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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
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──時は遡り、自室に戻った佳蓮は、出窓の物置き部分に腰かけて外の景色を見つめている。
リュリュが暖炉に薪を追加してくれたおかげで、部屋はとても暖かい。膝の上にも強引に押し付けられた湯たんぽがあるから毛布を被る必要はない。
外はものすごく寒いのだろう。内側との温度差で、窓は薄いレースのカーテンを引いたように不明瞭だ。
佳蓮は手のひらで窓ガラスをこすって外を見る。冬の日は短いけれど、まだ夕刻には少し早くて明かりを必要とする時間ではない。
見るともなく外の景色を見つめていると、不意に白い何かが視界をよぎった。視線を上にすれば、雪が舞っていた。
雲の中で空気中のほこりが水蒸気を吸って凍ったものが地上に落ちると、雪になるらしい。
どこの世界でも、雪ができるメカニズムは一緒なのだろうか。ふと考えてみたものの、きっとこの世界の人たちは知らないだろうと、すぐに結論を下す。
この世界の文明は元の世界よりかなり遅れている。電気もガスも普及していないから、テレビもなければ自動車もない。お風呂に至っては、毎回お湯を運んで湯船に移さなければならない。インターネットなんて論外だ。
でもどちらの世界でも、これだけは一緒。冬になれば雪は降るし、春になれば雪は溶ける。
そう。違う世界でも共通点はあって、認めたくないけれど、認めざるを得ないものだってある。
例えば、自分を誘拐したアルビスが、とても辛い幼少期を過ごしていたこととか。
*
アルビスの父親は先代の皇帝だった。でも母親は皇后ではない。
メルギオス帝国の一部になったばかりの小国の姫だったアルビスの母親は、人質と言いう名の側室にされ、定期的に訪れる皇帝との夜伽を繰り返して後に皇帝となるアルビスを身籠った。
アルビスの母親は、自分の身体に子種を注いだ皇帝に対して愛情はなかった。
けれどメルギオス帝国の一部にされてしまった自国には、執着と呼んでいい程の並々ならぬ愛情を持っていた。
だからアルビスの母親は、懐妊したことを喜んだ。とても、とても。
もし生まれてくる子供が男の子で、次の皇帝陛下になってくれたら、ある意味自国を取りもどすことができるから。
生まれてきた子供は男児で、しかも第一皇子だった。
人の親になったアルビスの母親は、かけがえのない存在ができたと喜ぶどころか、全てを征服したような勝利に酔っていた。そして生まれたばかりの子供に自分の乳を与える前に、こう命じた。
『お前は次期皇帝になるのよ。そしてもう一度私の国を独立させなさい』
まだ目も開けていない赤子にそんなことを言うのは母親としてはどうかと思う。でも、その願い自体は無理なことではなかった。
皇帝が見初めた皇后はとても身体が弱く、世継ぎを設けることは難しいと言われていた。加えてアルビスが生まれた当時、他の側室は懐妊の兆しさえみえなかった。
だからアルビスの母親の願いは、叶うはずだった。けれど、ここで予期せぬことが起こった。生まれたばかりのアルビスを見て、皇帝が己の子だと認めなかったのだ。
もちろんアルビスの母親は純潔を皇帝に捧げ、確固たる証拠も皇帝はきちんと目にしている。夜伽と出産日までの日数が合わないということもない。
なら、なぜ認められなかったかといえば、アルビスの瞳が深紅だったから。その色は皇帝の父親──アルビスの祖父と同じもの。
アルビスの祖父は賢帝と称された人だった。一方アルビスの父親は何か大きな功績を残せるような器ではなく、同様に大きな失策を行うこともない平凡な皇帝だった。
後に、聖皇帝の父という二つ名を与えられるけれど、もし仮に知っていたらアルビスの父は自分の子供をその手で締め殺していただろう。
アルビスの父親は、民の目にも官職の目にも、優しく穏やかな皇帝陛下であるよう演じていたが、誰にも見せない心の奥底は、父親に対する劣等感で埋め尽くされていた。
アルビスの母親は、皇帝の心の闇に気付くことはなかった。彼女が大切にしていたのは、自分の名誉と失ってしまった祖国だけ。
だから必死にアルビスが皇子であることだけを訴えた。アルビスの髪の色は皇族だけにしか受け継がれない”青”だと。そして瞳の色は先代の皇帝と同じだと。
そうすれば更にアルビスの父親は意固地になり、決して認めることはなかった。
とはいえアルビスが皇族の血を引いているのは一目瞭然で、感情のまま行動を起こせば、唯一自身の手でもぎ取った”優しく穏やかな皇帝陛下”という称号すら失ってしまう。そのためアルビスの父親はアルビスの母親を帝国外に追放することも、不敬に処すこともできなかった。
そんな身勝手な理由で、アルビスの父親と母親はずっと膠着状態が続いていた。
けれど3年後、その状況を変える出来事が起こった。皇后が身籠り、男の子を出産したのだ。
生まれてきた赤子には、セリオスという名が与えられた。
リュリュが暖炉に薪を追加してくれたおかげで、部屋はとても暖かい。膝の上にも強引に押し付けられた湯たんぽがあるから毛布を被る必要はない。
外はものすごく寒いのだろう。内側との温度差で、窓は薄いレースのカーテンを引いたように不明瞭だ。
佳蓮は手のひらで窓ガラスをこすって外を見る。冬の日は短いけれど、まだ夕刻には少し早くて明かりを必要とする時間ではない。
見るともなく外の景色を見つめていると、不意に白い何かが視界をよぎった。視線を上にすれば、雪が舞っていた。
雲の中で空気中のほこりが水蒸気を吸って凍ったものが地上に落ちると、雪になるらしい。
どこの世界でも、雪ができるメカニズムは一緒なのだろうか。ふと考えてみたものの、きっとこの世界の人たちは知らないだろうと、すぐに結論を下す。
この世界の文明は元の世界よりかなり遅れている。電気もガスも普及していないから、テレビもなければ自動車もない。お風呂に至っては、毎回お湯を運んで湯船に移さなければならない。インターネットなんて論外だ。
でもどちらの世界でも、これだけは一緒。冬になれば雪は降るし、春になれば雪は溶ける。
そう。違う世界でも共通点はあって、認めたくないけれど、認めざるを得ないものだってある。
例えば、自分を誘拐したアルビスが、とても辛い幼少期を過ごしていたこととか。
*
アルビスの父親は先代の皇帝だった。でも母親は皇后ではない。
メルギオス帝国の一部になったばかりの小国の姫だったアルビスの母親は、人質と言いう名の側室にされ、定期的に訪れる皇帝との夜伽を繰り返して後に皇帝となるアルビスを身籠った。
アルビスの母親は、自分の身体に子種を注いだ皇帝に対して愛情はなかった。
けれどメルギオス帝国の一部にされてしまった自国には、執着と呼んでいい程の並々ならぬ愛情を持っていた。
だからアルビスの母親は、懐妊したことを喜んだ。とても、とても。
もし生まれてくる子供が男の子で、次の皇帝陛下になってくれたら、ある意味自国を取りもどすことができるから。
生まれてきた子供は男児で、しかも第一皇子だった。
人の親になったアルビスの母親は、かけがえのない存在ができたと喜ぶどころか、全てを征服したような勝利に酔っていた。そして生まれたばかりの子供に自分の乳を与える前に、こう命じた。
『お前は次期皇帝になるのよ。そしてもう一度私の国を独立させなさい』
まだ目も開けていない赤子にそんなことを言うのは母親としてはどうかと思う。でも、その願い自体は無理なことではなかった。
皇帝が見初めた皇后はとても身体が弱く、世継ぎを設けることは難しいと言われていた。加えてアルビスが生まれた当時、他の側室は懐妊の兆しさえみえなかった。
だからアルビスの母親の願いは、叶うはずだった。けれど、ここで予期せぬことが起こった。生まれたばかりのアルビスを見て、皇帝が己の子だと認めなかったのだ。
もちろんアルビスの母親は純潔を皇帝に捧げ、確固たる証拠も皇帝はきちんと目にしている。夜伽と出産日までの日数が合わないということもない。
なら、なぜ認められなかったかといえば、アルビスの瞳が深紅だったから。その色は皇帝の父親──アルビスの祖父と同じもの。
アルビスの祖父は賢帝と称された人だった。一方アルビスの父親は何か大きな功績を残せるような器ではなく、同様に大きな失策を行うこともない平凡な皇帝だった。
後に、聖皇帝の父という二つ名を与えられるけれど、もし仮に知っていたらアルビスの父は自分の子供をその手で締め殺していただろう。
アルビスの父親は、民の目にも官職の目にも、優しく穏やかな皇帝陛下であるよう演じていたが、誰にも見せない心の奥底は、父親に対する劣等感で埋め尽くされていた。
アルビスの母親は、皇帝の心の闇に気付くことはなかった。彼女が大切にしていたのは、自分の名誉と失ってしまった祖国だけ。
だから必死にアルビスが皇子であることだけを訴えた。アルビスの髪の色は皇族だけにしか受け継がれない”青”だと。そして瞳の色は先代の皇帝と同じだと。
そうすれば更にアルビスの父親は意固地になり、決して認めることはなかった。
とはいえアルビスが皇族の血を引いているのは一目瞭然で、感情のまま行動を起こせば、唯一自身の手でもぎ取った”優しく穏やかな皇帝陛下”という称号すら失ってしまう。そのためアルビスの父親はアルビスの母親を帝国外に追放することも、不敬に処すこともできなかった。
そんな身勝手な理由で、アルビスの父親と母親はずっと膠着状態が続いていた。
けれど3年後、その状況を変える出来事が起こった。皇后が身籠り、男の子を出産したのだ。
生まれてきた赤子には、セリオスという名が与えられた。
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