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波乱の王立学園
失望
しおりを挟む「お待ちしていましたよ、ジゼット嬢」
教室の窓際、日の当たる場所で窓の外を見ていたらしいコーネリアス様が立ち上がる。
わたくしは静かにコーネリアス様に近寄る。
コーネリアス様は手近な椅子を引き、わたくしに着席をすすめたが、わたくしはこれを拒否した。
これは、ここに長居をするつもりはないという意思表示だ。
コーネリアス様は肩をすくめて苦笑し、自分がもとから座っていた椅子に腰を下ろした。
「それで、私に何の用かな」
「それはコーネリアス様自身がお分かりになっているはずです」
「さて」
コーネリアス様はわざとらしく首をかしげる。あくまでもシラを切るつもりだろうか。
「……最近、わたくしとコーネリアス様が婚約関係にあるかのような噂が蔓延っています。ご存知ですよね」
「ふふ、そのようだね。私としては噂が現実になってもいいのだけどね」
「だから、食堂ではわたくしとメアリー様達を分断していたのですか?あなたとわたくしが親密であるかのように周囲に見せるために」
「言いがかりだよ。私達は普通に会話を楽しみながら食事をしていただけだっただろう?その様子を見た周囲の人間がどう思うかまで私にわかるはずもない」
「あくまでシラを切るおつもりですか」
「シラを切るだなんて、ひどい言い種だね」
「コーネリアス様、わたくしはもうすべてわかっているのです」
「……」
「ハリス様が教えてくださいましたわ。彼はわたくしの言葉を覚えていたようで、あなたの言いなりに動くことに疑問を感じていたようですから」
……まあ、コーネリアス様に面と向かって苦言を呈する度胸はなかったようだけど。
「ハリスか。彼は何と?」
「コーネリアス様のご命令で色々動いていたようですね。食堂でわたくしとあなたをふたりで会話できるようにしたり、わたくしとあなたの仲が親密であるかのような噂を流したり」
「……」
「外堀を、埋めてしまうおつもりだったのですよね。わたくしが逃げられないように」
「……そこまでわかっているなら話が早い。ジゼット嬢、私の婚約者になってはもらえないだろうか。私にはあなたが必要だ」
わたくしは無言のままコーネリアス様の正面に移動した。そして、コーネリアス様を見下ろすようにして彼と視線を合わせる。
「コーネリアス様」
「……」
「わたくしを失望させないでくださいませ」
「!!………言ってくれるね」
「わたくしはコーネリアス様を王太子殿下として尊敬しております。その才覚、お人柄、すべて次期国王としてふさわしいお方であると心から思っております」
「だが、足りないものもある」
「……後ろ盾、ですわね」
「そうだ。私の母は身分が低い。母の実家の後ろ盾だけでは到底足りない。そういった意味でも私はジゼット嬢との婚約が必要なんだ」
「……我が家はコーネリアス様を公に支持しているはずですが」
「そうだね。私が王太子に指名されたのもそのおかげだと思っているよ。だが、その支持も永遠ではない」
「……」
「バーガンディ公爵家ははじめ中立の立場だったはずだ。しかし途中から私の支持に回った。そうだね?」
「はい」わたくしは軽く頷く。
「それと同じことがもう一度起きない保証なんてどこにもないんだ。だからこそ私は婚姻による強いつながりが欲しかった」
「……」
ふたりだけの教室に沈黙がおりる。
コーネリアス様には彼なりの言い分があるということなのだろう。しかし、コーネリアス様のやり方では何も得られない。
わたくしは静かに口を開く。
「それならばなおさらこんな逃げ道をふさぐようなやり方をとるべきではありませんでしたわね」
「……しかし、私にはそれしか」
「頭の切れるコーネリアス様であればわかっておられるでしょう。わたくしを無理やり王太子妃にしたところで、わたくしが従順には従わないであろうことを」
「……」
「わたくしはきっと最後まで抵抗するでしょう。公爵家もコーネリアス様の支持を撤回するかもしれませんね」
「しかし、結婚してしまえばそうもいかなくなる」
「……それがコーネリアス様の本心であるなら、わたくしはあなたのことを心の底から軽蔑しますわ」
「……」
「この話は最初から無理があったのです。わたくしは公爵家の跡継ぎで、あなたは次期国王なのだから」
「……どうあっても、私の妃にはなってもらえないのかい?」
「わたくしの気持ちは変わりませんわ」
「そうか……残念だよ」
「……わたくしの話はこれだけです。お忙しい中わたくしのためにお時間をくださり、ありがとうございました」
わたくしはコーネリアス様に淑女の礼をとり、そのまま教室を出ていった。
ひとり残されたコーネリアスは呟く。
「それでも、私の妃になってほしかったんだよ、ジゼット嬢。初恋、などと言ったところで、きっと信じてはもらえなかったのだろうね」
一目惚れだった。
学園で話をするうちに、この想いはどんどん強くなっていった。
強引にでも妃に迎えたいと思った。
でも───
「失望させないで、か」
ああまで言われてしまっては、これ以上こちらから働きかけることはできないな。
こちらにもプライドはあるのだから。
きっぱり振られて良かったのかもしれない。
この恋にも諦めがつくというものだ。
「……卒業パーティーの、パートナーを決めなければいけないね」
コーネリアスはひとり、気だるげに窓の外を眺めながらそう呟いたのだった。
コーネリアス様との話し合いを終え廊下に出ると、そこには何故かダリルがいた。
「ダリル、どうしてここに……?」
「アイツとふたりきりは危険です。だから」
「……まさか、中の会話を聞いていたの?」
「立ち聞きなんてしません。ただ、大きな物音や叫び声が聞こえたらすぐに突入するつもりでした」
「そうなの……。疑ってごめんなさい」
「いえ」
わたくしとコーネリアス様がふたりで会うことは、あの時教室にいたダリルも知っていたことだ。
ふたりで会うことを心配したダリルは、教室の外で自主的に待機していたらしい。何かあったときにすぐに助けに入るために。
「ふふっ」
さきほどまでのもやもやした気分が浄化されていくようだ。ダリルはそこにいるだけでわたくしに安心感を与えてくれる。
わたくしは自然と笑顔になっていた。
「ダリル、ここにいてくれてありがとう」
「俺は当然のことをしたまでです」
当然なんかじゃないでしょ。
あなたはもう公爵家の使用人ではないのだから。
それでもダリルはわたくしを心配してここにいてくれた。それは、決して当然のことなどではない。
「帰りましょうか、ダリル」
「はい、ジゼット様」
わたくしとダリルは放課後の誰もいない廊下を並んで歩いた。
うしろに伸びるふたりの影は、まるで最初からひとつだったかのようにぴったりとくっついてみえた。
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