悪役令嬢は間違えない

スノウ

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波乱の王立学園

見えざる手

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 わたくしとコーネリアス様が婚約したという噂は、あっという間に沈静化した。

 それというのも、噂は真実ではないとコーネリアス様自身が皆の前で断言したのが大きな理由だ。


「私とジゼット嬢が婚約したという噂は事実ではないよ。彼女とはクラスメイトとして切磋琢磨する間柄だ」


 コーネリアス様としては自分の不始末を自分の手で片付けたことになる。わたくしとしてもひと安心といったところだ。




「それでは卒業試験を開始する。はじめ!」


 先生の言葉を合図に試験が始まった。

 わたくしはここ一か月以上まともに授業を受けていない。教室へ行くとアルフレッド様に絡まれるからだ。

『絡まれる』というのは語弊があるかもしれないが、とにかく彼はわたくしをリリー様に会わせようとしてくるのだ。

 それを避けるために長らく授業に出られなかったわたくしだが、どうやら試験問題は詰まることなく最後まで解けそうだ。

 図書館でコツコツ自主勉強に励んでいた成果が出たとも言えるが、これはそれ以上に家庭教師の先生の置き土産のおかげだと思う。

 家庭教師のブレンダ先生は、学園に入学してから習う範囲まで教えてくれていた。それがなければ凡人のわたくしには理解できない問題も多々あったと思う。
 ブレンダ先生には本当に感謝しかない。


「それまで!」


 卒業試験はこれですべて終了した。

 点数次第では留年もあり得るが、今の手応えであれば目標点はクリアしていると思う。
 試験の結果が出るまでは安心できないとはいえ、とりあえず大きな山は越えたという感じだ。


「おい、ジゼット!今日こそは逃がさんぞ」


 マズイ、アルフレッド様が近づいてくる。
 アルフレッド様の前にダリルが立ちはだかるが、そのさらに前にコーネリアス様が割って入る。


「兄上、令嬢を呼び捨てなど、王族としての品位を疑われますよ」

「うるさい!お前はいつも偉そうに」

「実際に偉いんですよ兄上。私は王太子ですから」

「っ、貴様ぁああ!!」


 アルフレッド様が激昂する。
 その裏でコーネリアス様が『今のうちに逃げろ』とこちらに合図を送ってくる。
 どうやらコーネリアス様はアルフレッド様の注意を引き付けるためにわざとあんなことを言ったらしい。

 わたくしはコーネリアス様に頭を下げ、そそくさと教室をあとにした。
 教室を出る間際に担任のカムラン先生が仲裁に入るのを見たので、コーネリアス様が危ない目に遭うことはないだろう。


「はあ。卒業が迫っているから、アルフレッド様もなりふり構っていられないのかしらね。コーネリアス様が間に入ってくれて助かったわ」


 げんなりしながら廊下を進み、一階へと続く階段に差し掛かった瞬間、誰かに強く背中を押された。


「え……?」


 何が起きたのか、現状を把握する余裕もなく前方に投げ出される身体。下には階段。

 ダメ。落ちる……!!

 落下のスピードがいやに遅く感じる。
 階段が目の前に迫り、わたくしは本能的に両腕で頭を庇った。

 ズシャアッ

 両腕に強い衝撃。続けて胴体、脚にも衝撃が走る。
 わたくしはそのまま階下へ転がり落ちることを覚悟した。しかしその寸前、誰かの身体がわたくしを包み込むように覆い被さる。わたくしと誰かは一緒に階段を転がり落ちた。

 
「うう……」


 朦朧とする意識のなか、わたくしを庇ってくれた相手の顔を確認する。


(やっぱり……)


 わたくしを助けてくれたのはダリルだった。
 落下時のダメージは受けてしまったものの、そのあとのダメージはほとんどダリルが肩代わりしてくれた。ダリルは無事なのだろうか。

 ダリルの無事を確認したいが、わたくしの意識はだんだんと薄れていく。


「ダリ、ル……」


 意識が落ちる直前に見たのは、血を流し、蒼白な顔で横たわるダリルの横顔だった。 








「ここは……」


 次に目覚めた時、わたくしは何故か王都のタウンハウスにいた。わたくしが目覚めたことに気付き、アンナとスージーがベッドに駆け寄ってくる。


「お嬢様、意識が戻られたんですね!」

「なかなかお目覚めにならなくて、心配したんですよ!」

「……わたくし、どれくらいの間意識がなかったの?」

「丸1日はお眠りになっておられましたよ」

「そう…心配をかけたわね。ごめんなさい」


 それなら、今は卒業試験の翌日ということね。わたくし、どうして意識を失っていたのだったかしら。

 記憶を探るうちに、だんだんと意識がはっきりしてくる。
 そうだわ。わたくし、誰かに階段から突き落とされたのよ。それをダリルが助けてくれて……ダリル!!


「ダリルは!?彼は無事なの?」


 取り乱し、思わず起き上がろうとするわたくしをスージーがなだめる。


「ダリルなら命に別状はありませんよ。あ、今はダリル様でした。危ない危ない」
 
「そう、そうなの……」


 ダリルは生きている。良かった。本当に良かった。

 それを聞いたわたくしは力を抜き、再びベッドに横になる。ずれた上掛けをスージーがすかさず元に戻してくれる。


「ダリルは今、学園の医務室にいるの?」

「最初は学園の医務室に運び込まれたようですね。ダリル様も、お嬢様も」

「お嬢様がうわごとで何度もダリル様の名を呼ぶものですから、秘密裏にダリル様をこのタウンハウスに運び込んだんですよ」

「んな!?」

「卒業試験が終わったあとで本当に良かったですよ。二年生は卒業パーティーの日まで全員お休みですからね」

「……」


 ええと、意識のないダリルを勝手にここへ連れてきたということかしら?

 ダリルはもうギムソン侯爵家の人間のはずよね。他家の令息を勝手に連れてきて、あとで問題にならないのかしら。
 まあ、お父様がうまくおさめてくれることを祈ろう。

 それにしてもわたくし、うわごとでダリルの名前を呼んでいたのね。それも何度も。
 なんだか恥ずかしいわ。

 恥ずかしいだけでなく、困る。

 わたくしの恋心は誰にも知られてはならないものだ。一生自分の胸に秘めておくつもりだったのに、わたくしは無意識にダリルの名を呼んでしまった。

 このうわごとを、ただダリルを心配してのものだと思ってくれるならいいが、もしわたくしの気持ちをお父様達に勘づかれでもしたら、気を利かせたお父様が『ダリルを公爵家の婿に』なんてことを言い出すかもしれない。

 そうなれば、ダリルは自由に未来を選べなくなるだろう。それだけは絶対に避けなければならないわ。

 心のなかでそう決意を固めたあと、わたくしはなんとなく自分の身体を確認する。
 わたくしの両腕には包帯が巻かれていた。


「わたくしの傷は、酷いの?」

「お医者様の話では、両腕の傷は完治に時間がかかるものの、薬を塗ればおそらく傷痕は残らないだろうとおっしゃっていましたよ」

「お腹と太ももにも浅い傷がありますが、それは数日で治るそうです」

「そうなのね……」


 階段から突き落とされたにしては軽傷で済んだほうなのだろう。これもすべてダリルのおかげだ。

 あの時ダリルが助けてくれなければ、良くて大怪我、打ち所が悪ければ死んでいた可能性すらある。ダリルは命の恩人だ。

 アンナ達の話を聞いたことで、何故わたくしがタウンハウスに運ばれたのかをなんとなく理解した。

 これは、わたくしが大怪我をしたという噂が学園で広まるのを防ぐための措置だったのだろう。
 あの時点ではわたくしの怪我の状態はわかっていなかっただろうから。

 貴族令嬢にとって、痕の残る傷というものは瑕疵になる。文字通り、傷モノ扱いされるというわけだ。

 顔や手といった外から見える場所はもちろんのこと、見えない場所の傷もダメだ。
 傷痕があることを隠して結婚して後からバレた場合、家同士の揉め事に発展する場合も多いと聞く。

 ……話が逸れたわね。

 とにかく、わたくしが大怪我をしたという噂が流れるのは良くないということだ。
 ゆえに、アンナから連絡を受けた公爵家の者たちは、噂になる前にわたくしをさっさとタウンハウスに運び込んだのだ。

 おそらく、わたくしとダリルが階段から転落したという事実は表向きにはなかったことにされているのだろう。
 公爵家ならそれくらいやってのける。


「旦那様と奥様は今夜にはタウンハウスにご到着なさいます」

「お父様達が来るの?どうして?」

「ジゼット様がお怪我をされたなんて報告を受けたら当然そうなりますよ。それに、もともと卒業パーティーの日が迫っていましたからね。スケジュールは空けておられたはずです」

「そうね、卒業パーティーがあったわね」


 試験の結果に問題がなければ、わたくしは王立学園を卒業する。
 卒業パーティーのパートナーは決まっていないから、お父様にお願いするつもりでいたのよね。

 でも、この両腕の包帯を見る限り、わたくしは卒業パーティーを欠席することになりそうね。
 


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