皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 おいとまさせていただきますが......何か?

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 リュリュが佳蓮にと用意した着替えは、己が着ているのと同じデザインのシンプルなドレスだった。おそらく侍女のお仕着せなのだろう。

「肩も袖も……裾丈も詰めたんですけど……まだ大きかったようですね。すみません」

 再びは申し訳なさそうにするリュリュに、佳蓮は首を横に振る。

 召喚されたときに着ていた制服は没収されたままだし、代わりにと与えられた服は、どれもこれもが布をたっぷりと使った重たいドレスなので動くのに適していない。

「ううん、ぜんぜん大丈夫。動きやすいし、助かった。ありがとう。で、でね……リュリュさん」
「はい?なんでしょう」
「これって……一人で全部用意してくれたの?調べたりするのも含めてなんだけど……」

 質問は一つだけれど、二つのことを佳蓮は教えてほしかった。

 一つ目は他に協力者がいるのか。もしいるなら、協力者がアルビスに密告するかもしれないから、計画は見送るべきだ。

 二つ目は、本気で逃亡の手伝いをする気なのか。本気ならリュリュは皇帝陛下を欺くことになる。この世界の法律なんてわからないけれど、無罪ではないだろう。

 そんな質問の意図を、リュリュはちゃんと理解してくれていた。

「はい、わたくし一人で全てを準備しました。こういう機密情報は、文献にも見取り図にも載っていないのでとても苦労しましたが……あ、いえ。これくらい造作もないことです。カレンさまが気になさることではございません」

 言い終えてニコッと微笑んだリュリュは、今度は暖炉の前の少し浮き上がった大理石の床を片手で持ち上げた。

 音もなく床の底が空いたと思ったら、下に降りる梯子が見えた。地下に隠し通路があるようだ。

「これから先は石材で作られており、声が響きます。ですので出口まではどうか口を開かぬようお願いします。足音も響きますので、絶対に走らないでください。明かりは灯して参りましたので、歩行は問題ないと思います。それでは足元に気を付けて、ゆっくりと降りてください」
「……う、うん」

 流れるようなリュリュの説明を聞いて、佳蓮は言われた通り梯子に手を伸ばす。そして、一段一段、慎重に降りる。

 リュリュも後に続き、降りる途中で床を閉じた。視界はかなり暗いが、佳蓮は不思議と怖くはない。

 しばらくして自分の隣にリュリュが立ったのが気配でわかった。緊張からゴクリと唾を吞めば、手のひらに暖かい感触を覚えた。リュリュが手を繋でくれたのだ。

 心配しないでも大丈夫、と言われたかのような気がして心強い。

(それじゃあ、牢獄から脱出っといきますか!)

 佳蓮はリュリュの手を強く握り、無言のまま歩き出す。

 隠し通路は、石畳が綺麗に敷かれている。事前にリュリュが明かりを灯してくれていたおかげで、思ったよりも明るかった。ただ道幅は、二人並んで歩けないほど狭かった。

 足音を立てぬよう慎重に歩を進める佳蓮だが、見つかってしまうかもという不安がずっと影のようにまとわりついて、逸る気持ちがどんどん強くなる。

 でも佳蓮は必死に我慢、我慢と自分に言い聞かせる。つないだ手から震えが伝わってきて、少し前を歩くリュリュも恐怖と戦っていることを知る。

 同じ気持ちを抱えながら歩き続けていれば、やがて土と木々の香りが強くなってきた。通路も心なしか広くなっている。出口はすぐそこだ。

(無事に外に出たら、リュリュさんとちゃんとお話ししたいな)

 今の今まで疑っていたことを謝って、ちゃんと自己紹介をして出会いをやり直したい。元の世界に戻りたい理由も聞いてもらえたら嬉しい。
 
 そんな願いを胸に秘めながら佳蓮はリュリュに手を引かれて出口へと進む。とにかく先へ。もっと先へ。リュリュに伝えたい言葉を一生懸命に選びながら。

 けれど頭の中で考えていた言葉は、何一つリュリュに届けることができなかった。

「はい。そこまでです」
  
 少し離れた脇道から、突如として人影が現れたのだ。見覚えのある人物に、佳蓮とリュリュの足がピタリと止まってしまった。
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