33 / 33
みんな、あの人の前では恋する乙女
6
しおりを挟む
「アンナさん、ありがとう。お礼は、今度……必ず」
そうアンナにこそっと囁いた後、オフェールアはワイトのエスコートで温室を出て行った。
アンナは二人が去った後も、扉から視線を離さない。
どうか、オフェールアの恋が一歩でも前進しますように。
そんなことを祈っていたら、太い腕がにゅっと伸びてきて強く肩を抱かれてしまった。
「オフェールアに何を言われた?」
紡ぐ言葉と共にカイロスの息が耳に吹きかかってくすぐったい。
つい手のひらで耳をこすったら、その手すら掴まれてしまった。
「あいつがお前を強引に誘ったんだろ?何を言われた?どんな酷いことをされた?……包み隠さず全部、言え」
最後は完全なる脅しだった。
この国の王子様に、そこまで凄まれて断れる者がどれだけいるだろう。
間違いなくこれまでのアンナなら、即座にペロッていたところだ。でも、オフェールアの気持ちを知った今のアンナは、あえてクスクスと無邪気に笑う。
「カイロスさん、駄目ですよ。女の子同士のお喋りは、男の人には秘密にするものだと決まっているんです。だから内緒です」
「へぇ。お前、言うようになったな」
「へへっ。褒めてもらって嬉しいです。あ、でも一つだけ教えて差し上げます。私、またオフェールアさんとお茶をする約束をしました。今度はマチルダも一緒に」
「ほう」
カイロスは目を細めて、探るようにアンナをジッと見る。
「つまり、俺が今言ったことは何一つ無かったということか?」
「はい」
にこっと頷くアンナであるが、実は内心ドキドキしている。
だって、ずっとカイロスに肩を抱かれているから。
しかも彼は喋りながら自分の髪を指に絡ませ遊んだり、耳の形を確認するように指の腹でなぞっている。まるで本当の恋人みたいに。
「……つまり俺は、一人勝手に焦って学園内を探し回っただけか。はっ、お笑い草だ」
「そんなこと言わないでくださいよぅ」
アンナは眉を下げてカイロスを見る。思いのほか彼の顔が近かったので、すぐにぶんっと横を向く。
危なかった。あとちょっとずれていたら、唇がくっついてしまっていた。
大惨事を回避できたアンナはほっと胸をなでおろす。しかし、頭上からちっと舌打ちが降って来た。
「なんだ。引っ掛からなかったか」
「へ?」
「仕方が無い、もう一度やり直すか」
「はぁいいい!?」
悔しそうにするカイロスの腕から、アンナは椅子を蹴倒して逃げ出した。
その素早たるや、チーズを盗んだネズミだった適わないほど素早いものだった。
「ご、ご冗談はおやめください!!」
適当な花壇に身を隠しながらそう言ったアンナに、カイロスは「悪りぃ、悪りぃ」と謝罪する。
でも思いっきり半笑いで、彼が口先だけで謝っているのがありありとわかる。
「……もうっ、カイロスさん!」
好きな人と事故チューしそうになった自分を、そんなにからかわないで欲しい。
カイロスにとってはじゃれ合いの一つかもしれないけれど、こっちは夜も眠れないくらいの大事件だったのだ。
そんな気持ちでギロっと睨んだアンナに、カイロスは困ったように眉を下げーー何を思ったのか、茶を淹れ出した。
二人分のお茶を。
そうアンナにこそっと囁いた後、オフェールアはワイトのエスコートで温室を出て行った。
アンナは二人が去った後も、扉から視線を離さない。
どうか、オフェールアの恋が一歩でも前進しますように。
そんなことを祈っていたら、太い腕がにゅっと伸びてきて強く肩を抱かれてしまった。
「オフェールアに何を言われた?」
紡ぐ言葉と共にカイロスの息が耳に吹きかかってくすぐったい。
つい手のひらで耳をこすったら、その手すら掴まれてしまった。
「あいつがお前を強引に誘ったんだろ?何を言われた?どんな酷いことをされた?……包み隠さず全部、言え」
最後は完全なる脅しだった。
この国の王子様に、そこまで凄まれて断れる者がどれだけいるだろう。
間違いなくこれまでのアンナなら、即座にペロッていたところだ。でも、オフェールアの気持ちを知った今のアンナは、あえてクスクスと無邪気に笑う。
「カイロスさん、駄目ですよ。女の子同士のお喋りは、男の人には秘密にするものだと決まっているんです。だから内緒です」
「へぇ。お前、言うようになったな」
「へへっ。褒めてもらって嬉しいです。あ、でも一つだけ教えて差し上げます。私、またオフェールアさんとお茶をする約束をしました。今度はマチルダも一緒に」
「ほう」
カイロスは目を細めて、探るようにアンナをジッと見る。
「つまり、俺が今言ったことは何一つ無かったということか?」
「はい」
にこっと頷くアンナであるが、実は内心ドキドキしている。
だって、ずっとカイロスに肩を抱かれているから。
しかも彼は喋りながら自分の髪を指に絡ませ遊んだり、耳の形を確認するように指の腹でなぞっている。まるで本当の恋人みたいに。
「……つまり俺は、一人勝手に焦って学園内を探し回っただけか。はっ、お笑い草だ」
「そんなこと言わないでくださいよぅ」
アンナは眉を下げてカイロスを見る。思いのほか彼の顔が近かったので、すぐにぶんっと横を向く。
危なかった。あとちょっとずれていたら、唇がくっついてしまっていた。
大惨事を回避できたアンナはほっと胸をなでおろす。しかし、頭上からちっと舌打ちが降って来た。
「なんだ。引っ掛からなかったか」
「へ?」
「仕方が無い、もう一度やり直すか」
「はぁいいい!?」
悔しそうにするカイロスの腕から、アンナは椅子を蹴倒して逃げ出した。
その素早たるや、チーズを盗んだネズミだった適わないほど素早いものだった。
「ご、ご冗談はおやめください!!」
適当な花壇に身を隠しながらそう言ったアンナに、カイロスは「悪りぃ、悪りぃ」と謝罪する。
でも思いっきり半笑いで、彼が口先だけで謝っているのがありありとわかる。
「……もうっ、カイロスさん!」
好きな人と事故チューしそうになった自分を、そんなにからかわないで欲しい。
カイロスにとってはじゃれ合いの一つかもしれないけれど、こっちは夜も眠れないくらいの大事件だったのだ。
そんな気持ちでギロっと睨んだアンナに、カイロスは困ったように眉を下げーー何を思ったのか、茶を淹れ出した。
二人分のお茶を。
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ジレジレの二人が、いつかきちんと両想いになってくれるのを楽しみにしています。素直なアンナちゃんを育てた家庭ですから、ご両親たちも田舎暮らしをメッチャ楽しんでいるのかもしれませんね。素敵な話をありがとうございます。続きを楽しみにしています。
おもしろい!
お気に入りに登録しました~