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むしろ遅すぎる(婚約者談)

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「なぁ、ティスタ。本当にどうした?」

 エッグサンドを前にしても消沈しているティスタに、ウェルドはようやっと自分の遅刻が原因ではないことに気付いたようだった。

 そして表情を厳しいものに変えた。

「……ティスタ、何があった?」

 ベンチに腰かけることなく、膝を付いて何も言わないティスタを覗き込む。

 見つめ合うこと数秒。ティスタは、緊張のため乾いてしまった唇をそっと舐めてから口を開いた。
 
「あのね、実は……」
「ああ」
「……えっと……あのね」

 言いにくそうに口を噤んでしまったティスタに、ウェルドは優しく続きを促す。

 しばらくの間の後、ティスタは意を決したように再び口を開いた。

「ヴァネッサお姉さまが、あなたと男女の営みをしたから結婚すると言っているんだけど……本当?」

 どう切り出そうか事前にあれだけ頭を悩ましたけれど、結局は直球の質問になってしまったとティスタは頭の隅で思った。

 対して、ウェルドは問われた瞬間、そっとティスタから目を逸らした。

 彼とは長い付き合いだ。たったそれだけで、もう寝取られ事件は疑惑で済まされないことが確定してしまった。

(……嘘、嘘っ、嘘でしょ!?)

 心の中でティスタは悲鳴をあげた。

 胸がめった刺しにされたように痛い。視界が絶望と怒りで真っ赤になる。あまりの衝撃に座っているはずなのに、ぐらぐらと身体が勝手に揺れてしまう。

 気付けばティスタは、短剣もとい─── 制裁の剣の鞘を抜いていた。   

「信じられないっ、この浮気者!天誅!!」

 ティスタは短剣の鞘を抜き、浮気をしたウェルドの心臓めがけてそれを突き刺そうとした。

 先ほどまで彼を傷付けたくないなんて健気なことを思っていたくせに、今は心の底から、『天誅』と叫ぶ自分は都合が良いと思う。だが、悪いとは思っていない。

 でも、推定浮気をした婚約者は残念なことに、そこそこ剣の使い手だった。

「ティスタ、危ない」

 腹が立つほど冷静にそう言ったウェルドはひらりと刃を避ける。次いで、ティスタの手首を掴んだ。

「放して、浮気者!!」
「放さないし、俺は浮気もしていない」
「嘘つき!!」

 人生初めてキレるという経験を現在進行形でしているティスタは、我を忘れて渾身の力で暴れる。

 けれどもウェルドは、動じることなくティスタから短剣を奪いそっと抱き寄せた。

「まぁ、落ち着け。ちゃんとその件について説明するから。で、最後まで話を聞いた後、俺が浮気をしたと思ったら刺していいから。一先ず聞け。─── 聞いてくれ、頼む」

 耳元で優しく囁かれて、ついでにふっと息を吹きかけられてしまったティスタは、誠に遺憾ではあるがウェルドに猶予を与えることしかできなかった。

「……聞くだけだから」
「ああ、聞くだけで良い」

 ウェルドは命を差し出すことに何の躊躇もないのだから、彼が浮気をしていないのは明白だった。

 しかし冷静さを欠いているティスタはそれに気付けない。

 ……そして、この後とてつもない後悔をすることになる。
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