不健全な契約から始まる、健全な男女交際～ふしだら令嬢と、喰われた王子のたった一つの隠し事～

彼女が王子の恋人になったわけ

2

　なぜ二人が恋仲になったのかーー。

　ことの始まりは昨日の夕方、夏季休暇の最後の日のこと。
　
　始業式を明日に控えたアンナことアンナ・ロフェンスは寮に戻る途中に、運悪く不良生徒達に絡まれてしまった。

　彼らは親の権威を最大限に利用して、学生生活をエンジョイしている輩である。

　しかもネクタイの色は青。二つ上の先輩だ。学園生活において一番関わり合いたくない人種である。

　そんな万事休すの状態の中、颯爽と現れたのがカイロス。正式名称はカイロス・フェル・ロークランジャ。

　マルグネス国の第三王子である彼は、不良生徒と同じ青色のネクタイ。つまり最年長の１８歳で、学園で一番の発言力と権力と腕力を持っていた。

　つまるところカイロスは、たった一人で不良生徒達をフルボッコしたのだった。





「ーーあんた、怪我は？」

　これがカイロスに掛けられた最初の言葉だった。

「……だ、だ……だ、だ、大丈夫で……す」
「ちっとも大丈夫じゃねえな」

　心配というより呆れた口調でそう言ったカイロスは、アンナの腕を掴んだかと思えばそのまま片腕に担いで歩き出す。地面に転がっている不良生徒達を踏ん付けながら。

　夏の終わりの風が女子寮に続く遊歩道を通り抜ける。

　カイロスの少し長い銀色の髪がなびいて、アンナの頬に触れる。くすぐったくてドキドキする。

　まるで、夢を見ているようだ。

　好きな人が自分の窮地を救ってくれて、こんなにも近くにいることに。

　ここだけの話、もし一つだけ願いが叶うなら彼の銀色の髪に触れてみたいと思っていた。それが叶った。サラサラしているが、思ったより芯がある彼の髪を頬に感じてアンナは泣きたくなるほど幸せだった。

　いつもより目線が高い位置で見る遊歩道と夏の夕焼けもあまりに奇麗で、幸せ過ぎて眩暈がする。

　アンナはこのまま時間を止めてしまいたいとすら願った。

　もちろん、無理なのはわかっている。神様だってできるわけがない。

　カイロスは、偶然見かけた哀れな下級生を助けてくれただけ。

　自分だから助けてくれたわけじゃない。そんなのは、わかっている。きっと彼は助けた相手の名前すら知らないだろう。そもそも助けてくれたこと自体、ただの気まぐれなのかもしれない。

　それでもアンナは嬉しかった。

　そして思い出す。入学当初、こんなふうに彼に救ってもらったことを。