オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

鶴の一声

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「はいそこまで万年発情期のクソウサギ~。種蒔くのは勝手やけど、借りる胎はちゃんと選びィや」

 入り口に立って呆れた様にため息を吐いているのは、我らが鶴永先輩だった。この人いつもタイミングよく現れてくるな。

「つ、鶴永先輩ヘルプ!」
「なんや、ほんまに襲われとったん? お得意の媚び売りタイムなんかと思ったわ」
「親睦会が終わった今、誰彼構わず媚び売る必要ないです!」
「それもそか」

 第三者の登場で萎えてくれたようで、兎和は舌打ちをしながら俺の拘束を解く。良かった、変態のせいで楽しい思い出が塗り替えられなくて。

「あっれぇ、雑魚の手ぇ借りてまで下剋上ごっこした小鳥ちゃんじゃぁん。なぁに、羨ましくなったぁ? 混ざる? オレ3Pも全然いけるけどぉ?」
「コイツには勃たん」
「勝手に誘われて勝手にフラれた……」
 まあ反応されても今後の付き合い方に困るのでいいんだが、そうもきっぱり言われたら少々複雑な心地である。

「俺はそこのハチ公を探しとったんよ。性病が移るからさっさと離し」
「えー、なんかやけに可愛がってるじゃぁん。オキニ?」
「恩があるだけや」

 鶴永先輩が俺に用? 特に当てはまることが無く呆けた顔で見つめていれば、先輩は手にしていたスマホをひらひらと振って言った。
「やっぱ見とらんかったか。ア……今回の参加メンバーでナイトプールで打ち上げやるって連絡入っとったで」
「アリーズで打ち上げ?!」
「おま…………折角伏せとったところを……」

「何で伏せるんですか。ナイトプールとか最高ッスね。でも人多そうじゃないですか?」
「あそこのエリアはSとそのペアしか入れん。それにそう言う奴らはそんなんで遊んどる暇なんて無いからガラガラや」
「ああ」

 確かに憧れのSクラスの人とペアになったのなら、ナイトプールなんて行かずにもっと洒落たところでムード作って即部屋に行くだろう。純粋に客船の施設を楽しむ生徒は少数派ということか。

「で、俺は全く既読がつかん後輩を探しに来た優しい先輩なワケ」
「すいません、全然気づきませんでした」
 言われてみればグループには何件かチャットが来てるし、篤志からも電話が数回来ていた。気づいてくれなくて拗ねてました、なんて恥ずかしくて口が裂けても言えないな。

「プールの場所、知らんやろ。俺は鹿屋たちと部屋近いからそっち引率する。お前は豚と近いから前野と一緒に来ぃや」
 この人当たり前に打ち上げ来てくれるんだな……と思ってにやけてしまう。なんだか気難しい猫を手懐けた気分だ。可愛い。

「何ニヤニヤしとんねん」
「いえ。何も疚しい事は」
「考えとったら頭割る」
「代償がデカい……」
 俺達のアホみたいな会話をじっと見つめていた兎和は、興覚めとばかりに肩を竦めて鶴永先輩を押しのける。


「あーあ、最悪。いい所だったのに」
「先輩、俺なんかより親衛隊の方々かまってあげてくださいよ。酒池肉林でしょうに」
「そうねぇ。オレはどっかの誰かと違って、可愛がらなきゃいけない子がたくさんいるんだから。ゲテモノ食いはやめておこうかなぁ」
「ゲテモノ呼び……」
「じゃあね風紀の小鳥ちゃん。それから番犬クンも。篤志によろしく言っといてぇ」

 重くて甘い香水の匂いを振りまきながら、兎和は長い手足を億劫そうに揺らしてドアから出て行く。
 鶴永先輩はその背中に思いっきり舌を出して中指を立てていた。見た目にそぐわずガキみたいなことする愉快な人だなあ。

 パタン、とドアが閉まってレストルームには二人だけが残される。

「助かりました。ありがとうございました」
「よぉ言うわ。俺が来んかったら殴ってでも逃げとったくせに」
「はい。だから助かりました。入学して二か月で退学は流石に家の者にボコボコにされるんで……」
「退学になる程ボコすつもりやったん……」

 ドン引きした様子の先輩に何が悪いのだと開き直る。心を殺されるくらいならば相手の心を殺せ。それは時々笑顔が怖い養母の有難い教えである。

「鳳凰院先輩とは話せましたか」
「……それがなぁ」
 頬を引くつかせた先輩はやややつれた表情で遠い目をする。

「将成様と同じ部屋に居るとかほんまに慣れてなさ過ぎて、もう訳分からんくなって、避難訓練のアナウンス流れるまでバルコニーに籠城しとった」
「え、やば! 完全に不審者じゃないですか!」
「わーってるわボケ! せやけどよく考えたら従者も居らん状況で二人きりとか初めてで、もうどんな顔したらええか分からんというか、そもそも親睦会で対立したことに関してもちゃんと謝罪出来とらんっちゅうのにどんな面で話せばええん」
「拗らせてんなあ」
「お前に言われたない……」

 親睦会の一件で吹っ切れたのかと思ったが、別にそういうわけでもないらしい。彼が普通に鳳凰院先輩と接するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 でも、今までの常時悔しさを噛み殺して堪えている目よりも、ずっと健康的な輝きをその双眸に宿していた。

「でも先輩、結構生き生きしてますよ」
「……お陰様で。自分より従者歴短いクソ新人に発破かけられたら、黙ってるわけにはいかんからな」
「今晩はちゃんと部屋に入ってくださいね。流石に夜の海は六月でも冷えます」
「…………善処する」
「夜の船のバルコニーに立ち尽くすデカい男は最早怪異なんすよ」

 はああ、と深いため息を吐く鶴永先輩の背中を軽く叩きながら歩き出す。鶴永先輩って実は、二年生の中で一番面白い人なのかもしれない。
 アリーズの打ち上げ楽しみだな、と思いながら、一刻も早くこのスーツを脱ぎ捨てたくて自室への道のりを急いだ。




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