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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
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皇帝の寵愛を受ける皇后が世継ぎをもうけたと世間が歓喜に包まれても、アルビスの母親は自分の野心を捨てることができなかった。
メルギオス帝国は世襲君主制ではあるが、実力主義でもある。
本来皇后の皇子が一番に皇位継承権を与えられるところだが、能力次第で入れ替わる。側室の子供が皇帝になることは、この帝国の歴史では珍しいことではなかった。
アルビスの父親は強い劣等感を抱えてはいたけれど、感情のまま愚かな行いはしない人間だった。
アルビスはセリオスより3年も前に生まれている。時間だけはアルビスはセリオスより有利な位置にいた。
実力で皇帝の地位を奪ってみせると決意したアルビスの母親は、アルビスに皇帝としての教育を徹底的に受けさせた。
生まれてから愛情を注がれないアルビスは、人形のように中身が無かった。空っぽの彼は、反抗心も執着心もなく、ただ与えられた課題をこなし、知識を身に付け、身体を鍛え、皇族としての身の振るまい方を覚えていった。
後から生まれたセリオスもまた、皇后の皇子ということで、皇位継承権を得るべく厳しい教育を受けていた。
当時、側室は他にもいたが、ある者は世継ぎ争いから身を引き、隠居を申し出た。またある者は、女子を産むことで難を逃れた。またある者は、急な病でこの世を去った。
2人の皇子は、互いに同じ目標を持ち、切磋琢磨して年を重ねていれば、そこにはある種の友情や絆が芽生えていたのかもしれない。けれど2人は、互いに交流を持つ時間など与えられなかった。
接点が何もなかった2人だったけれど、一つだけ共通点があった。それはアルビスもセリオスも、皇帝になりたいという野心がなかったこと。
何事にも拳一つ分高く評価を得るアルビスだが、セリオスに勝てないものがあった。それはズル賢さだ。
月日は流れ、アルビスとセリオスは少年から青年へと成長し、次期皇帝をどちらにするか明確にする時がきた。
明日、皇帝の口から宣言されてもおかしくはない。そんなふうに官職や領主や同盟国の代表が緊張した日々を送る中、突然セリオスが身を引くと宣言したのだ。聖職者となり兄を支えていくと。
それは綺麗事に過ぎない。セリオスは逃げたのだ。後継者争いという面倒事から。自身の価値を問われる審判から。
セリオスは腐っても皇后の皇子。彼だって矜持がある。自分が側室の子供より劣っていることを、周りに悟られたくなかったのだ。
だから厳しい修行もせず高位の聖職者となり、アルビスに全ての責務を押し付けたのだ。とても狡猾に”いいとこ取り”をした。
それを聞いたアルビスの母親は大いに喜んだが、我が子を褒めることはなかった。
すぐさま自国を独立させろと命を下したけれど、アルビスはその要求を跳ね除けた。もうアルビスは母親の操り人形ではなく、メルギオス帝国の皇帝となっていた。
長年の夢が破れ、現実を受け入れられなかったアルビスの母親は、その後すぐに流行り病であっけなく死んだ。続いてアルビスの父も後を追うように土に還っていった。
今ではアルビスを認めなかった先代の皇帝と、アルビスを己の私利私欲の駒として扱った母親と、周囲に煽られるまま自分の息子を争いの渦中に放り込んだ皇后は、仲良く土に埋まっている。
しこりを残す結末ではあったが、これで世継ぎ問題は解決したかと思った。けれど、まだ終わりではなかった。
皇族内の跡継ぎ争いは、身内だけの争いではない。そこに数々の思惑や野心が渦巻いている。長年、二人の皇子が世継ぎを争った結果、二つの派閥ができてしまった。
アルビスが皇帝となって数年経過しても「セリオスを還俗させ皇帝の座に」という声は消えず、王政はこの派閥により、支障をきたすようになった。
だからアルビスは、地位を安泰させるために召喚の儀を行った。この300年、誰も果たせなかった偉業を成し遂げれば、無駄な諍いも一掃されるはずだから。
そう心に決めて魔法陣を描き、詠唱するアルビスは、とても疲れていた。
幼少の頃から何一つ我がままを口にしたことはないのに、面倒事と煩わしい事ばかりを押し付けられるこの人生に。
アルビスは我知らず、祈っていた。どうか助けてくれ、と。
一度も口にしたことがないその言葉を、魔法陣を前にしてアルビスは心の中で必死に叫んだ。初めて救いを求めた瞬間だった。
神は祈りに応え、ただの人間となれる存在をアルビスに与えた──という、アルビスのこれまでのことを、シダナは佳蓮に語って聞かせた。
「……馬鹿じゃないの?」
雪が降り続く窓の景色を眺めながら、つらつらとそれらを回想していた佳蓮は、短く吐き捨てた。
メルギオス帝国は世襲君主制ではあるが、実力主義でもある。
本来皇后の皇子が一番に皇位継承権を与えられるところだが、能力次第で入れ替わる。側室の子供が皇帝になることは、この帝国の歴史では珍しいことではなかった。
アルビスの父親は強い劣等感を抱えてはいたけれど、感情のまま愚かな行いはしない人間だった。
アルビスはセリオスより3年も前に生まれている。時間だけはアルビスはセリオスより有利な位置にいた。
実力で皇帝の地位を奪ってみせると決意したアルビスの母親は、アルビスに皇帝としての教育を徹底的に受けさせた。
生まれてから愛情を注がれないアルビスは、人形のように中身が無かった。空っぽの彼は、反抗心も執着心もなく、ただ与えられた課題をこなし、知識を身に付け、身体を鍛え、皇族としての身の振るまい方を覚えていった。
後から生まれたセリオスもまた、皇后の皇子ということで、皇位継承権を得るべく厳しい教育を受けていた。
当時、側室は他にもいたが、ある者は世継ぎ争いから身を引き、隠居を申し出た。またある者は、女子を産むことで難を逃れた。またある者は、急な病でこの世を去った。
2人の皇子は、互いに同じ目標を持ち、切磋琢磨して年を重ねていれば、そこにはある種の友情や絆が芽生えていたのかもしれない。けれど2人は、互いに交流を持つ時間など与えられなかった。
接点が何もなかった2人だったけれど、一つだけ共通点があった。それはアルビスもセリオスも、皇帝になりたいという野心がなかったこと。
何事にも拳一つ分高く評価を得るアルビスだが、セリオスに勝てないものがあった。それはズル賢さだ。
月日は流れ、アルビスとセリオスは少年から青年へと成長し、次期皇帝をどちらにするか明確にする時がきた。
明日、皇帝の口から宣言されてもおかしくはない。そんなふうに官職や領主や同盟国の代表が緊張した日々を送る中、突然セリオスが身を引くと宣言したのだ。聖職者となり兄を支えていくと。
それは綺麗事に過ぎない。セリオスは逃げたのだ。後継者争いという面倒事から。自身の価値を問われる審判から。
セリオスは腐っても皇后の皇子。彼だって矜持がある。自分が側室の子供より劣っていることを、周りに悟られたくなかったのだ。
だから厳しい修行もせず高位の聖職者となり、アルビスに全ての責務を押し付けたのだ。とても狡猾に”いいとこ取り”をした。
それを聞いたアルビスの母親は大いに喜んだが、我が子を褒めることはなかった。
すぐさま自国を独立させろと命を下したけれど、アルビスはその要求を跳ね除けた。もうアルビスは母親の操り人形ではなく、メルギオス帝国の皇帝となっていた。
長年の夢が破れ、現実を受け入れられなかったアルビスの母親は、その後すぐに流行り病であっけなく死んだ。続いてアルビスの父も後を追うように土に還っていった。
今ではアルビスを認めなかった先代の皇帝と、アルビスを己の私利私欲の駒として扱った母親と、周囲に煽られるまま自分の息子を争いの渦中に放り込んだ皇后は、仲良く土に埋まっている。
しこりを残す結末ではあったが、これで世継ぎ問題は解決したかと思った。けれど、まだ終わりではなかった。
皇族内の跡継ぎ争いは、身内だけの争いではない。そこに数々の思惑や野心が渦巻いている。長年、二人の皇子が世継ぎを争った結果、二つの派閥ができてしまった。
アルビスが皇帝となって数年経過しても「セリオスを還俗させ皇帝の座に」という声は消えず、王政はこの派閥により、支障をきたすようになった。
だからアルビスは、地位を安泰させるために召喚の儀を行った。この300年、誰も果たせなかった偉業を成し遂げれば、無駄な諍いも一掃されるはずだから。
そう心に決めて魔法陣を描き、詠唱するアルビスは、とても疲れていた。
幼少の頃から何一つ我がままを口にしたことはないのに、面倒事と煩わしい事ばかりを押し付けられるこの人生に。
アルビスは我知らず、祈っていた。どうか助けてくれ、と。
一度も口にしたことがないその言葉を、魔法陣を前にしてアルビスは心の中で必死に叫んだ。初めて救いを求めた瞬間だった。
神は祈りに応え、ただの人間となれる存在をアルビスに与えた──という、アルビスのこれまでのことを、シダナは佳蓮に語って聞かせた。
「……馬鹿じゃないの?」
雪が降り続く窓の景色を眺めながら、つらつらとそれらを回想していた佳蓮は、短く吐き捨てた。
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