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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
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アルビスはメルギオス帝国の皇帝で、この帝国の法であり秩序である。
これまでアルビスは、身分の上下に関係なく罪を計り、賄賂といった情状酌量を跳ね除け、罪に応じた沙汰を公平に下してきた。
けれど、アルビスを裁く者はこの帝国にはいない。法を法で裁くことはできないから。
でも今、アルビスは誰かに裁いて欲しかった。
*
馬車は雪道を抜け、整えられた石畳を走っている。帝都に入り、窓から見える景色も単調な雪景色から賑やかになった。城にはもうすぐ到着する。
滑るように進んでいた雪道と違い、石畳の車道はどんな馬車でも揺れる。速度を上げた馬車ならなおさらに。
「あっ……!」
車輪が小さな小石を跳ねてしまい車体が大きく揺れた途端、ヴァーリが間抜けな声を出し、膝の上に置いた書類を滑り落としてしまった。
バサッ、バサバサバサバサッーと、派手な音を立てながら、車内の床は書類で見えなくなってしまった。
「あなたは場の空気を壊す天才ですか?ヴァーリさん」
「……いや、待て。書類が多すぎるんだよっ」
「責任転嫁をしないでください。それにこれ、あなたが処理する分もあるんですよ?それをわたくしが代わりに──」
「はいっ。すんませんっ。すぐに拾いますから!」
やいのやいのと側近二人が会話をしながら書類を屈んで拾い始めても、アルビスは微動だにしない。
もしかしたら、この状況にすら気付いていないのかもしれない。窓に目を向けているアルビスは、ただ一つの事だけを考え思い悩んでいる。
シダナは城に到着するまでは、そっとしておこうと決めた。城に戻ればアルビスは悩むことすら許されない。完璧な皇帝でいなくてはならないのだから。
そう一度は思ってみたものの、シダナは一番大切なことを伝え忘れていたことに気付いてしまった。
「あの……陛下、トウマ殿のとこについてですが」
「なんだ」
完全に他人との関りを遮断していたアルビスだけれど、すぐにシダナに目を向ける。
「カレンさまにご自身の恋愛相談をなさるそうですよ。わたくしには姉も妹もおりませんが、仲の良いご兄弟ですね」
「……そうか」
短い返事の後、アルビスは再び窓に目を向けた。
小石を蹴ったことなど忘れたかのように、馬車は速度を変えずに走り続ける。
アルビスは流れる景色を見つめながら、シダナが語ったもう一つの世界にいた佳蓮のことを考える。
佳蓮は、家族に愛された一人の女の子だった。勉学に勤しみ、友人を大切にし、家族を大切にする──どこにでもいる普通の少女だったのだ。
それなのに佳蓮は、突然自分の意志とは関係なく、この世界に連れ去られ、聖王妃になるべく、飼われていた。
見方を変えれば、わかるものがある。メルギオス帝国にとって聖皇妃となることは、帝国唯一の花になること。望んだところで叶うものではなく、羨望のまなざしを受ける唯一無二の存在だ。
けれどまったく別の世界では、それがどれだけの価値があることなのだろうか。そこまで考えて、アルビスは片手で顔を覆った。
佳蓮はどれだけ悔しかっただろうか。理不尽に未来を奪われて。
佳蓮はどれだけ怖かったであろうか。見知らぬ世界の価値観を押し付けられて。
誰も理解しないし、自分を人間として見てくれない。何度も生きる不安定さを感じただろう。
それでも佳蓮は何度もアルビスに「帰せ」と言ったが、本当は「返せ」だったのだ。
失った時間を。奪われた未来を。大切な人との絆を。その全てを返せと、佳蓮はずっとアルビスに訴えていたのだ。
そのことに気付かないアルビスを、佳蓮は見限った。居ないものとして扱い、アルビスの元から去ろうとした。当然の報いだった。
(そんなカレンに……自分は何をしたのか)
アルビスはそこまで考えて、顔を覆う手に力を入れた。指先は力が入り過ぎて白くなっている。
佳蓮に自由を与えなくてはならない。元の世界に戻すことができない以上、それが唯一の贖罪だった。
けれどアルビスは、残酷で残忍でありながら、贅沢すぎるこの辛さをどうしても手放すことができなかった。
これまでアルビスは、身分の上下に関係なく罪を計り、賄賂といった情状酌量を跳ね除け、罪に応じた沙汰を公平に下してきた。
けれど、アルビスを裁く者はこの帝国にはいない。法を法で裁くことはできないから。
でも今、アルビスは誰かに裁いて欲しかった。
*
馬車は雪道を抜け、整えられた石畳を走っている。帝都に入り、窓から見える景色も単調な雪景色から賑やかになった。城にはもうすぐ到着する。
滑るように進んでいた雪道と違い、石畳の車道はどんな馬車でも揺れる。速度を上げた馬車ならなおさらに。
「あっ……!」
車輪が小さな小石を跳ねてしまい車体が大きく揺れた途端、ヴァーリが間抜けな声を出し、膝の上に置いた書類を滑り落としてしまった。
バサッ、バサバサバサバサッーと、派手な音を立てながら、車内の床は書類で見えなくなってしまった。
「あなたは場の空気を壊す天才ですか?ヴァーリさん」
「……いや、待て。書類が多すぎるんだよっ」
「責任転嫁をしないでください。それにこれ、あなたが処理する分もあるんですよ?それをわたくしが代わりに──」
「はいっ。すんませんっ。すぐに拾いますから!」
やいのやいのと側近二人が会話をしながら書類を屈んで拾い始めても、アルビスは微動だにしない。
もしかしたら、この状況にすら気付いていないのかもしれない。窓に目を向けているアルビスは、ただ一つの事だけを考え思い悩んでいる。
シダナは城に到着するまでは、そっとしておこうと決めた。城に戻ればアルビスは悩むことすら許されない。完璧な皇帝でいなくてはならないのだから。
そう一度は思ってみたものの、シダナは一番大切なことを伝え忘れていたことに気付いてしまった。
「あの……陛下、トウマ殿のとこについてですが」
「なんだ」
完全に他人との関りを遮断していたアルビスだけれど、すぐにシダナに目を向ける。
「カレンさまにご自身の恋愛相談をなさるそうですよ。わたくしには姉も妹もおりませんが、仲の良いご兄弟ですね」
「……そうか」
短い返事の後、アルビスは再び窓に目を向けた。
小石を蹴ったことなど忘れたかのように、馬車は速度を変えずに走り続ける。
アルビスは流れる景色を見つめながら、シダナが語ったもう一つの世界にいた佳蓮のことを考える。
佳蓮は、家族に愛された一人の女の子だった。勉学に勤しみ、友人を大切にし、家族を大切にする──どこにでもいる普通の少女だったのだ。
それなのに佳蓮は、突然自分の意志とは関係なく、この世界に連れ去られ、聖王妃になるべく、飼われていた。
見方を変えれば、わかるものがある。メルギオス帝国にとって聖皇妃となることは、帝国唯一の花になること。望んだところで叶うものではなく、羨望のまなざしを受ける唯一無二の存在だ。
けれどまったく別の世界では、それがどれだけの価値があることなのだろうか。そこまで考えて、アルビスは片手で顔を覆った。
佳蓮はどれだけ悔しかっただろうか。理不尽に未来を奪われて。
佳蓮はどれだけ怖かったであろうか。見知らぬ世界の価値観を押し付けられて。
誰も理解しないし、自分を人間として見てくれない。何度も生きる不安定さを感じただろう。
それでも佳蓮は何度もアルビスに「帰せ」と言ったが、本当は「返せ」だったのだ。
失った時間を。奪われた未来を。大切な人との絆を。その全てを返せと、佳蓮はずっとアルビスに訴えていたのだ。
そのことに気付かないアルビスを、佳蓮は見限った。居ないものとして扱い、アルビスの元から去ろうとした。当然の報いだった。
(そんなカレンに……自分は何をしたのか)
アルビスはそこまで考えて、顔を覆う手に力を入れた。指先は力が入り過ぎて白くなっている。
佳蓮に自由を与えなくてはならない。元の世界に戻すことができない以上、それが唯一の贖罪だった。
けれどアルビスは、残酷で残忍でありながら、贅沢すぎるこの辛さをどうしても手放すことができなかった。
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