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☆閑話☆ ならば外堀を埋めてやる
1
夏の夕方は、まだ昼間のように明るい。
フェリシアが住まう別荘を出たイクセルは、馬に跨りスセルの砦へと駆ける。
風は涼しく、青々と茂った木々が流れるように視界から消えていく。
「……ひとまずは、よしとするか」
手綱を器用に操りながら自分に言い聞かせるように呟くイクセルの声音は、馬の蹄の音にかき消された。
フェリシアが住む別荘と、スセルの砦は馬車で四半刻の距離にある。馬だけで移動するならその半分の時間で到着する。
巡回という体で別荘に立ち寄ったイクセルの移動手段は、馬車ではなく警護隊の馬だ。よく訓練されたこの馬は、乱暴なイクセルの手綱捌きでも従順で、あっという間に目的地に到着した。
スセルの砦は、他の砦に比べて小規模であるが造りは頑丈である。過去、幾度か蛮族から襲撃を受けたけれど一度も落とされたことはない。
「おかえりなさいませ、隊長!」
馬を降りたと同時に、イクセルの直属部下が駆け寄る。赤髪の大柄な青年は、警護隊の制服を着ていなければ、逆に取り締まりを受けてしまうような強面だ。
「ああ、今戻った。馬を頼む」
「はっ!お任せください!」
無駄に声量のある返事に、赤髪青年ことラルフから脳筋臭が漂う。
しかしイクセルにとったらいつものこと。表情を変えることなく手綱を渡し、砦内の自室に足を向け……ようとしたけれど、ラルフを呼び止めた。
「密命はどうなった?」
「完璧っす!!ホシは、もうすぐイエル達が連行してきます!」
密命の意味がわかっているのかと訊きたくなる報告にイクセルは若干顔をしかめるが、咎めることはせず早足で自室へと急いだ。
裏口から入ったイクセルは、階段を上り、幾つかの角を曲がる。そして馴染みの金の紋章が刻まれた扉を開け部屋に入る。
入った途端、学生服姿の青年がソファで寛いでいるのを目にして額に手を当てた。
「なんだエイリット、来ていたのか」
「はい。昨日からアカデミーが夏休みに入りましたので」
勝手に部屋に入ったことを詫びもしない弟に、イクセルは溜息を吐く。
「屋敷に戻れ。ここは子供の遊び場じゃない」
「わかっています。遊ぶためではなく級友のディオーナ嬢の別荘が近くなので、これを機に距離を縮めようと思い滞在しているだけです」
「こら。砦は学生の逢引き場所じゃないぞ」
「お見合いのやり直しをする場所でもないですよ、兄様」
「……お前なぁ」
ああ言えばこう言う。悪辣な言葉を吐いてイクセルをやり込めたエイリットはふわふわの栗色の髪をかきあげた。少年のつぶらな薄紫色の瞳には、兄への敬意も畏怖もない。
エイリットは兄のイクセルとは容姿は似ていないが、言葉巧みに相手を言い負かすところは妙に似ている。そして意中の女性を手に入れるためなら、躊躇なく利用できるものはとことん利用するところも。
そんな共通点があるおかげで、泥沼の家庭環境でありながらイクセルとエイリットの仲は悪くない。イクセルが弟を無碍にできないでいるともいう。
「もういい、わかった。砦の一室を貸してやる。だがお前は未成年なんだから一線を超えるような真似だけはするな」
「……兄様からそんなまともな忠告を受ける日が来るとは夢にも思いませんでした」
しみじみと呟くエイリットに悪気はない。
これまでイクセルから受けた忠告といえば「舐められたら100倍にして返せ」「喧嘩を売られても感傷的にならずに、見えないところで始末しろ」「媚びを売る人間には隙を見せるな」等々……おおよそ健全な青少年に向けてのものとは思えないものばかりだった。
「私は状況に応じて一番適切な助言をしてきただけだ」
「……警護隊の隊長という立場を忘れてですか?」
「いや。お前が考えつく程度の悪事なら俺の力でもみ消すことができるという確固たる自信の元にだ。つまり忘れてない」
「まだ忘れているほうがマシでしたね」
遠い目をするエイリットは、自分に良く似て可愛げがない。
憎らしいとは思いつつも、半分だけの血のつながりに免じて聞き流そうと決めたその時、部屋にノックの音が響いた。
入室の許可を出せば、部下であるイエルがひょっこり顔を覗かせた。
「隊長、ホシを確保してきましたが部屋に入れてもいいですか?それとも地下牢にしましょうか?」
食事をどうするかというノリで訊いてきたイエルもまた、ラルフと同じ脳筋の一人だ。唯一違うのは、髪の毛の色が黒である。
「ここでいい。入れなさい──エイリット、悪いが客人が来た。部屋は後で用意するから、図書室で課題でもやっていなさい」
「あ、はい。わかりました」
この流れで客人とは誰なのだろう?と、エイリットは首をかしげながら部屋を出る。しかし部屋をすれ違う瞬間、イエルが抱えている荷物を見てギョッとした。
「あ、あ、兄様!これ、いいんですか!?」
「いいんです」
「でも! 客人って──」
「エイリット、今見たことは全て忘れて図書室で課題をしてなさい」
イクセルの尋常じゃない目力に圧倒されたエイリットはギュッと目を閉じると全速力で図書室へと駆け出した。
次第に小さくなっていくエイリットの足音を聞きながら、イクセルはイエルによって床に転がされた客人に目を向ける。
「ようこそお越しいただきました。フレードリク殿。少々動きずらい恰好ではありますが、何卒ご容赦を」
そう言ってイクセルは、ロープでがんじがらめにされたフェリシアの兄に向け、優美な礼を執った。
フェリシアが住まう別荘を出たイクセルは、馬に跨りスセルの砦へと駆ける。
風は涼しく、青々と茂った木々が流れるように視界から消えていく。
「……ひとまずは、よしとするか」
手綱を器用に操りながら自分に言い聞かせるように呟くイクセルの声音は、馬の蹄の音にかき消された。
フェリシアが住む別荘と、スセルの砦は馬車で四半刻の距離にある。馬だけで移動するならその半分の時間で到着する。
巡回という体で別荘に立ち寄ったイクセルの移動手段は、馬車ではなく警護隊の馬だ。よく訓練されたこの馬は、乱暴なイクセルの手綱捌きでも従順で、あっという間に目的地に到着した。
スセルの砦は、他の砦に比べて小規模であるが造りは頑丈である。過去、幾度か蛮族から襲撃を受けたけれど一度も落とされたことはない。
「おかえりなさいませ、隊長!」
馬を降りたと同時に、イクセルの直属部下が駆け寄る。赤髪の大柄な青年は、警護隊の制服を着ていなければ、逆に取り締まりを受けてしまうような強面だ。
「ああ、今戻った。馬を頼む」
「はっ!お任せください!」
無駄に声量のある返事に、赤髪青年ことラルフから脳筋臭が漂う。
しかしイクセルにとったらいつものこと。表情を変えることなく手綱を渡し、砦内の自室に足を向け……ようとしたけれど、ラルフを呼び止めた。
「密命はどうなった?」
「完璧っす!!ホシは、もうすぐイエル達が連行してきます!」
密命の意味がわかっているのかと訊きたくなる報告にイクセルは若干顔をしかめるが、咎めることはせず早足で自室へと急いだ。
裏口から入ったイクセルは、階段を上り、幾つかの角を曲がる。そして馴染みの金の紋章が刻まれた扉を開け部屋に入る。
入った途端、学生服姿の青年がソファで寛いでいるのを目にして額に手を当てた。
「なんだエイリット、来ていたのか」
「はい。昨日からアカデミーが夏休みに入りましたので」
勝手に部屋に入ったことを詫びもしない弟に、イクセルは溜息を吐く。
「屋敷に戻れ。ここは子供の遊び場じゃない」
「わかっています。遊ぶためではなく級友のディオーナ嬢の別荘が近くなので、これを機に距離を縮めようと思い滞在しているだけです」
「こら。砦は学生の逢引き場所じゃないぞ」
「お見合いのやり直しをする場所でもないですよ、兄様」
「……お前なぁ」
ああ言えばこう言う。悪辣な言葉を吐いてイクセルをやり込めたエイリットはふわふわの栗色の髪をかきあげた。少年のつぶらな薄紫色の瞳には、兄への敬意も畏怖もない。
エイリットは兄のイクセルとは容姿は似ていないが、言葉巧みに相手を言い負かすところは妙に似ている。そして意中の女性を手に入れるためなら、躊躇なく利用できるものはとことん利用するところも。
そんな共通点があるおかげで、泥沼の家庭環境でありながらイクセルとエイリットの仲は悪くない。イクセルが弟を無碍にできないでいるともいう。
「もういい、わかった。砦の一室を貸してやる。だがお前は未成年なんだから一線を超えるような真似だけはするな」
「……兄様からそんなまともな忠告を受ける日が来るとは夢にも思いませんでした」
しみじみと呟くエイリットに悪気はない。
これまでイクセルから受けた忠告といえば「舐められたら100倍にして返せ」「喧嘩を売られても感傷的にならずに、見えないところで始末しろ」「媚びを売る人間には隙を見せるな」等々……おおよそ健全な青少年に向けてのものとは思えないものばかりだった。
「私は状況に応じて一番適切な助言をしてきただけだ」
「……警護隊の隊長という立場を忘れてですか?」
「いや。お前が考えつく程度の悪事なら俺の力でもみ消すことができるという確固たる自信の元にだ。つまり忘れてない」
「まだ忘れているほうがマシでしたね」
遠い目をするエイリットは、自分に良く似て可愛げがない。
憎らしいとは思いつつも、半分だけの血のつながりに免じて聞き流そうと決めたその時、部屋にノックの音が響いた。
入室の許可を出せば、部下であるイエルがひょっこり顔を覗かせた。
「隊長、ホシを確保してきましたが部屋に入れてもいいですか?それとも地下牢にしましょうか?」
食事をどうするかというノリで訊いてきたイエルもまた、ラルフと同じ脳筋の一人だ。唯一違うのは、髪の毛の色が黒である。
「ここでいい。入れなさい──エイリット、悪いが客人が来た。部屋は後で用意するから、図書室で課題でもやっていなさい」
「あ、はい。わかりました」
この流れで客人とは誰なのだろう?と、エイリットは首をかしげながら部屋を出る。しかし部屋をすれ違う瞬間、イエルが抱えている荷物を見てギョッとした。
「あ、あ、兄様!これ、いいんですか!?」
「いいんです」
「でも! 客人って──」
「エイリット、今見たことは全て忘れて図書室で課題をしてなさい」
イクセルの尋常じゃない目力に圧倒されたエイリットはギュッと目を閉じると全速力で図書室へと駆け出した。
次第に小さくなっていくエイリットの足音を聞きながら、イクセルはイエルによって床に転がされた客人に目を向ける。
「ようこそお越しいただきました。フレードリク殿。少々動きずらい恰好ではありますが、何卒ご容赦を」
そう言ってイクセルは、ロープでがんじがらめにされたフェリシアの兄に向け、優美な礼を執った。
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