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第二章 代弁者は裁く、語る、色々と

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 温室の外に出れば木枯らしが強く吹いた。ルードヴェイが何か言いたげにこっちを見たけれど、藍音はすました顔で馬車へと足を動かす。

 しかし表情とは裏腹に、内心ちょっとだけ消化不良である。

 アイネがずっと抱えていた気持ちを伝えた後、藍音はルードヴェイを責めて詰って、二度と娘に対して横柄な態度を取れないようにしてやろうと思っていた。

 けれど全てを語り終え、いざ嫌味を!と思った瞬間、ルードヴェイは顔をくしゃりと歪めた。己の過ちを認めた顔だった。

 その顔を見た途端、焼き縮みしたシフォンケーキのように息巻いていた気持ちが急にしぼんでしまった。 
 
 急激な気持ちの変化に戸惑ったけれど、きっとアイネは父親を追い詰める真似はしたくなかったのだろう。

 アイネはただ知って欲しかっただけ。悪意が無かったことを伝えたかっただけ。それ以上は何も望んでいない。

 謙虚過ぎる彼女にもうちょっと欲を持っても良いのにと思ってしまう藍音だけれど、余計なことをする気はない。ただこの消化不良をどうすればいいのかだけは誰か教えて欲しい。

 そんなことを一人考えていたら、あっという間に馬車の前に到着した。 

 再び木枯らしが吹き、藍音はぶるりと身を震わせた。

「……アイネ、一つ言っておくことがある」
「なんでしょう?出来れば手短にお願いいたしますわ」 

 ちょっとでも身体を暖めようと二の腕をこする藍音は、ルードヴェイのことなど見ていない。

 どうせ言い足りなかった小言を置き土産にしたいのだろう。ならさっさと言って早く馬車に乗り込んで欲しい。とにかく一刻も早く自室に戻って暖炉の前でぬくぬくしたい。

 そんな気持ちは顔に出したつもりはなかったが、ルードヴェイはこちらをギロリと睨んで口を開いた。

「お前の部屋はそのままにしてある」
「え?」
「毎日、ルマリアがお前の部屋の窓を開けて空気を入れ替えている」
「は?」
「だから……その……」

 もごもごと口の中で言葉を紡ぐせいで、語尾はふにゃふにゃとして聞き取れない。

 でも今はじっとルードヴェイの言葉を待たないといけないような気がして、藍音は寒さに耐える。

「別に、わざわざ別れてまで夫の世話になる必要は無いということだ」

 不機嫌この上ないという表情で言われたが、顔と発言が一致しないせいで藍音はすぐに理解できない。なのに、

「話は以上だ。ここは寒い。早く部屋に戻りなさい」

 唐突に言われた言葉の意味を訊こうかどうか判断に迷っていたら、ルードヴェイはスタスタと馬車に乗り込んでしまった。

「あ、ちょっと……あ……」

 反射的に追いかけようとしたけれど、馬車は蹄の音を響かせて無情にも走り去ってしまった。 

 残された藍音は寒さも忘れてポカンとする。

「君の御父上は、不器用な方だ」
「っ!?」

 急に言葉が頭上から降ってきて飛び上がらんばかりに驚いた。ライオットだと気付いたのは心臓が大きく3回撥ねてからだった。

「……あ、いたの」
「悪いがずっといた」

 即答してくれたライオットは、当然気を悪くしている。申し訳ないが本気で存在を忘れていた。

「ごめんなさい、あの……」
「君の御父上は、不器用な方だ」
「それ、さっき聞きましたわ」
「大事なことだからもう一度言ったまでだ」
「あら、そうですか」

 肩を竦めて見せれば、ライオットは眉間に皺を寄せて再び口を開いた。

「だが君のことを愛している」
「それはどうだか」
「いや間違いない。多忙なお方なのに、毎月毎月会えるかどうかわからない娘の為に時間を割いているのだ。愛情がなければできぬことだ」
「ワガママ娘を叱りに来ただけですわ……ふふっ。まぁ結局のところ、その娘から返り討ちに合ってしまいましたけど。ふふっ……きっと今頃、お父様は馬車の中で悔しがっておりますわ」

 ついでに地団太でも踏んでるかもしれない。その姿がありありと想像できて藍音は小さく笑う。でも、すぐに溜息を吐いた。

 口答えした娘の中身が異世界のアラサー女子だとわかったら、ルードヴェイは娘を偲んで泣いてくれるだろうか。それとも仕方がないとあっさり現実を受け入れるのだろうか。

 どっちを選んでも虚しさが残る現実に藍音は目を逸らし、ライオットを見る。

「ど、どうした?」
「先日仰っていた夜会のお返事をお伝えします」
「っ……!!」

 あからさまに身体を強張らせたライオットに、藍音は淡々と伝えた。

「参加させていただきますわ」
「そうか……っ……!?……参加……は?参加するだと?」
「ええ」
「私をパートナーとして参加してくれるのか?」
「ええ」
「年の瀬の夜会にだぞ?」
「ええ」
「本当か?本当にか?後で気が変わったなどとーー」
「このしつこい確認に、今にも気が変わりそうですわ」

 うんざりした気持ちを隠しきれずに溜息を吐いたら、ライオットは慌てて口を噤んだ。

 ーー勘違いしないでよね。これもアイネが望んだだけのこと。貴方の為なんかじゃないから。

 ディロンセ一家のボタンの掛け違いの記憶を受け止めた時、なぜか心の奥底に隠していたアイネの気持ちまで伝わってしまったのだ。

『わたくし、一度で良いから……ちゃんとドレスアップして夜会に参加したかった』

 社交界デビューと同時にライオットと結婚したアイネは、夜会に参加した経験はほとんど無い。

 一度も袖を通していないドレスがクローゼットに溢れているのは、アイネなりの意思表示だったのだ。きっと「どうして着ないの?」と誰かに訊いて欲しかった。

 その誰にも気づかれなかった気持ちを、藍音は無視することができない。

 夜会なんて帳簿付けと違って完全に興味も無いし、行きたいとは思わない。けれど、アイネができなかったことを全て叶えてあげるのが自分に課せられた使命だと藍音は思っている。

「……ま、なんとかなるでしょ」

 不安なんて数え出したらキリがない。できる自信なんてどこにもない。

 だからこそ敢えて声に出して笑ってみたら、なぜか隣に立つライオットが釣られるように微笑んだ。

 違う。貴方に向けてのものじゃない。
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