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二部 使えるモノは何でも使いますが……何か?
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カレンが尻もちをついた後は、海の底のような静寂が続く。それを破ったのは、カレン自身だった。
「──ふっ……ふふっ、あはっ」
ここにいる全員が今しがた起こった出来事に呆然とする中、カレンは堪えきれないといった感じで吹き出した。
純粋に楽しかった。自分の意思とは無関係に肩が揺れて、喉の奥から愉快な気持ちが声として漏れてくる。
何がそんなに面白いのかわからないが、自分の失態が引き金になったことは間違いない。
加えて恥ずかしいという気持ちと、そんなオチが待っているなんてという斜め上の結果が妙にツボに入り、笑いが止まらなくなる。
とうとうカレンが体をゆすって笑い出せば、それに重なるように子供達も無邪気に笑う。
でも、ここにいる大人は笑い事ではなかった。
「お前たち、いい加減にしろっ」
「カレン様、大丈夫ですか?!」
マルファンとリュリュは同時に声を上げた。マルファンは、怒りに身体を震わせて、リュリュは真っ青な顔をして。
一拍置いて、子供達がカレンの背に移動する。カレンが自分たちの味方で、頼れる存在だと認識したのだろう。
「リュリュさん、私は平気。大丈夫だよ」
そう言ってカレンはティータを抱えて立ち上がる。自分が無傷であることをアピールするのが一番収束への近道と考えて。
けれどもリュリュは青ざめたままだし、マルファンはカレンの後ろにいる子供たちを睨みつけたまま。
しかも騒ぎを聞きつけたダリアスを始めとする騎士達も、ここに駆け寄ってきてしまった。子供達がカレンのスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
近づいてくる騎士達は皆険しい表情をしている。剣を手にしている者だっている。事態はどう考えても深刻な方向に進みそうだ。
カレンは視線を下に落とす。子供たちは自分達が大変なことをしてしまったのだと気付いたようだ。無邪気に笑っていた顔がくしゃりと歪んでいく。
そんな顔を見せられてしまえば、なんとかしなければという焦燥感に駆られてしまう。
そう思いつつも、もう一人の自分が、”なんで自分が助けなきゃいけないの?はぁ、冗談でしょ?この子供達は異世界の人間だよ?それにアイツが支配する国の人間じゃん”と意地の悪いことを言ってくる。
確かにそうだ、その通りだ。ずっとこの世界との関りを断っていたというのに、人助けなんて、柄じゃ無いし、義理もない。
とはいえ、この世界で笑うことを思いださせてくれたことは事実で、やっぱり小さい子供が泣くのは見たくない。
短い時間で色々と葛藤したカレンは、こっちを選んだ。
「……これ、返すね」
小さな声でラークにティータを押し付けたカレンは、身体ごとマルファンと向き合った。
「えっと、あのね……今のは私がやりたくてやったことなの。だからこの子達を叱ったら……わかるよね?」
もったいぶった言い方をすれば、マルファンは「ひぃ」っと声にならない悲鳴を上げたが、こくこくと何度も頷く。
正直、こんな時だけ都合よく特権を乱用するのは気が引ける。でも、使えるモノは何でも使う。なぜなら他に手段が無いから。
(じゃ、まぁ……そろそろ出よっかな)
自分がここに居るのは、誰も得をすることではないと判断したカレンは、近づく騎士を横切って馬車へと向かう。
聖皇后の護衛をするのが騎士の役目。カレンが馬車に乗って移動を命じれば、この件はうやむやに処理されるだろう。
ダリアスが華麗なUターンを決めるのがちらりと見えて、カレンは安堵の息を吐いた。
***
馬車は再びカレンを乗せて、帝都を走る。
次に向かうのは、以前から目星を付けていた神殿だ。文献によれば、かつて召喚された異世界の女性が足繁く通っていたところでもある。
もちろんこれまで立ち寄った神殿も、過去の皇帝が召喚の儀を行ったり、長い歴史を持っていたりと期待を持てる場所だった。でも何の成果も得られなかった。
その度に落胆しけれど、カレンは今回こそはと意気込んでいるが、あからさまに顔に出すことは控えている。なぜなら向かいの席に座るリュリュが物言いたげにこちらを見ているから。
さっきの一件で負ってしまった怪我を案じているのだろう。
「……そんなに気にしなくてもいいよ、リュリュさん。かすり傷だし」
沈黙に耐え切れなかったカレンは、リュリュに向かってポツリと呟く。
「ですが、腫れが増しておられます。一度お戻りになって、後日、改めてでは駄目でしょうか?」
「うーん……それは……ちょっと……」
煮え切らない返事をしてみたものの、実はカレンの怪我はかすり傷ではなかった。
尻もちをついた拍子に手首を捻ってしまったのだ。孤児院にいた時はまったく痛みを感じなかったのに、時間差で腫れと痛みが増している。
足を怪我したわけではないから、神殿に向かいたい。でも心臓に合わせてズキンズキンと痛む手首は、手当てを求めている。
それに実は3日後に、夜会が控えていたりする。派手に手首を腫らしたまま出席すれば、何を言われるかわかったものではない。
カレンは思わず舌打ちをしてしまう。
夜会に出席することは、意に反しているだが、カレンはルシフォーネから説得され出席を決めた。
いつも自分に心を砕いてくれているリュリュのために。
「──ふっ……ふふっ、あはっ」
ここにいる全員が今しがた起こった出来事に呆然とする中、カレンは堪えきれないといった感じで吹き出した。
純粋に楽しかった。自分の意思とは無関係に肩が揺れて、喉の奥から愉快な気持ちが声として漏れてくる。
何がそんなに面白いのかわからないが、自分の失態が引き金になったことは間違いない。
加えて恥ずかしいという気持ちと、そんなオチが待っているなんてという斜め上の結果が妙にツボに入り、笑いが止まらなくなる。
とうとうカレンが体をゆすって笑い出せば、それに重なるように子供達も無邪気に笑う。
でも、ここにいる大人は笑い事ではなかった。
「お前たち、いい加減にしろっ」
「カレン様、大丈夫ですか?!」
マルファンとリュリュは同時に声を上げた。マルファンは、怒りに身体を震わせて、リュリュは真っ青な顔をして。
一拍置いて、子供達がカレンの背に移動する。カレンが自分たちの味方で、頼れる存在だと認識したのだろう。
「リュリュさん、私は平気。大丈夫だよ」
そう言ってカレンはティータを抱えて立ち上がる。自分が無傷であることをアピールするのが一番収束への近道と考えて。
けれどもリュリュは青ざめたままだし、マルファンはカレンの後ろにいる子供たちを睨みつけたまま。
しかも騒ぎを聞きつけたダリアスを始めとする騎士達も、ここに駆け寄ってきてしまった。子供達がカレンのスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
近づいてくる騎士達は皆険しい表情をしている。剣を手にしている者だっている。事態はどう考えても深刻な方向に進みそうだ。
カレンは視線を下に落とす。子供たちは自分達が大変なことをしてしまったのだと気付いたようだ。無邪気に笑っていた顔がくしゃりと歪んでいく。
そんな顔を見せられてしまえば、なんとかしなければという焦燥感に駆られてしまう。
そう思いつつも、もう一人の自分が、”なんで自分が助けなきゃいけないの?はぁ、冗談でしょ?この子供達は異世界の人間だよ?それにアイツが支配する国の人間じゃん”と意地の悪いことを言ってくる。
確かにそうだ、その通りだ。ずっとこの世界との関りを断っていたというのに、人助けなんて、柄じゃ無いし、義理もない。
とはいえ、この世界で笑うことを思いださせてくれたことは事実で、やっぱり小さい子供が泣くのは見たくない。
短い時間で色々と葛藤したカレンは、こっちを選んだ。
「……これ、返すね」
小さな声でラークにティータを押し付けたカレンは、身体ごとマルファンと向き合った。
「えっと、あのね……今のは私がやりたくてやったことなの。だからこの子達を叱ったら……わかるよね?」
もったいぶった言い方をすれば、マルファンは「ひぃ」っと声にならない悲鳴を上げたが、こくこくと何度も頷く。
正直、こんな時だけ都合よく特権を乱用するのは気が引ける。でも、使えるモノは何でも使う。なぜなら他に手段が無いから。
(じゃ、まぁ……そろそろ出よっかな)
自分がここに居るのは、誰も得をすることではないと判断したカレンは、近づく騎士を横切って馬車へと向かう。
聖皇后の護衛をするのが騎士の役目。カレンが馬車に乗って移動を命じれば、この件はうやむやに処理されるだろう。
ダリアスが華麗なUターンを決めるのがちらりと見えて、カレンは安堵の息を吐いた。
***
馬車は再びカレンを乗せて、帝都を走る。
次に向かうのは、以前から目星を付けていた神殿だ。文献によれば、かつて召喚された異世界の女性が足繁く通っていたところでもある。
もちろんこれまで立ち寄った神殿も、過去の皇帝が召喚の儀を行ったり、長い歴史を持っていたりと期待を持てる場所だった。でも何の成果も得られなかった。
その度に落胆しけれど、カレンは今回こそはと意気込んでいるが、あからさまに顔に出すことは控えている。なぜなら向かいの席に座るリュリュが物言いたげにこちらを見ているから。
さっきの一件で負ってしまった怪我を案じているのだろう。
「……そんなに気にしなくてもいいよ、リュリュさん。かすり傷だし」
沈黙に耐え切れなかったカレンは、リュリュに向かってポツリと呟く。
「ですが、腫れが増しておられます。一度お戻りになって、後日、改めてでは駄目でしょうか?」
「うーん……それは……ちょっと……」
煮え切らない返事をしてみたものの、実はカレンの怪我はかすり傷ではなかった。
尻もちをついた拍子に手首を捻ってしまったのだ。孤児院にいた時はまったく痛みを感じなかったのに、時間差で腫れと痛みが増している。
足を怪我したわけではないから、神殿に向かいたい。でも心臓に合わせてズキンズキンと痛む手首は、手当てを求めている。
それに実は3日後に、夜会が控えていたりする。派手に手首を腫らしたまま出席すれば、何を言われるかわかったものではない。
カレンは思わず舌打ちをしてしまう。
夜会に出席することは、意に反しているだが、カレンはルシフォーネから説得され出席を決めた。
いつも自分に心を砕いてくれているリュリュのために。
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