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向き合わなければならない【秋】
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気持ちは固まっていたとはいえ、ウィレイムにそう言った後、マリアンヌはびくっと身をすくませた。
もともと兄はレイドリックとの婚約を良くは思っていなかった。
そして求婚を受けた時、よく考えろと自分に忠告をした。
今思えば、ウィレイムはこうなることを予期していたのかもしれない。
でも自分は、その忠告を無視してレイドリックと婚約をした。
ちなみにマリアンヌは、レイドリックとエリーゼが浮気以上の悪事をしていることをまだ知らない。
だから婚約破棄をしたいと告げた途端に、ウィレイムから「ふざけるな」と怒鳴られると思った。けれども───
「そうか、わかった」
意外なほどあっさりとウィレイムは承諾した。
「……え?お、お兄様、怒っていないのですか?」
「怒る?まさか。マリーが決めたことなら、怒るわけないじゃないか」
「……でも」
マリアンヌは、言いかけて口を噤んだ。
言いたい言葉が見つからないのだ。だって言って欲しい言葉はもう貰っているのだから。
ただこんなにも容易に事が運ぶとは思ってもみなかった。
さんざん迷惑をかけ、挙式直前になってこんなことを口にしたのだ。間違いなく怒られると思っていた。正直、頬の一つでもぶたれると思っていた。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
向かいの席に座るウィレイムは、マリアンヌの顔をじっと見つめていたけれど、とうとう堪えきれないといった感じで、ぷっと吹き出した。
「そんなに驚くことか?マリーはまだ兄さんと一緒に居たかっただけなんだろう?」
「……っ」
兄の優しい気遣いに、マリアンヌは唇を強く噛んだ。
普段は過保護すぎる兄でしかないウィレイムだけれど、この国の宰相補佐なのだ。自分の稚拙な考えなどはるかに上回る頭脳を持つ人間でもある。
きっと何もかも知っているのだろう。そして知った上で、こんな茶目っ気のあることを言ってくれてるのだ。
なら自分は、この優しい嘘を真実にしなければならない。
「ええ、そうです。……そうなんです。お兄様、どうかマリーをまだ妹でいさせてください」
「ああ、わかった。気が済むまでここに居なさい」
「……はい」
ぎゅっとスカートの裾を握りながら頷くマリアンヌの頭に、ぽんっと大きな手が乗った。そしてそのままくしゃくしゃと髪を撫でられる。
「後の事は私に任せなさい。お前は何も心配することは無い」
「はい」
結婚も婚約破棄も個人間の問題ではない。
だからこれからはロゼット家の当主であるウィレイムが表に立って、事後処理に当たらなければならない。
ただでさえ仕事が忙しいというのに、こんな厄介事を押し付けて心から申し訳ないと思う。
でも兄に任せてしまえば、全てつつがなく処理を終えてくれるだろう。
なにせ宰相補佐なのだ。国を左右する重要な案件と日々向き合っているのだ。だからこの件もこれで無事終わったと思えば良い。
……と、言いたいところであるが、マリアンヌはこの婚約破棄にあたり、どうしても譲れない一件があった。
「お兄様、お願いがあるんです」
「なんだい?」
ウィレイムはマリアンヌの頭に置いたまま、柔らかい笑みを浮かべて続きを促した。
「それは───」
マリアンヌがそっと視線を逸らして告げたものは、ウィレイムにとって予想外のものだったのだろう。そして、不本意なものでもあったのだろう。
ウィレイムは瞬きする間に不機嫌な表情に変わった。
でも最終的には、がしがしと髪をかきながら同意してくれた。
***
それから数日後、マリアンヌはとある場所に立っていた。
立ちすくむ場所ではないはずなのに、どうしても足がすくんで動けなかった。
「……こんなところだったかしら?」
そう呟いた自分の声が情けない程震えていて、笑いだしたくなる。
でも目の前に広がる光景は何一つ笑えない。
手入れなどずっとしていないのであろう伸び放題の木々と、雑草が目立つ芝生。
くすんでしまった門扉。水が枯れてしまった噴水。玄関ホールまでの石畳には、砂と埃が溜まって本来の色がわからない状態だった。
─── これが、伯爵家の庭?
マリアンヌは今度は口にせず、心の中で呟いた。
記憶の中にあるこの伯爵邸は、自分の屋敷よりは小規模であるが、それでも爵位に恥じない趣のある門構えだった。
ここはレイドリックの自宅、リッツ邸。
ウィレイムに婚約破棄を伝えてから10日過ぎた今日、マリアンヌはレイドリックに婚約破棄を告げるため、ジルを伴って訪問した。
一応レイドリックには事前に会いたいと手紙を書いた。そして、リッツ邸に伺う旨も記した。でも、返事はなかった。
だから今日の訪問は、彼が留守の可能性もある。
でも、きっとここに居るという確信をマリアンヌは持っている。
そして、どうしてレイドリックが、エリーゼという恋人がいるにもかかわらず、自分と婚約したのかも、この屋敷を見て理解した。
「……マリアンヌ様、どうされますか?一度ご帰宅され、ロゼット邸にお呼びした方が良いのでは?」
一歩も動けずにいるマリアンヌを心配して、ジルはそっと耳打ちする。
「いいえ、行きましょう」
マリアンヌはジルににこりと笑って、リッツ邸の敷地に足を踏み入れた。
もともと兄はレイドリックとの婚約を良くは思っていなかった。
そして求婚を受けた時、よく考えろと自分に忠告をした。
今思えば、ウィレイムはこうなることを予期していたのかもしれない。
でも自分は、その忠告を無視してレイドリックと婚約をした。
ちなみにマリアンヌは、レイドリックとエリーゼが浮気以上の悪事をしていることをまだ知らない。
だから婚約破棄をしたいと告げた途端に、ウィレイムから「ふざけるな」と怒鳴られると思った。けれども───
「そうか、わかった」
意外なほどあっさりとウィレイムは承諾した。
「……え?お、お兄様、怒っていないのですか?」
「怒る?まさか。マリーが決めたことなら、怒るわけないじゃないか」
「……でも」
マリアンヌは、言いかけて口を噤んだ。
言いたい言葉が見つからないのだ。だって言って欲しい言葉はもう貰っているのだから。
ただこんなにも容易に事が運ぶとは思ってもみなかった。
さんざん迷惑をかけ、挙式直前になってこんなことを口にしたのだ。間違いなく怒られると思っていた。正直、頬の一つでもぶたれると思っていた。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
向かいの席に座るウィレイムは、マリアンヌの顔をじっと見つめていたけれど、とうとう堪えきれないといった感じで、ぷっと吹き出した。
「そんなに驚くことか?マリーはまだ兄さんと一緒に居たかっただけなんだろう?」
「……っ」
兄の優しい気遣いに、マリアンヌは唇を強く噛んだ。
普段は過保護すぎる兄でしかないウィレイムだけれど、この国の宰相補佐なのだ。自分の稚拙な考えなどはるかに上回る頭脳を持つ人間でもある。
きっと何もかも知っているのだろう。そして知った上で、こんな茶目っ気のあることを言ってくれてるのだ。
なら自分は、この優しい嘘を真実にしなければならない。
「ええ、そうです。……そうなんです。お兄様、どうかマリーをまだ妹でいさせてください」
「ああ、わかった。気が済むまでここに居なさい」
「……はい」
ぎゅっとスカートの裾を握りながら頷くマリアンヌの頭に、ぽんっと大きな手が乗った。そしてそのままくしゃくしゃと髪を撫でられる。
「後の事は私に任せなさい。お前は何も心配することは無い」
「はい」
結婚も婚約破棄も個人間の問題ではない。
だからこれからはロゼット家の当主であるウィレイムが表に立って、事後処理に当たらなければならない。
ただでさえ仕事が忙しいというのに、こんな厄介事を押し付けて心から申し訳ないと思う。
でも兄に任せてしまえば、全てつつがなく処理を終えてくれるだろう。
なにせ宰相補佐なのだ。国を左右する重要な案件と日々向き合っているのだ。だからこの件もこれで無事終わったと思えば良い。
……と、言いたいところであるが、マリアンヌはこの婚約破棄にあたり、どうしても譲れない一件があった。
「お兄様、お願いがあるんです」
「なんだい?」
ウィレイムはマリアンヌの頭に置いたまま、柔らかい笑みを浮かべて続きを促した。
「それは───」
マリアンヌがそっと視線を逸らして告げたものは、ウィレイムにとって予想外のものだったのだろう。そして、不本意なものでもあったのだろう。
ウィレイムは瞬きする間に不機嫌な表情に変わった。
でも最終的には、がしがしと髪をかきながら同意してくれた。
***
それから数日後、マリアンヌはとある場所に立っていた。
立ちすくむ場所ではないはずなのに、どうしても足がすくんで動けなかった。
「……こんなところだったかしら?」
そう呟いた自分の声が情けない程震えていて、笑いだしたくなる。
でも目の前に広がる光景は何一つ笑えない。
手入れなどずっとしていないのであろう伸び放題の木々と、雑草が目立つ芝生。
くすんでしまった門扉。水が枯れてしまった噴水。玄関ホールまでの石畳には、砂と埃が溜まって本来の色がわからない状態だった。
─── これが、伯爵家の庭?
マリアンヌは今度は口にせず、心の中で呟いた。
記憶の中にあるこの伯爵邸は、自分の屋敷よりは小規模であるが、それでも爵位に恥じない趣のある門構えだった。
ここはレイドリックの自宅、リッツ邸。
ウィレイムに婚約破棄を伝えてから10日過ぎた今日、マリアンヌはレイドリックに婚約破棄を告げるため、ジルを伴って訪問した。
一応レイドリックには事前に会いたいと手紙を書いた。そして、リッツ邸に伺う旨も記した。でも、返事はなかった。
だから今日の訪問は、彼が留守の可能性もある。
でも、きっとここに居るという確信をマリアンヌは持っている。
そして、どうしてレイドリックが、エリーゼという恋人がいるにもかかわらず、自分と婚約したのかも、この屋敷を見て理解した。
「……マリアンヌ様、どうされますか?一度ご帰宅され、ロゼット邸にお呼びした方が良いのでは?」
一歩も動けずにいるマリアンヌを心配して、ジルはそっと耳打ちする。
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