皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
23 / 148
一部 夜会なんて出たくありませんが......何か?

11★

しおりを挟む
 長年アルビスの側で仕えているシダナは、アルビスがどれほど佳蓮を大切に想っているのか、そしてどれほどの苦悩を抱えているのか手に取るようにわかっている。

 だから足を止めて思いにふけっているアルビスを急かすことはせず、傍でじっと待つ。
 
 今日のアルビスは、佳蓮が夜会に出席することになり、とても機嫌が良かった。
 
 茶会の時にあれほど拒んでいたから、夜会衣装を用意したものの、それらは全て無駄になるだろうと諦めかけていた。

 そんな矢先、女官長からこんな申し出があったのだ。

『カレンさまは、本を所望しております。そして、離宮に望むだけの本を届けて頂けるなら、夜会に出席するとのことです』

 それは佳蓮の本心なのだろうか。気まぐれにも程がある。だがそれがどうあれ、この条件に対して却下する理由などどこにもない。
 
 アルビスは、二つ返事で頷いた。

 夜会会場に姿を現した佳蓮は、とても可愛らしかった。

 二重のくりっとした瞳につんとした鼻。そして桜色のぷにっとした柔らかそうな唇。薄く化粧をした彼女は温室で見た時より少し大人っぽく、結い上げた艶やかな黒髪も美しかった。

 黒という色はどんな色にも染まることはないから、このメルギオス帝国においてもっとも美しいとされている。

 そんな希少色である髪と瞳に、皇帝陛下の髪と瞳の色をふんだんに使ったドレス。誰が見ても、皇帝陛下の寵愛は、異世界の女性ただ一人に向けられているのだと知らしめることができた。

 けれどたくさんの羨望の視線を受けても、佳蓮は何一つ嬉しくはなかったようだ。

「──シダナ、あいつらを夜会に呼ぶ必要はあったのか?」

 これまでのことをつらつらと思い返していたシダナは、名を呼ばれて姿勢を正す。

「一度しっかり己の立場を弁えていただきたい方々ですからお呼びしました。それに、ああいう厄介事は、まとめて済まされたほうが効率的だと思いまして」
 
 目を細めながら、まるで天気の話をしているような軽い口調でシダナはそう答えた。

 アルビスが言ったあいつらとは、愛人軍団──もとい皇后候補だった女性達のことだ。

 夜会に皇后候補達を呼んだのは、シダナの独断だった。

 シダナは知らしめたかったのだ。欲にまみれた女狐達に、もう二度と皇后の座を望めないことと、女狐達にとって佳蓮は頭を垂れるべき存在であることを。

 下手な真似をしたらどうなるか、駄犬を調教するかのように、しっかりと身体に刻み込ませてやりたかったのだ。
 
「確かに、お前の取った行動は正しかった」
「ありがとうございます。ですが、出過ぎた真似をしてしまい、申し分ありません」
「いや……いい」

 アルビスはシダナの意図はわかっていたから、皇后候補達に佳蓮に挨拶をすることを許したのだ。

 そして「私に何か言いたいことはないのか?」と、佳蓮に問うた本当の意味はこうだった。

『君は望めば、何でも手に入れることができる存在だ。だからとことん自分に甘えてくれ。どんなワガママでも叶えよう』

 今にして思えば、かなり遠回しな表現で、佳蓮では絶対に読み解くことができないし、きっと理解などしたくない言葉だったのだろう。

 アルビスは再び苦い息を吐く。また、間違えてしまったようだと。

 そして一体どうすれば佳蓮が自分に心を開いてくれるのか頭を悩ましてしまう。

 高価なドレスに宝石。温室に豪華な食事。アルビスは、これまで佳蓮に思い付く限りのものを与えてきた。

 けれど、そのどれもが彼女の心には届いていない。何かする度に得るものはなく、虚しさと疲労感だけが積み重なっていく。

 それでも佳蓮への想いは日々募るばかり。気づけば佳蓮のためにできることを、いつでも探している。

 そんなずたぼろの心を抱えたアルビスは、自室ではなく別の方向へ進み出す。

「陛下、お部屋に戻らないのですか?」
「ああ。まだ未処理の書類があるのを思い出した。北にも向かわなくてはならないからな」

 後を追うシダナは、さようですかと頷いた。けれどすぐに吐き捨てるように言葉を続ける。

「この時期に、とってつけたかのような北方への視察要請。なにやらきな臭いですね」

 シダナはヴァーリと違い、冷静沈着な側近だ。日頃は温厚で、こんな言い方をすることはめったにない。

「ああ。だが、断れる案件でもないだろう」

 北方の領地には、毎年雪が積もる前に視察に行く。

 今年は不作で税の徴収が思うようにいかないことを領主は隠蔽しようとしている。そのことを領主補佐から密告を受けてしまったのだ。

 領主が使い物にならないのなら、自分が直接足を向けるしかない。

「さようでございますが──」
「そのための夜会だったんだ。視察の間だけでも、あれの身が安全であればそれでいい」

 きっぱりと言ったアルビスに、シダナは反論しなかった。

「シダナ、今一度警備を見直せ。それから書庫の鍵もリュリュに渡しておけ。禁書だろうが、希書だろうがかまわん。読みたいだけ、あれに渡してやれ」
「はっ」

 きびきびと側近に命令を下すアルビスは、すでに気持ちを切り替えているように見えるが、胸のくすぶりは、いつまで経っても消えることがなかった。

 

 アルビスがそんなふうに佳蓮に想いを募らせているころ、佳蓮はリュリュと共に逃亡の計画を立てるために離宮へと足を向けていた。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり
恋愛
平凡な女子高生、加賀深涼はハロウィンの夜に不思議な男の声を聴く。 疎遠だった幼馴染の真堂刃や、仮装しに集まっていた人たちとともに流星群の落下地点から異世界『エーデルラーム』に召喚された。 他の召喚者が召喚魔法師の才能を発現させる中、涼だけは魔力なしとして殺されかける。 そんな時、助けてくれたのは世界最強最悪の賞金首だった。 一般人生活を送ることになった涼だが、召喚時につけられた首輪と召喚主の青年を巡る争いに巻き込まれていく。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。 [お願い] 敵役へのヘイト感想含め、感想欄への書き込みは「不特定多数に見られるものである」とご理解の上、行ってください。 ご自身の人間性と言葉を大切にしてください。 言葉は人格に繋がります。 ご自分を大切にしてください。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

期限付きの聖女

波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。 本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。 『全て かける 片割れ 助かる』 それが本当なら、あげる。 私は、姿なきその声にすがった。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

処理中です...