところだから」

「くはっ」

「~~~もうっ!笑うことないじゃない」

「すみません。気をつけます」

「まったく……」


 全然悪いと思っていないであろうダリルの謝罪を聞き流しつつも、わたくしはなんとか薬を塗り終えた。


「ジゼット様、ありがとうございます」

「いいのよ。わたくしにもできることがあって良かったわ」

「またお願いしてもよろしいですか?」

「……いいけど、その前に精神統一の時間をちょうだい」

「ふはっ」

「笑うならこの話はナシよ」

「ふ、すみません。そういえばジゼット様は俺に何の用があったんですか?最初から薬を塗りにきたわけじゃないですよね」

「あ」


 そうだった。

 わたくしはここに来た目的をようやく思い出す。


「あのね、ダリル。今日卒業試験の結果が届いたの。わたくし達は卒業確定よ。それと、ダリルは今回も首席だそうよ」

「本当ですか!?」

「?ええ、本当よ。おめでとう、ダリル」

「そうか、ついに……」

「?」


 これは、首席で卒業できることを喜んでいると思っていいの?
 なんだか、今まで見たことがないくらいの喜びように見えるのだけど。

 
「ああでも、こんな状態では卒業パーティーに出られないな」

「ダリル?」

「ジゼット様、俺の話を聞いてくださいますか?」

「え、ええ」


 ダリルの改まった態度に困惑しつつもわたくしはうなずく。
 すると、ダリルの口からは驚くべき真実が飛び出した。


「俺、旦那様と約束してたんです。王立学園で2年間首席であり続けることができたなら、ジゼット様に求婚することを許してくれるって」

「きゅ……」


 きゅうこん……

 球根?違うわよね。なら、やっぱり求婚?
 誰が?誰に?

 突然告げられた真実に、わたくしの頭が追いつかない。



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