前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!

当麻月菜

文字の大きさ
33 / 44
第3章 前世の私が邪魔して、今世の貴方の気持ちがわかりません

しおりを挟む
 エイリットが抱えているぬいぐるみは、既製品ではなく手作りのようで、耳が長くて、尻尾も長い。おまけに中途半場に開いた口から牙が生えている。なんという名前の生物なのだろう。フェリシアには見当もつかない。

 それに加えて左右の目は、極端に大きさの異なるボタンが縫い付けられており、不気味さに拍車をかけている。

 これはもう一周回って芸術作品である。

「えっと、エイリットさん……こ、この、ぬいぐるみは?」
「これは──」
「あ、エイリット。持ってきてくれてありがとう!」

 エイリットが答える前に、ディオーナがぬいぐるみを取り上げた。

「これ、私の手作りなんです。受け取ってくださると嬉しいです」
「ま、まぁ。こ、こ、光栄だわ」

 よもやこの不気味極まりないぬいぐるみが自分の手に渡るとは。

 フェリシアは動揺を隠せないまま、ディオーナからそれを受け取る。間近で見ると、余計に怖い。引きつった顔をどうしても隠せない。

 そんなフェリシアに、ディオーナは照れくさそうに笑いかける。

「うふふっ、このぬいぐるみさん、私の領地では病に効くといわれているものなんです。この目、左右の大きさが違いますでしょ?この大きいほうが持ち主の魂を吸い込んで、悪い部分だけを残して、こっちの小さな目から綺麗な魂をお返しするんです」

 それは一度死ぬということなのだろうか。そんな疑問が生まれたが、フェリシアは黙ってディオーナの説明の続きに耳を傾ける。

「本当は病気になった時に枕元に置くのが一番効果が現れるんですが、普段から枕元に置いておくと身体が丈夫になりますの。ですのでわたくしの領地では、仲の良い友人と送り合って友情を深めたりします。だから……これ、フェリシア様が受け取っていただけると、わたくしそういった意味でも嬉しゅうございます」

 最後は頬を赤く染めてもじもじとしながらディオーナは、上目遣いでフェリシアを見つめる。

 正直なところ、ぬいぐるみを枕元に置くかどうかはわからない。でもディオーナの気持ちは素直に嬉しい。
 
 そんな気持ちから、ぬいぐるみをしっかり抱きしめたフェリシアはにっこりと笑った。

「ありがとうございます。ディオーナ様。大切にしますわ」
「はい!あっ、時々、このぬいぐるみさんから、変な汁が出るかもしれませんが、気になさらないでくださいね」
「……ひぃっ」

 思わず悲鳴が漏れたが、ディオーナは気づいていない様子で嬉しそうなまま。

 それにほっとしつつ、フェリシアは気合でぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。ニドラとエイリットが複雑な表情を浮かべているのを見て見ぬふりをして



 大陸語の授業のために図書室に向かうディオーナ達に別れを告げて、フェリシアはイクセルの執務室へ向かう。

 すれ違う警護隊の人達は、フェリシアが抱えているぬいぐるみに気づくと二度見するけれど、それに気づかないフリをして執務室の扉をノックする。

 すぐに「入れ」と冷たい声が聞こえて、フェリシアは扉を開けた。綺麗に整った室内で、執務机で書類を捌くイクセルが視界に入る。

 部屋に入ってきたのがフェリシアと気配でわかったのだろう。イクセルは手を止めて、顔を上げた。

「……なかなか個性的なものを抱えているな」

 フェリシアを目にしたイクセルの最初の台詞はこれだった。

 多少は予想していたけれど、10日ぶりに会った仮初の婚約者に向けてそれはないだろうと、フェリシアは心の中で苦笑する。

「ディオーナ様が贈ってくださったの。彼女の領地では病に効くぬいぐるみだそうですわ」
「誰かを呪うものではないのか?」
「いいえ、友情を深める愛らしいものです」
「……なるほど。興味深いな。ただ効用を知らない者からすると誤解を招く恐れがあるから、各所の連中に通達しておこう」
「そうしてくださると嬉しいですわ」

 顎に手を当てて生真面目な顔でそんなことを言ったイクセルだが、フェリシアと目が合えば表情がふわりと和らぐ。

「久しぶりだな、フェリシア嬢。顔色も良くなって安心した」

 椅子から立ち上がり微笑みながらこちらに歩いてくるイクセルを見て、フェリシアは意味もなく顔が熱くなる。

「え、ええ……イクセル様のお陰ですわ」
「私が?何もしてないが」

 不思議そうに首を傾げるイクセルを直視できなくて、フェリシアは抱えていたぬいぐるみで顔を隠す。

 久しぶりに会ったイクセルは妙にキラキラしている。きっと夏の日差しのせいだろう。そうに違いない。

 そう自分に言い聞かせてフェリシアは更に顔を隠そうとしたけれど、イクセルは無常にもぬいぐるみを取り上げる。

「……あぁ」
「なぜ顔を隠すんだ?」

 情けない声を上げるフェリシアとは対照的に、イクセルはどこか楽しそうだ。忘れていたが、彼は少々性格に難があった。

「理由をお答えする前に、女性の顔を覗き見するのは破廉恥な行為だと思いますわ」

 少しだけ平常心を取り戻すことができたフェリシアが言い返せば、イクセルは更に笑みを深くする。

「これはなかなか手厳しいな。だが体調が良くなったのがわかって嬉しいよ」

 斬新な健康チェックだなと頭の隅で思いながら、フェリシアはイクセルからぬいぐるみを奪い返す。

 そしてそれをソファに置くと、ずっと小脇に抱えていたイクセルの上着を差し出した。

「お返しするのが遅くなって申し訳ありません。こちらを……どうぞ」
「ああ。やっと返ってきたな」

 上着を受け取ったイクセルに、フェリシアは深々と頭を下げる。

「それと……契約期間が残り少しになってしまって……こちらも、すみません」

 もともと二ヶ月という約束で仮初の婚約者となったけれど、その期間はあと半月程度。延長を希望するなら、お休みしていた10日分は別荘に残ろうかとフェリシアは悩んでいる。

 けれどもイクセルは、なんだそんなことかと気にしていない様子だ。

(そっか……残念。え?……待って。残念って何!?)

 ふと漏らした自分の本音に、フェリシアはギョッとする。

 イクセルにほぼほぼ恐喝されて期間限定の婚約者となったのに、どうして後ろ髪を引かれるような気持ちになるのだろう。

 ここは病欠したのに怒られることも、延長を求められることもなくてラッキーと喜ばなくてはいけないのに。

「怒っておられないようで、ほっとしました。残りの期間は精一杯頑張りますわ」

 知らない自分の気持ちに戸惑いを抱えたまま、フェリシアが責任感のある発言をすればイクセルは寂しそうに笑う。今、そんな顔するのはやめてほしい。

「……あ、あの──」
「そうだな。フェリシア嬢の言う通り、確かに終わりは近い。言いにくいことを言ってくれ感謝する。これで心置きなく貴女にお願いができる」
「え、ちょ、ちょっと……」

 何やらおかしな流れになってきた。

 こんなつもりじゃなかったフェリシアはアワアワし始めるが、イクセルは口を閉じようとしない。

「では早速だが、明日、私の仕事に付き合ってもらいたい。服装は今日のようでは目立つので、もう少し地味な……村娘の格好で頼む。いいな?」
「え、あの、村娘に扮してわたくしは何をすればよろしいのでしょうか?」
「特に何も。ただ私とデートをしてくれればいい」
「デ、デート!?デートですか!!」

 素っ頓狂な声を上げたフェリシアは、思わず後ずさる。こんな不安定な気持ちでデートはかなり厳しいお願いだ。

 しかしイクセルは空いた距離を一歩で詰めてニコリと笑った。

「ああ。明日、私と貴女は婚約者として街でデートをする。それについては拒否権はないと思え」

 口元は優美な微笑み。目元は氷のように冴え冴えとしている。

 よくそんな器用なことができるなと内心変なところで感心しつつ、フェリシアは涙目でこくりと頷いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢マリオンの婚約者アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

処理中です...