皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?

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 頭からすっぽりと毛布を被った佳蓮は、出窓の物置き部分に腰かけている。

 大きな窓に顔を向けているけれど、色の消えた瞳は窓から見える景色を映していない。

 はらはらと舞う雪も。真っ白に染まった整えられた庭も。
 城をぐるりと囲む水堀に雪が吸い込まれていく様を、暗い瞳がガラスのように反射しているだけ。

 佳蓮は今、西のルニン──初代の聖皇后が晩年過ごしたトゥ・シェーナ城で過ごしている。
 
 どうして、どうやって、どんなふうに、ここに来たのか記憶がとても曖昧で、気付いたらここにいた。でも佳蓮は、そのことについて何の感情も抱かなかった。言われるがまま、ここへ来た。

 あれほど強く望んだ場所にいるというのに。

 パチパチと暖炉の薪のはぜる音だけが部屋に響く。

 トゥ・シェーナ城で佳蓮に与えられた部屋は、離宮よりも広かった。

 寝室と居間が分かれている豪奢な2間続きで、かつての聖皇后が使用した部屋でもある。

 その広い部屋のクローゼットには素晴らしい衣装がたくさん用意されていて、片側の壁には読み切れない程の本が並べられている。

 くつろげるソファーもあるし、ローテーブルの上には南方から取り寄せた新鮮な果実や、美しい砂糖菓子が日替わりで用意されている。

 けれど佳蓮は、それらに目を向けることなく日中のほとんどを寝間着で過ごし、離宮で過ごした時と同じように、出窓の物置き部分に腰かけている。以前よりも、もっともっとやつれた顔で。

「……うっ……ううっ」

 佳蓮は身体に巻き付けている毛布の中に手を滑り込ませ、下腹部に手を当てると低く呻いた。それは嗚咽に近いものだった。

 一生忘れることができない悪夢を体験したあの後、佳蓮は今度は自分の身体にあの忌々しい男の子を宿してしまったのではないかという恐怖に襲われた。

 もちろん汚されたのは精神だけで、肉体は何一つ傷ついてないのはわかっている。それでもあの時間は鮮明で、アルビスの荒い息使いも、身体に触れられる感覚も生々しく、言葉にできないほどの恐怖だった。今もそれが影のようにまとわりついている。

 ここまま抜け出せない悪夢が一生続くのかと佳蓮は絶望し、いっそこのまま死んでしまいたい衝動に何度も駆られた。

 精神だけの世界の中とはいえ、女性に対しての気遣いを一切しなかったアルビスを心の底から憎んだ。同時に自分があの男にとって更なる地位を得るための道具でしかないことを思い知らされた。

「……っ……ううっ」

 とうとう堪えきれず佳蓮の瞳から涙が零れ落ち、しんとした部屋に暖炉の薪がはぜる音と嗚咽が重なり合う。

 でも佳蓮は、こんなことになっても自分が取った行動が間違いだったとはどうしても思えなかった。

 限られた情報の中で選択肢など他になかったし、もう限界だった。

 ペットのように檻に入れらた生活も、一方的な思想を押し付けられることも、戻りたいと願い続けるだけの日々も。

 だから逃げようとした。その選択は、やっぱり間違っていない。何度時計の針を戻したとしても、同じことを繰り返してしまうだろうと佳蓮は確信を持っている。

 それでもどうしったって考えてしまう。他に方法はなかったのだろうかと。

 でもどんなに考えたって答えは出てこない。

 なぜなら、もうやりつくしたのだから。思いつく限りのことをして、それでも方法がなかったから逃げることを選んだのだ。

 その結果、今佳蓮は絶望した場所にいる。

 しかし佳蓮は、一度も城内にある聖なる泉がある神殿に足を向けてはいない。部屋に鍵はかかっていないし、城内であれば好き勝手に歩き回れることも知っているのに。

 怖いのだ。自分がこれまでになく弱った状態でいることを自覚しているから。

 こんな状態で神殿に行き、元の世界に戻れない現実を目の前に突き付けられた時、その絶望を受け止める自信がない。最悪、自分は壊れてしまうかもしれない。

 アルビスにとって都合の良い人形になってしまうことだけは絶対に避けたかった。戻りたいという気持ちを無くしたくもなかった。
 
「……帰るよ、絶対に帰る。待ってて、お母さん。冬馬……それから、みんな……」

 ──私の事を忘れないで。諦めないで。過去の人間にしないで。

 そう呟いた佳蓮は、窓ガラスにこつんと額を当てた。
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