4 / 96
1.オム・ファタールと無いものねだり
呪われた編入生と、そのおまけ 4
しおりを挟む「ちょ、ストップ、そーすけ腹、腹痛い!」
ぐ、と思いのほか強い力で腕を引かれてたたらを踏む。振り返れば、しおしおの顔をした篤志が脇腹を押さえながら訴えていた。
ふむ、と周囲を見回す。食堂の喧騒は遥か遠く、中庭まで走って来たようだ。あと十分程度で昼休みは終わるし、まあいいだろう。アイツらだって授業が始まった教室に乱入してくることは流石にしないだろうしな。
「よし、そこのベンチで休むか」
「うええ、ドリア出るぅ……」
「出すな。戻せ」
すっかり葉桜になってしまった木々を見ながら、二人でベンチに腰掛ける。昼休みが終わりかけている中庭には誰も居ない。なんだかすごく久々に二人きりになった気がする。
当たり前だ、この学園に編入してから篤志の周りには絶えず人が居る。これが毎日続くとすると、篤志が卒業するころにはどうなっているのだろうか。ぞっとする。
生徒会メンバー、並びに猪狩や鹿屋たち。あの中に、果たして篤志を命に代えても守ってくれる奴は居るのだろうか。
俺は、多分長くは生きられない。父親譲りの不幸体質だから、いつ事故や病気でぽっくり逝ってもおかしくはない。そうなったとき、誰がこいつを護ってくれるんだろう。誰がこいつを、ただの前野篤志として扱ってくれるんだろう。
多分、いや絶対、こいつがこれから歩む人生は茨の道だ。愛される分憎まれる。いつその自分に向けられる大きな感情が、抑えきれない程の悪意に変化するか分からない。
昨日笑って話していた相手が、次の日ナイフを振りかざしてくることなんてザラにある、らしい。そう語った旦那様の目は、一つも嘘を吐いていなかった。寂しい表情だった。篤志もいつか、そうなってしまうのだろうか。
誰が味方か分からない一生なんてあんまりだ。せめてたった一人でも、篤志が胸を張って「コイツなら信じられる」と言える人間が見つけられれば。
俺はきっと、安心して死ねるだろう。
「宗介」
「ん?」
「良くないことを考えてる顔してる。それ、やめて」
「エスパーかよ」
「俺、宗介のそう言う顔、嫌い」
「マジか。篤志に嫌われたら生きていけねぇな」
おどけた様子で肩を竦めてそう言えば、篤志は一瞬だけくしゃりと顔を歪めた。何かを噛み締めるように、痛みと苦しみに喘ぐように。
だけどその確かな痛みは一瞬で拭い去られて、あっという間にいつもの篤志に戻る。戻ってしまう。
ああ、まただ。お前は時々そんな顔をする。そしていつだってそれを無かったことにして、何でもないように振舞うんだ。それは俺には言えないことなのか。俺はお前を家族のように思っているし、俺が悩んでいることは何だって相談するし、なんだって相談して欲しいと思っている。
でも多分、篤志は違う。篤志は前野だから。きっと、俺みたいな凡人では分かってやれないことばかりなのだ。
だから、他の凡人よりかは幾分か篤志に近いであろうこの学園の人たちに。どうか、誰か一人でもいいから、篤志の心の拠り所になってくれないだろうか。そんなことを思いながら俺は学校生活を送っている。
「なあ、なんでそんな会長たちのこと避けんだよ」
分かりやすく話題を変えた篤志にのってやることにする。
会長。瑞光学園三年生、生徒会長の龍宮。学園の中でも最も多い親衛隊が居ると言われる、カリスマ溢れる優秀な男である。そんな完璧な男は現在篤志にメロメロであった。残念なことである。
「なんでって、捕まればお前の貞操が危ないからだろ」
生徒会長の龍宮は言わずもがな、腹に何かしら抱えていそうな副会長の巳上も絶対ヤバい。書記の衣貫は怪力らしいから力づくで襲われたら抵抗できないだろう。会計の兎和はまだ本気じゃなさそうだが、ああいうのは沼にハマっておかしくなりやすい。沙流川兄弟は親衛隊の使い方が上手いから警戒が必要だ。ほらな、全員危険人物。
「貞操の危機って、そんな大げさな」
「お前三日前に食堂で公開キッスされたの忘れたんか」
「キッスて。ただの粘膜接触じゃん」
「今全国のファーストキス未経験者に喧嘩を売った。謝れ。主に俺に」
流石モテ男、キッスをただの粘膜接触だなんて言いやがった。唇の一つや二つでがたがた言うようなレベルじゃないだろう。
だが俺があの時後ろから龍宮の後頭部をペットボトル(空)でフルスイングしなかったら、秒でアイツの部屋に連れ込まれてペロッと美味しく頂かれてたんだぞ。砂盃が言ってた。
「初心だな~そーすけは。でもうん、会長は大丈夫だよ。衣貫先輩と沙流川はちょっと怪しい感じするけど、まあ今のところ平気。副会長と兎和先輩も賢いから、そのうち大丈夫になる」
「何を根拠に」
「ん~、勘? まあでも、それが一番の根拠だろ?」
そう言ってカラカラと笑う。悔しいけれど何も言えなかった。
前野の血を引く人間は特別秀でた能力は持たないが、その代わりに人を見る目だけは誰よりもあった。ぼんやりと分かるらしい、「こいつは大丈夫」と「こいつはヤバイ」などの人間の本質が。
昔部費盗難事件の犯人として俺が疑われた時も、篤志は「人を見る目」でもってして真犯人を導き出し俺の汚名をそそいでくれた。煙草所持を疑われた時も、窓ガラス破損の犯人として疑われた時も。
アレ、こうして考えると俺めちゃくちゃ疑われ続けてるな。まあでもこの不幸体質は父親からの遺伝なので、今更どうこうするつもりもない。篤志が居てくれてよかった、と言う話だ。
「……例え篤志が大丈夫だって思ってても。俺は全然思えないから、警戒し続けるぞ。俺が安心するまで精々守られることに付き合え」
「…………うん、分かった。ありがとな」
「自己満足だ、礼を言われる筋合いはねえ」
少し遠くでチャイムが鳴る。あと五分で午後授業の始まりだ。戻るか、と立ち上がれば篤志も立って伸びをする。ぶわり、と四月終わりの風が、葉桜を揺らして駆け抜けた。
そろそろ、四月が終わる。
35
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。
或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。
自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい!
そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。
瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。
圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって……
̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶
【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ
番外編、牛歩更新です🙇♀️
※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。
少しですが百合要素があります。
☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜
小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」
魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で―――
義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる