私を殺して、幸せになろうだなんて思うなよ ~死に戻った令嬢が選ぶ、妹への復讐~

当麻月菜

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断罪される前世の殺人者と、婚約者の選択④

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 フローレンスが望んだ復讐は、リコッタを社会的に抹殺することだ。

 社交界デビューをさせないのは当然で、一生結婚すらさせる気はなかった。叶うことなら命つきるまで、どこか遠くの修道院で己の罪と向き合って欲しかった。

 いや、そうするためにフローレンスは、この日の為に全てを捧げてきたと言っても過言ではない。

 だから誰にもリコッタを断罪する権利を譲る気は無い。たとえ、相手が公爵家当主であっても。




「─── ねえ、リコッタ。わたくしに何か言うことはあるかしら?」

 フローレンスはラヴィエルの腕から離れてリコッタへと近づく。

 背後にはラヴィエルがいる。何かあったらすぐに自分を守るために……なのだろうか。もしそうなら、彼は恐ろしいほど過保護だ。

 ただ彼が傍にいてくれることは大変ありがたい。心強いというよりは、よりリコッタを追い詰めることができるという意味で。

「あんたに言うことなんて何もないわっ」

 これだけの状況になってもまだリコッタの姿勢は変わらない。いっそ天晴れだと拍手を送りたくなる。けれども、 

「いい加減にしなさいっ、リコッタ! 今すぐフローレンスに謝りなさいっ」

 急に自分のことを様呼ばわりしはじめたヴェラッザに、フローレンスは笑い出したくなる。そして無理やりリコッタの頭を床に押し付ける光景も物凄く滑稽だ。

「どうか、馬鹿な娘をお許しください。どうか……ご慈悲を……お願い致します」

 リコッタの頭を押さえつけながらヴェラッザも深々と頭を下げる。父アールベンも同じように。

 血のつながらない娘の為に無様に命乞いをする義理の母親と、血を分けた娘に頭を下げる父を見て、フローレンスは改めて自分がこの家で孤立した存在だということを知る。

(……さんざん私を叩いたくせに、義理の妹の為なら平気でこんなことができるのね。お父様は)

 予想していなかったといえば嘘になる。でも、できることならこんな父親の姿は見たくはなかった。

「……はは」

 フローレンスはひりつく心を誤魔化すように乾いた笑い声をあげた。と同時に、背後にいたラヴィエルがそっと囁く。

「もう良いだろう?フローレンス。後は私がやる。これ以上は君が傷付くだけだ」

 これまでで一番優しい口調だった。でもフローレンスは首を横に振る。 
 
「……嫌」
「駄目だ」
「……嫌です。最後まで私が」
「悪いが、それは叶えてやれないな。それに」

 フローレンスの言葉を遮ったラヴィエルは、変な所で言葉を止めた。

 そして魅惑的な笑みに変えて再び口を開いた。

「古今東西、お姫様の窮地を救うのはいつだって騎士の役目なんだよ」
「……は?」

 自分は姫ではないし、ラヴィエルは騎士でもない。しかし彼が言いたいことは何となくわかった。

 ラヴィエルは自ら悪者になることを選んでくれたのだ。……婚約者という立場を利用してばかりいた自分なんかの為に。

「そんなことは駄目です、ラヴィエル様」
「いや、無理だね。もう決めたから」

 笑い声さえあげそうな弾んだ声が頭上から降ってきたと共に、フローレンスの視界が真っ暗になった。ラヴィエルに抱きしめられたのだ。

 ただそれは愛情表現ではなく、これ以上喋るなという強い意志表現。または物理的に発言権を奪ったという表現が正しくて。

 息をするのすら困難なほど強く抱きしめられたフローレンスは、優しい温もりと暗闇の中でラヴィエルの声を聴くことになる。

「私の婚約者は情にもろい部分があるが、私は謝罪程度では見過ごすことはできないですね。……とても残念です。フローレンスが嫁いだ後も彼女の生家とは良い関係を続けていくつもりでしたが、それは今日限りにします。さようなら、伯爵殿。ああ......式には出席されなくて結構です。では、失礼」

 息継ぎすらせず一気に言い切ったラヴィエルは、軽々とフローレンスを横抱きにして廊下へと出た。

 問答無用で抱き上げられたフローレンスは、彼の発した言葉の重みにぞわりと寒気が走る。

 公爵家からはっきりと絶縁宣言を受けてしまえば、格下の伯爵家の未来は無い。

 どこの貴族だって我が身が可愛い。リスクを負ってまで伯爵家と繋がりを持ち続けたいと思う者はいないだろう。

 つまり、ラヴィエルは自分を殺そうとしたリコッタだけではなく、両親すらも断罪したのだ。はっきり言ってしまえば、家もろとも社会的に抹殺したことになる。

「さて、無駄な時間を過ごしてしまったけれど、やっと二人っきりになれるね、婚約者殿」

 自分を抱えていながらも規則正しい足音を響かせるラヴィエルは、あっさりと一つの名家を潰した残忍な表情ではなく、これからピクニックにでも行くような楽しげなそれだった。
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