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公爵さまが抱える憂鬱①

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本日はラヴィエル目線でのお話です。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 これはバルコニーから転落するフローレンスを受け止めた時より少し前のお話。




「───......どうやったら彼女に触れられるのだろうか」

 ラヴィエルは自宅の執務室の窓辺に立ち、ぼんやりと呟いた。

「は?恐れながら彼女とは婚約者でいらっしゃるフローレンス嬢のことでしょうか?」

 誰に向けて言ったわけではないが、すぐ側で控えている側近ことノルドにはしっかり聞こえてしまっていた。

「他に誰がいるんだ?」
「いないことを願っております」
「含みのある言い方をするな」

 ギロリと睨んでみたものの、ノルドは納得できない様子でコホンと咳払いをしてから口を開く。

「恐れながらもうすぐ挙式でございます。あと少しでございます。本当にあとちょっとの辛抱でございます。若様が精力バツグンなのは世継ぎの心配をしなくて済むので大変喜ばしいことでございますが、どうかご辛抱を」
「ノルド、私はそういう意味で言ったんじゃない。あと、さっきのは独り言だ。聞き流せ」
「......はぁ」

 更に眼光を強めてみたものの、ノルドは言い足りない様子で渋面を作る。

(まぁ、確かに今の発言では、飢えた野獣のような目で見られても仕方がない)

 ラヴィエルは誤解を生む発言をしたことは自覚している。だがしかし、丁寧に説明するのも面倒だったのでノルドの視線から逃げるように少し離れた場所にあるソファへと移動する。

「お茶でも飲まれますか?」
「ああ、頼む」

 空気が読めるノルドは、的確にラヴィエルの心情を読み取り部屋を出ていった。

 ───......キィ、パタン。

 扉がきちんと閉じられたのを確認すると、ラヴィエルは大きくため息を吐いた。

「......どうして触れさせてくれないのだろうか」

 一人になった途端、また同じ言葉を呟いてしまう。

 ラヴィエルはとても焦れていた。婚約者であるフローレンスがいつまで経っても自分に触れさせてくれないことを。

 ただそれは肉体的な意味ではない。彼女は徹底して、心に壁を作っているのだ。そしてラヴィエルはそんな婚約者の心に触れたくて堪らなかったりする。




 初めてラヴィエルがフローレンスと出会ったのは、2年前の彼女の家の茶会に出席した時だった。

 事前に父親からフローレンスがアカデミーを卒業したら自分の婚約者になることは知らされていた。だからその日の茶会はお見合いに近いものだということも言われなくてもわかっていた。

 対面したフローレンスは、まだ成人前だというのに完璧な淑女だった。

 容姿もさることながら、礼の取り方、話し方、目線の動かしかたに茶器を扱う所作。どれ一つとっても完璧で、ラヴィエルはまるで良くできた人形を見ているような気分になった。
 
 はっきり言ってその人間離れした姿に目を奪われてしまった。今にして思えば、あの時生まれた感情は一目惚れに近いものだっただろう。

 そうして今も、その手に負えない感情はラヴィエルの心の中に居座り続けている。

 けれどもフローレンスはそうじゃなかった。正式に自分の婚約者なっても、式を目前にしても、どこか別の所を見ているような気がしてならなかった。

 そして時折見せる表情は、世界中で独りぼっちになってしまったような孤独なそれ。

(こんなにも近くに自分がいるというのに)

 ふいに見せる寂しげな表情はまるで自分なんか頼りにならないと言われているようで、ラヴィエルは歯がゆくて歯がゆくて仕方がなかった。
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