皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
22 / 148
一部 夜会なんて出たくありませんが......何か?

10★

しおりを挟む
 ──時は少し遡る。ヴァーリが佳蓮に壁ドンをかましている頃、アルビスは自室へと足を向けていた。

 廊下の窓から差し込む月明かりが、アルビスの美麗な顔を映している。

 彫刻のように整っているその顔からは何の感情も読み取れないが、アルビスはとても苦しんでいた。

 苛立ち、焦燥、悔しさ、もどかしさ。心を見えない刃物で、ズタズタに斬り付けられたような痛みを覚えていた。

 アルビスはメルギオス帝国の皇帝だ。

 幼少の頃からそうなるべく、帝王学、経済学を始め、剣術や体術はもちろんのこと、歴史や音楽、また文学に至るまで徹底した教育を受けてきた。

 感情を表に出すのは付け入る隙を与えることになるから、他人の言動で感情を動かさない術だって身に付けた。

 けれど佳蓮に対してだけは、上手く感情をコントロールすることができないでいる。

『ねぇ、あなた顔色が悪いけど大丈夫?』

 召喚の術が成功してすぐ、佳蓮はアルビスに向けてそう言った。

 きっと当の本人は無意識で言ったのかもしれない。けれど、アルビスにとっては衝撃だった。

 召喚の儀は、魔法だ。

 魔法使いなど、とうに廃れたと言われているこの時代において、皇族だけが唯一それを使える。だからこその皇帝とも言われている。

 とはいえ、召喚術は大魔法だ。最悪、命を落とす危険性もある。過去それを恐れ、儀式にすら挑まなかった皇帝は数知れない。

 そんな中、アルビスは異世界の女性──佳蓮を召喚することができたのだ。

 魔力を根こそぎ奪われ、疲労困憊になるのは当然のこと。そこにいる誰もが、アルビスの顔色が悪くても、今にも倒れそうな状態でいても、そういうものだと思っていた。

 けれど佳蓮だけは違った。
 
 真っすぐにアルビスを見つめ、心配そうに眉を下げて、労わる言葉をかけてくれた。

 看護師を母に持つ佳蓮にとったら、至極当たり前のことだったのかもしれない。でもアルビスはそれを知らなかった。もし仮に知っていても、きっと驚いたはずだ。
 
 アルビスをとして見てくれたのは、佳蓮が初めてだったから。

 あの瞬間、アルビスは佳蓮に心を奪われてしまった。

 胸の痛みを誤魔化すように歩くことに専念していても、やはりアルビスは無意識に離宮の方へと目を向けてしまう。

 それは、すぐ後ろを歩く側近のシダナが気付かないはずがない。

「陛下、離宮に寄られますか?」
「……いや。やめておく」

 感情を抑えたつもりだったが、声音の端に未練を隠しきれていないのがアルビス自身でもわかった。誤魔化すように、すぐに言葉を足す。

「あれも、初めての夜会で疲れているだろう。今日は……いい」

 そんな当たり障りのない理由を述べてみたけれど、本心は違う。

 佳蓮は、ついさっき他の男の名を紡いだ。拗ねた口調の中にも、しっかりと親しみがこもっていたのが伝わった。
 
 それを知ってしまった自分は、どんな顔をして佳蓮に会えばいいのかわからない。それが一番の理由だ。

 シダナに気付かれないよう、アルビスはそっと息を吐く。

 アルビスとて、佳蓮がこれまで生きてきた世界に興味はある。なにせ惚れた女性が生きてきた世界だ。興味を持つなというほうが無理がある。

 皇帝という立場でも、情勢や政治について聞いてみたいという好奇心だってある。

 けれどそれができない理由は一つだけ──怖いのだ。

 佳蓮は元の世界で、他の誰かに想いを寄せていたかもしれない。戻りたい理由が、自分ではない他の異性の為かもしれないから。

 その事実を知るのが、アルビスはとても怖かった。

 だから佳蓮に元の世界のことを聞けないままでいる。

 それなのに、この世界のことに興味を持って欲しいと思っているし、いいところだと思って欲しいと……そんな愚かな願いを持ってしまっている。

 もちろん知ったところで佳蓮は、元の世界に戻ることはできない。アルビス自身、佳蓮を手放す気など毛頭ない。

 でも一生、佳蓮の心の中に自分ではない異性が住み続けることに、アルビスは我慢ができなかった。

(私の心はとても、ささくれている)
 
 この状態で佳蓮からつれない態度を取られたら、きっと自分は彼女を傷つけてしまうだろう。二度と修復が望めないほどに。

「カレン様も、きっともうお休みになられておられますね」

 無言でい続けるアルビスの思考を読んだかのように、シダナは取って付けたかのような言葉を静かに呟いた。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

期限付きの聖女

波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。 本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。 『全て かける 片割れ 助かる』 それが本当なら、あげる。 私は、姿なきその声にすがった。

流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり
恋愛
平凡な女子高生、加賀深涼はハロウィンの夜に不思議な男の声を聴く。 疎遠だった幼馴染の真堂刃や、仮装しに集まっていた人たちとともに流星群の落下地点から異世界『エーデルラーム』に召喚された。 他の召喚者が召喚魔法師の才能を発現させる中、涼だけは魔力なしとして殺されかける。 そんな時、助けてくれたのは世界最強最悪の賞金首だった。 一般人生活を送ることになった涼だが、召喚時につけられた首輪と召喚主の青年を巡る争いに巻き込まれていく。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。 [お願い] 敵役へのヘイト感想含め、感想欄への書き込みは「不特定多数に見られるものである」とご理解の上、行ってください。 ご自身の人間性と言葉を大切にしてください。 言葉は人格に繋がります。 ご自分を大切にしてください。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

処理中です...