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4.猪も七回褒めれば人になる
犬猿の仲
しおりを挟む「~~~~~ッ、遅い!」
「お前が速くなりすぎてんの! こっちは凡人なんだから加減ってもんを知ってくれや!」
ぬるい空気が満ちる六時限目。体育祭練習用に割り振られた時間の為、グラウンドには三学年の生徒たちが入り乱れているが、それでもなお広い。勿論ここが第二グラウンドだからという点もあるが、それにしたって広すぎる。
そんな中で苛立ち紛れに俺を爪先で軽く蹴ってくる結羅と、砂まみれのまま地面に伏せる俺。二人の足は——クラス指定の青いハチマキで乱雑に纏め上げられていた。
「結羅も後田も仲いいな~」
隣で同じように委員長と足を結んでいる猪狩に呑気にそう言われて、二人同時に「「仲良くなんて無い!」」と全力で否定した。
どうやったら砂まみれで転がる男とそれを蹴る男の仲が良さそうに見えるんだ。コイツの全人類友達フィルターは性能が最悪すぎる。
「そうカッカするな。二人三脚はコンビネーションが一番大事なんだぞ」
「毛嫌いされてる時点でコミュニケーションもクソもねえ」
「右に同じく」
「はあ~~?! てめえの方が勝手に嫌ってきてんだろうが!」
「手を上げてきたくせに!」
「それはごめんって!」
二人三脚。それが俺と沙流川弟が一緒くたに足を拘束されている理由だった。
クラス全員の臨時体力テストが終わり、篤志の人たらしパワーでなんとなくクラスが団結する方向に泳ぎ出したその後。
B組は篤志の『どうせやるなら一番を』という目標に賛同し、本格的に優勝に向けての作戦会議を始めた。体育祭に懐疑的だった奴らも軒並み真剣に種目決めの学級会に参加したのだから恐ろしいものだ。
競技の難易度が高い物や協力プレーが必須なものは自ずと配点も高くなってくる。必然的に、そこら辺の競技はS組や運動能力がマシな奴らが担当し、残った枠をその他で埋めていく方向となった。
問題が発生したのは二人三脚だ。ルール上、S組同士でのペアは禁止となっている。そりゃそうだ、猪狩と沙流川が組めばぶっちぎりで一位になれるに決まっている。
真っ先に勝ち馬として作られたペアが猪狩と委員長。左程身長差が無いし、委員長も猪狩についていけるだけのポテンシャルがある。ここは絶対に一位を取る為につくられた駒だった。
逆に衣貫は誰とも身長差がありすぎてしまうのでこの競技はお休み。代わりに持久走に出てもらうことになった。
二人三脚は配点が高い競技の為、もう一つくらい勝ち馬を作りたい。身軽な沙流川を起用するとなった時、残りの面子で身長差が少なく運動神経がマシということで俺に白羽の矢が立ったのである。
そんな訳で、数日前から練習を始めているのだが――。
「またっ! タイミング、おっそい!」
「お前が速すぎんの!」
ご覧の有様である。沙流川は速く、俺は遅い。その上お互い歩み寄る気持ちが微塵も無いから、二、三歩進んでは
俺が引きずられる形で転ぶ。
猫のようにしなやかな身のこなしでやり過ごすから、沙流川は全くの無傷なのがまた腹立たしい。おい、まだ一年生の六月だぞ。なんだ俺のこの体操着の汚れ様は。
「おい委員長、やっぱ交換しろ! アンタならこのクソ猿とも上手く出来んだろうが!」
「すまないが俺たちは勝ち馬なんでな。このゴールデンペアは崩せん。腹をくくって息を合わせて一位を取れ」
「あっはは後田、フラれてやんの~!」
一人だけ砂まみれになりながら吼えても、委員長も猪狩もけらけら笑うだけで取り合ってくれない。皆他人事と思いやがって……。
半身とも呼べる片割れと引き剥がされた沙流川は酷く機嫌が悪い。お気に入りの篤志が居るから何とか機嫌を保っているが、これより自我が強く我儘な相方はもう目も当てられない程荒れているだろうに。見ず知らずの綺羅を引いたクラスの奴らに静かに同情した。
「はー……。とりあえずもう一回……おい? 沙流川?」
「…………」
砂を払いながら声をかけるが、沙流川からの返事はない。訝しんで見上げれば、幼さの残る大きな瞳はじいっと一点を見つめている。俺もそれにつられてその視線の先へと目を向ける。
「あっははは! やったぁ鶴永センパイ速ぁ~い!」
「っは、げほッ……! い、うた、やろ! さっさと、撤回、せえ……、俺は将成様の『使える従者』や!」
「キャハハハハ! 煽ったら煽った分火ィついて面白! 押したら喚く迷惑な玩具みたいだねぇ!」
「撤回せえ言うとるやろうがクソガキが! てかなんやお前その口のきき方、こっちは先輩やぞ!」
「僕、歳を取っただけの奴に払える敬意は持ち合わせてないもーん」
視線の先には心配になる程咳き込み肩で息をしながらも全力で悪態をつく鶴永先輩と、その周りを軽やかに飛び回ってきゃいきゃいとはしゃぐ沙流川兄が居た。
あの人また煽られてんのか。クールな見た目にそぐわず短気だからすぐ挑発に乗っちゃって本気出すの、チョロくて面白いけど心配にもなるな。まあかつて煽った俺が心配出来る事でもないが。
「なんだあの二人、まるで風の様じゃないか!」
「いや速すぎるだろあのコンビ」
「あれは失格でしょ……」
「美しい……まるで韋駄天だ……」
口々に感嘆の声を漏らす周囲の生徒たちから察するに、鶴永先輩と沙流川兄もまた二人三脚に出場するらしい。どうやら鳳凰院先輩関係で煽られた鶴永先輩が本気を出し、沙流川兄のスピードに行きも絶え絶えになりながらも食らい付いてゴールしたようだ。
そんなんズルだろ、と思ったが、よくよく考えてみると鶴永先輩はあれでいてAクラス所属だった。“S組同士のペアは禁止”というルールは一応破っていない、一応。
いやでもあんなの特別枠で反則にすべきだろう。鶴永先輩なんて家柄でデバフがかかっているだけのSSRキャラだ、レアリティ詐称だ。
「本当にすごいな鶴永さん、あの沙流川にもついていけるなんて……」
「さすが鳳凰院様が見初めたお方だ」
「あれで身分さえよければなあ」
口々から漏らされる称賛の声に何故か俺も誇らしくなる。親睦会の一件以降色々と吹っ切れたらしい先輩は、積極的に自分の力を示していく方向にシフトチェンジしたようだ。
長く学園に在籍してる人ほど彼の変わりように驚かされているようだが、外野の意見なんてこれっぽっちも関係ない。あんな不健康な生き方をしているよりも、今全力で色んなことに挑んでいる方がよっぽど楽しそうだ。
勿論家柄を重視する奴らが大半のこの学園だと、卑しい身分がと顔を顰める人間の方がまだまだ多いようだが。それでも、堂々と胸を張って鳳凰院先輩の隣に居る鶴永先輩はとてもかっこいい。
きっと周りの奴らも、いつかその輝きと実力で文句を言う口ごと捩じ伏せられることだろう。
「あーあ、センパイがこんなに動けるなんて知らなかった! それならそうってもっと早く言っといてよぉ」
沙流川兄がきゃらきゃらと心底楽しそうに笑う。飛びぬけて身体能力が高いからこそ、自分についてきてくれる人が居ることが嬉しいのだろう。
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