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第三章 夜会では優雅に品よく、お別れを

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 二年前にレブロン家に嫁がれた若奥様は、この縁談が死ぬほど嫌だったらしい。

 レブロン邸で働く使用人達は皆、そう思っていた。

 なぜならレブロン家当主は若奥様に対して無関心を装いながら、実はめちゃくちゃ気にかけているのに当の本人である若奥様は、それにちっとも気付かないからだ。

 使用人達は知っている。式の日取りが決まるや否や、当主様は若奥様を迎えるために自ら先頭に立って指示をしたことを。寝る間も無いほど忙しい御身のくせに。

 当日の挙式は前当主夫妻の体調を考慮して簡素ではあったけれど、若奥様に贈ったドレスは王族すら手に入れることができない最高の品だった。

 何より妻を迎えた時のご主人様の顔といったら。

 良くて無表情。眉間の皺はデフォルトで、時には人を殺すことなど厭わないような殺気を放つのに微笑んでいたのだ。

 心から大切にしたい。言葉でこそ聞くことはなかったけれど、使用人達には当主様がどれほど若奥様を歓迎しているのか痛いほど伝わった。

『これからは、この方を女主人として誠心誠意お仕えしよう』

 使用人達はそう思った。当主様と同じ気持ちで若奥様を歓迎した。

 しかし、現実は違った。仕えたくても部屋から出てこない引きこもりの泣き虫奥様に、使用人は次第に気持ちが変わってしまった。

 こんなにもご主人様に愛されているのに。どうして泣く必要があるのか。そんなにも嫌なのか。若奥様が美しいのは容姿だけで心は酷く醜いに違いないのでは?

 勝手に期待していた分、ひどい裏切りにあってしまったような感覚を覚え、使用人達は若奥様に対して次第に冷たい目を向けるようになってしまった。

 確かに別邸には食客として王族のイレリアーナ様がいる。

 しかし、イレリアーナはあくまで国王から押し付けられた厄介者だというのは、使用人達は薄々感じ取っていた。

 やれ「夜会に出席して家族王族に会いたい」だの、やれ「寂しいから実家王城と同じ料理を出せ。っていうか王城の料理長を連れてこい」だのと、当主様が身勝手なイレリアーナに振り回されている姿を幾度も目にしてきたから。

 食客の要求を一つ叶えれば、また次の要求をと終わりがない。

 その底なしの欲に我慢を超えた当主様は、一度だけ毅然とした態度で断ったことがある。その結果、八つ当たりを受けた使用人3人が病院送りとなった。

 当主様は、使用人達にも優しい。

 この悲しい事件を機に、当主様は舌打ち混じりではあるが食客の要求を全て呑むことになった。
 
 ……という経緯があるなんて、若奥様ことアイネはぜんぜん知らない。

 そして一部の使用人のせいでアイネが傷付き部屋から出なくなった経緯があることも、他の使用人達は知らなかった。

 そんな行き違いの結果、アイネは使用人達から完全に嫌われてしまった。当主様が引きこもりの奥様の部屋の前をウロウロする姿があまりに切なく、余計に嫌われる要因になってしまったのもある。

 執事グロイから若奥様への態度を改めるよう厳しい通達がなされても、あろうことか使用人の中にはツンと横を向く人すらいた。

 しかしある日を境にアイネは女主人としての自覚を再び取り戻し、執事見習いヒューイの不正を暴いた。加えて、当主様ことライオットと夜会に参加する。

 ライオットが誰の目にもわかるほどウキウキしているのもあり、使用人達は一人また一人とアイネに対する考えを改め始めるようになった。





 粉雪がチラつく午後の昼下がり。
 
 レブロン邸のメイドであるリイルは我が目を疑った。

 彼女はレブロン邸勤続4年の中堅に位置する使用人である。花屋の息子と恋仲で、将来は4人の子供のお母さんになりたいという可愛らしい夢を持つ。

 そんな彼女は平民で社交界など縁もゆかりもない。扇で口元を隠す子女の思考なんて理解できないし、社交界への憧れも皆無である。

 しかし、今目の前で繰り広げられる光景は、おそらく社交ダンスというものだろうとはなんとなくわかる。

 ……そう、わかるのだが、これは到底ダンスと呼べるものではなかった。

 蓄音機の前でただひたすら曲を流す大役を仰せつかった彼女の目の前では、一組のペアがもつれあっている。

 若奥様であるアイネ・レブロンと、侍女のジリー。どちらもリイルより教養が高い女性である。

 その二人は、近く参加する王城での夜会で披露するためのダンスを猛特訓しているのだが、

「ジリー、ごめんなさい。ああ、お願い。わたくしの足を避けて、お願いですからっ」
「いえ、大丈夫でーー痛いです!奥様、もう少し音楽を聴いて……痛っ。奥様!!」
「ごめんなさいっ、本当にごめんなさい!ですから、逃げてって言ってるでしょ!」
「それじゃあ、ダンスが踊れません!無茶を言わないでくださませ!!」

 1、2、3、とゆっくりしたテンポで奏でられる円舞曲の間に響く悲痛な声と、じゃれ合う猫がヒートアップしてキャットファイトになりつつある無駄な緊張感。

 これは、おおよそダンスと呼べるような代物ではない。

 悪夢のような光景の中、一人ポツンと蓄音機の前にいるリイルにできることは、ただひたすら指定された曲を間違えずに奏でることだけ。

「……神よ」

 リイルは曇天の空に向け、祈りを捧げる。

 どうか若奥様が夜会でダンスを披露できますように。そしてジリーの足が無事でありますように、と。
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