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蒼い炎のハインリヒ
しおりを挟むさて、話を戻すがハインリヒ・シヴァーデン。
女王に選ばれた剪定者たちは国中に無数に散らばっており、与えられる任務も人によって様々なので、同じ剪定者でも顔さえも知らないことだってある。ていうか、大半がそんな感じだ。
だがハインリヒは違う。彼は国民たち全員に顔と名前を知られている有名な剪定者だった。
女王自らにヘッドハンティングされ、一昨年の記念式典にてわざわざ全国民へお披露目を行われた女王のお気に入り。二十二という若さで次々と成し遂げられていく快挙は、情報に疎い俺の耳にもしっかりと届いていた。
蒼い炎のハインリヒ。罪在りしものだけ焼き尽くす。女王の寵姫のハインリヒ。青い瞳の世界の奉仕者。
彼は若くして剪定者の中でも選ばれし者だけが名乗れる『庭園管理者』の称号を下賜されている。生き残る事に特化しているだけで仕事をこなしている、万年ズタボロの俺とはまるっきり生きる世界が違う人間だ。
そんな彼が、どうして俺を知っているのだろうか。
【おきた おきてる】
【おきてる ね】
「うわびっくりした」
ボ、ボ、ボ、と炎が燃える音と共に、幼い子供のような声が部屋に響いた。驚いて辺りを見回すが人影は何処にもない。
【した した したみて】
【こっちだ よ】
響く言葉に誘導されてベッドの下あたりを見れば、青白い何か――多分炎の精霊二体が、器用にその頭と思われる場所にお盆を乗せて立っていた。
「お、おああ、精霊…………」
【そう そう】
【おはつに おめにかかり ます】
ご丁寧に軽く会釈をされて俺も軽く返す。随分と人間じみた仕草をする精霊だ。この手の神や自然に近い精霊はあまり人の前に姿を現さないはずだが。
【これ これ のんでね】
【のむとすこしらく ね】
「あ、り、がとう……?」
彼(?)らが頭の上に乗せているお盆には、水差しとコップ、それから濡れタオルが乗せられていた。どう見ても看病用だ。精霊が用意したとは考えられない。なら、彼らを使役する者が彼らに持たせたと考えるのが妥当だろう。
濡れたタオルでぎこちなく顔を拭き、零さないように慎重にコップの水を煽った。利き腕の右側は特に負傷が酷いから、動かすだけでも呻くような激痛が走る。治癒力が高い俺でこれなのだ、既にあのスライムに取り込まれていた人たちはもう殆ど助からないだろうなと乾いた笑いを零す。
また手遅れだった。また誰かが死んで、俺は生き残っている。
【おきた おきた】
【よろこぶ ね りひ うれしい】
「リヒ…………やっぱり、ハインリヒ、が?」
【しってる?】
【ぼくらのしゅじん ぼくらのかいぬし やさしくてかなしくて もえつづけてる はいんりひ】
やはりこの二人を使役しているのはハインリヒらしい。自然から生まれた精霊を協力ではなく服従させている程の力量は流石としか言いようがない。
【あいたかった】
【さがしてた よ あきらめてた よ】
【もえてるの】
【たすけてあげて ね かい――】
「お喋りは、その辺りにしてくれないか。俺にもプライバシーはあると思いたいな」
凪いだ水面のような涼やかな声が精霊たちの声を遮る。は、と顔を上げると、入り口には軽装のハインリヒが立っていた。鎧姿以外を初めて見た。
「あ…………」
「無理に起き上がらせてしまいましたか。まだ傷は癒えていない、身体を楽に」
「あり、がと……?」
精霊に目線だけで指示を出せば、二匹はぽっぽと小さな火の粉を拭いてからとぼとぼと部屋を後にする。ハインリヒはベッドわきに備え付けられた椅子に座って、俺の肩をそっとベッドへと押し戻した。
「ここは俺の家です。女王に許可を得て重症の貴方をここに運び込みました。嘆きの森の新種のスライムは一部を残し殲滅済み。回収されたモノは検体として研究所へ収容されました。貴方は全身の溶解が激しかったものの、こうして今は原型を取り戻している。……討伐から三日も経っていません。これ程とは……」
長い睫毛を伏せて呻くように男が言う。その手入れされた四角い指先は、労わるようにベッドの上に投げ出された俺の右手の甲をなぞっていた。宝物に触れるかのようなその動きに脳内が混乱する。
全く面識が、無い。そんな相手に彼はこんな表情をするのか。ならば、それはとても生きづらいのではないか。死が身近にあるこの世界で、こうして一人一人の傷に自らの心を痛めてしまうというのなら、これ程までに剪定者に向いていない人間は居ないだろう。
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