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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
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空を覆っている雪雲が次第に灰色から黒になり、夜の帳が落ちた。
部屋の向こうでリュリュが扉を叩くが、出窓で丸くなって眠る佳蓮は気付かない。
リュリュはもう一度ノックをしてから、そっと扉を開けた。
「お食事をおもちしま……」
佳蓮が眠っていることに気付いたリュリュは、途中で言葉を止めて持っていたトレーを音を立てずにローテブルに置く。
怪力のリュリュが、佳蓮をベッドに運ぶことはたやすいことだが、それはしない。佳蓮が身体に触れられるのを極端に拒むから。
出窓に近づいたリュリュは、手を伸ばして佳蓮の毛布を整える。すぐに佳蓮がびくっと身体を強張らせながら目を開けた。
「……リュリュさん?」
佳蓮から掠れ声で名を呼ばれたリュリュは、にこりと笑みを浮かべて頷いた。
そして佳蓮の瞳から怯えが消えるのを待って口を開く。
「起こしてしまい申し訳ないです。……お食事をお持ちしたんですが……」
無言で首を横に振る佳蓮に、リュリュは眉を下げてローテーブルに向かう。そしてまた佳蓮の前に立つ。
「なら、これだけでもどうぞ」
リュリュが差し出したのは、大きなカップに入ったホットミルクだった。
食欲などさっぱり無い佳蓮だけれど、温かい湯気に惹かれて毛布の中からもぞもぞと手を出し、それを受け取る。
「……ねえリュリュさん、ここは何にもないところだね」
2口それを飲んで、佳蓮は窓に目を向けながらポツリと呟いた。
窓越しにリュリュが慈愛のこもった笑みを浮かべて口を開のが見えた。
「静かで落ち着ける場所でございます」
「そうかな?寒いし雪ばっかり」
「今は冬ですから。ですが……あっという間に春になります」
「リュリュさんは寂しくないの?」
「ちっとも」
「お友達と離れてしまったのに?」
「リュリュはもともと友などおりません」
「ここにいるの……嫌じゃないの?」
「いいえ。嫌じゃないです」
「ここ辺鄙なクソ田舎だよ?」
「でも空気が澄んで騒がしくありません」
リュリュはまるで事前に用意をしていたかのように、優しい言葉で佳蓮の問いを次々に否定していく。
佳蓮はカップを両手でくるみながら、唇を強く噛んだ。
口さがない連中など、どこの世界にでもいる。ここへ向かう途中、佳蓮はそれらが面白おかしく語っているのを聞いてしまった。
リュリュがここに居るのは、皇帝からの罰を受けたからで、佳蓮が住まいを移すのは、皇帝からの愛が冷めたからだと。
「……ねえ、リュリュさん」
「なんでしょう」
急に声音が変わった佳蓮の言葉を聞いても、リュリュの表情は変わらない。泣きたくなる程柔らかい笑みを浮かべている。
「ごめんなさい。……でも、ありがとう」
「いえ」
たくさんの気持ちを凝縮した佳蓮の言葉を受け取ったリュリュは、短い言葉を返すだけ。
(これが本当のリュリュさんなんだろうな)
離宮に居たころのきゃあきゃあと騒がしかった夢見る乙女の姿が仮のもので、リュリュはその演技で佳蓮の心をずっと探っていたのだろう。
元の世界に戻りたいと言っているのは、アルビスの気持ちを惹くためではないのかと。
リュリュは内乱で両親を失った孤児だった。当たり前の生活を奪われた苦しさを知っていて、どれだけ贅沢品を与えられても埋められないことも理解しているはずだ。
こんなにも良くしてくれるのは、美しい忠誠心ではなく自分に同情しているから。
そのことを佳蓮は薄々気付いている。でもそれはある意味人間らしくて、素直に受け入れられる。
佳蓮は微笑むリュリュから目を逸した。
逸らした先の視界に、暖炉の火が照らした二人の影が映り込む。それはまるで仲の良い姉妹のように見えて慌ててそこからも視線を外す。
リュリュは優しい。傍にいてくれるとほっとする。
本当なら今の気持ちを全部この人にぶちまけたい。辛かったねって言って慰めてほしい。
もう佳蓮はリュリュを疑っていないし、この世界において最も信頼を置ける存在だと思っている。
(でも駄目。……この人に甘えちゃいけない。だってリュリュさんはコタツみたいなんだもん)
佳蓮はコタツの怖さを知っている。
コタツは、とても恐ろしい。一度でもそこに足を突っ込めば、抜け出すことがとても容易ではない。首まで埋まってしまえば「まあいいか」とあっという間に堕落していくことを知っている。
自分がそんなに意志が強い人間ではないことを自覚している佳蓮は、一度でも自分に堕落することを許してしまえば立ち上がることができなくなってしまうことをわかっている。
リュリュにやすらぎを求め、ルシフォーネに母親の姿を求め、元の世界の代わりを次々と見つけてしまうのだろう。
佳蓮はそうなることが、とても恐ろしかった。
元の世界に戻りたいと願うことは、この世界において佳蓮が佳蓮でいられる最後の砦のようなもの。
(この願いだけは捨ててはいけない。捨てられない)
たったこれだけのちっぽけな意思でも、今の佳蓮にとって命と同じくらい大切なものなのだ。だからあえて、リュリュと距離を置く。
「温かいね、これ」
佳蓮は味のまったくしないホットミルクを再び口に含んで、ポツリと呟いた。
部屋の向こうでリュリュが扉を叩くが、出窓で丸くなって眠る佳蓮は気付かない。
リュリュはもう一度ノックをしてから、そっと扉を開けた。
「お食事をおもちしま……」
佳蓮が眠っていることに気付いたリュリュは、途中で言葉を止めて持っていたトレーを音を立てずにローテブルに置く。
怪力のリュリュが、佳蓮をベッドに運ぶことはたやすいことだが、それはしない。佳蓮が身体に触れられるのを極端に拒むから。
出窓に近づいたリュリュは、手を伸ばして佳蓮の毛布を整える。すぐに佳蓮がびくっと身体を強張らせながら目を開けた。
「……リュリュさん?」
佳蓮から掠れ声で名を呼ばれたリュリュは、にこりと笑みを浮かべて頷いた。
そして佳蓮の瞳から怯えが消えるのを待って口を開く。
「起こしてしまい申し訳ないです。……お食事をお持ちしたんですが……」
無言で首を横に振る佳蓮に、リュリュは眉を下げてローテーブルに向かう。そしてまた佳蓮の前に立つ。
「なら、これだけでもどうぞ」
リュリュが差し出したのは、大きなカップに入ったホットミルクだった。
食欲などさっぱり無い佳蓮だけれど、温かい湯気に惹かれて毛布の中からもぞもぞと手を出し、それを受け取る。
「……ねえリュリュさん、ここは何にもないところだね」
2口それを飲んで、佳蓮は窓に目を向けながらポツリと呟いた。
窓越しにリュリュが慈愛のこもった笑みを浮かべて口を開のが見えた。
「静かで落ち着ける場所でございます」
「そうかな?寒いし雪ばっかり」
「今は冬ですから。ですが……あっという間に春になります」
「リュリュさんは寂しくないの?」
「ちっとも」
「お友達と離れてしまったのに?」
「リュリュはもともと友などおりません」
「ここにいるの……嫌じゃないの?」
「いいえ。嫌じゃないです」
「ここ辺鄙なクソ田舎だよ?」
「でも空気が澄んで騒がしくありません」
リュリュはまるで事前に用意をしていたかのように、優しい言葉で佳蓮の問いを次々に否定していく。
佳蓮はカップを両手でくるみながら、唇を強く噛んだ。
口さがない連中など、どこの世界にでもいる。ここへ向かう途中、佳蓮はそれらが面白おかしく語っているのを聞いてしまった。
リュリュがここに居るのは、皇帝からの罰を受けたからで、佳蓮が住まいを移すのは、皇帝からの愛が冷めたからだと。
「……ねえ、リュリュさん」
「なんでしょう」
急に声音が変わった佳蓮の言葉を聞いても、リュリュの表情は変わらない。泣きたくなる程柔らかい笑みを浮かべている。
「ごめんなさい。……でも、ありがとう」
「いえ」
たくさんの気持ちを凝縮した佳蓮の言葉を受け取ったリュリュは、短い言葉を返すだけ。
(これが本当のリュリュさんなんだろうな)
離宮に居たころのきゃあきゃあと騒がしかった夢見る乙女の姿が仮のもので、リュリュはその演技で佳蓮の心をずっと探っていたのだろう。
元の世界に戻りたいと言っているのは、アルビスの気持ちを惹くためではないのかと。
リュリュは内乱で両親を失った孤児だった。当たり前の生活を奪われた苦しさを知っていて、どれだけ贅沢品を与えられても埋められないことも理解しているはずだ。
こんなにも良くしてくれるのは、美しい忠誠心ではなく自分に同情しているから。
そのことを佳蓮は薄々気付いている。でもそれはある意味人間らしくて、素直に受け入れられる。
佳蓮は微笑むリュリュから目を逸した。
逸らした先の視界に、暖炉の火が照らした二人の影が映り込む。それはまるで仲の良い姉妹のように見えて慌ててそこからも視線を外す。
リュリュは優しい。傍にいてくれるとほっとする。
本当なら今の気持ちを全部この人にぶちまけたい。辛かったねって言って慰めてほしい。
もう佳蓮はリュリュを疑っていないし、この世界において最も信頼を置ける存在だと思っている。
(でも駄目。……この人に甘えちゃいけない。だってリュリュさんはコタツみたいなんだもん)
佳蓮はコタツの怖さを知っている。
コタツは、とても恐ろしい。一度でもそこに足を突っ込めば、抜け出すことがとても容易ではない。首まで埋まってしまえば「まあいいか」とあっという間に堕落していくことを知っている。
自分がそんなに意志が強い人間ではないことを自覚している佳蓮は、一度でも自分に堕落することを許してしまえば立ち上がることができなくなってしまうことをわかっている。
リュリュにやすらぎを求め、ルシフォーネに母親の姿を求め、元の世界の代わりを次々と見つけてしまうのだろう。
佳蓮はそうなることが、とても恐ろしかった。
元の世界に戻りたいと願うことは、この世界において佳蓮が佳蓮でいられる最後の砦のようなもの。
(この願いだけは捨ててはいけない。捨てられない)
たったこれだけのちっぽけな意思でも、今の佳蓮にとって命と同じくらい大切なものなのだ。だからあえて、リュリュと距離を置く。
「温かいね、これ」
佳蓮は味のまったくしないホットミルクを再び口に含んで、ポツリと呟いた。
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