皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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二部 恋のアドバイスなんてしたくありませんが……何か?

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 カレンが場にそぐわない態度を取っても、楽団は変わらずに演奏を続けている。ダンスを踊るペアたちのステップも止まることは無い。

 夜会とは要は、男女の出会いの場でもある。一度聖皇帝に礼を取りさえすれば、役目は果たしたと言わんばかりに、上座のことなど気にも留めていないようだった。

 もしかしてセリオスの立ち位置が絶妙で、カレンの向こう見ずな行動を隠していたのかもしれない。

 ということはどちらでも良い。とにかくカレンがセリオスから言い掛かりを付けられていることが問題なのだ。

「まず先に確認ですけれど、わたくしがリュリュ殿に対して好き好んであんな無体を働いたとお思いですか?カレン様」
「……さ、さぁ」

 思わず”うん”と頷きかけたカレンだったけれど、なんとか曖昧に答えて首を横に振る。

 でも、それはセリオスを余計に苛立たせるものであった。

「さぁ?ですと?ったく、随分な返答ですね。良いですか、大切なことだからよく聞いてください。誰が惚れた相手に対して、手荒な真似をしないといけないのですかっ。あれは不可避な状況で、そうせざるを得なかったからなんです」
「……はぁ」
「”はぁ”じゃないですよ、”はぁ”じゃ。そもそも原因は貴方様ですっ。あの時離宮から逃げ出さなければ、わたくしだって」
「……う゛っ」

 早く終わればという気持ちから義理感満載でおざなりに相槌を打っていたカレンだったけれど、何かに耐え切れなくなったかのように片手で口元を覆った。次いで、小さく呻く。

 それはセリオスの言い分がごもっともで、ぐうの音も出ないからそうした訳ではない。本当に気分が悪くなったから。

 セリオスが紡ぐ言葉を聞けば、その後の悪夢のような時間をどうしたって思い出してしまうから。
 
 オレンジ色に染まった部屋の床に散らばった衣類。乱暴に掴まれた手首。耳元で囁かれた惨い言葉。身体を引き裂かれた痛み───それらが一気にカレンの頭の中で蘇ったのだ。残酷なほど鮮明に。

 ……やめて。これ以上言わないで。お願いだから。

 カレンは痛む方の手まで持ち上げ、両手で口元を覆って歯を食いしばる。額に嫌な汗が浮かんでいるのが自分でもわかる。でも拭う余裕はカレンにはない。

 僅かな可能性を求めて視線を彷徨わしてみたものの、リュリュの義父であるダリアスは衛兵と何やら打ち合わせをしているし、義兄であるヴァーリは姿すら見えなかった。

 セリオスといえばカレンの不調に気付いてない様子で、今度は「ここまで聞いたんだから、今度はアドバイスをしてくれ」と、耳を疑うようなことを訴えてくる。

 あまりの馬鹿馬鹿しさに視界がぐにゃりと歪む。自分の周りだけ、突然空気が薄くなったような気がした。

 そんな中、厳しい声が割って入って来た。
 
「やめろ」

 瞬間、セリオスは凍り付いたように固まり、カレンも不覚にもびくりと身体が震えてしまった。

 声の主を確認する必要は無い。これほどまでに威圧的に人を黙らせることができるのは、ここにはたった一人─── アルビスしかいないのだから。

 そしてアルビスはぞっとするほど冷たい相貌をこの国の宰相に向けた。

「セリオス、お前は今、誰を責め立てている?」
「……あ、も……申し訳」
「痴れ者として牢に放り込まれたいのか?」
「……い、いえ」

 ぶるぶると首を横に振るセリオスは、もう既に獄中にいるかのような表情を浮かべている。

「立場を弁えろ。二度目はない」
「……はい。大変失礼いたしました」

 ウッヴァとどっこいどっこいの雑な礼を取ったセリオスは、脱兎のごとくこの場から逃げ出した。

「カレン、大丈夫か?」

 ついさっき躊躇なく人を殺せる雰囲気を惜しげも無く出していたことなど嘘だったのかのように、アルビスの表情は今、憂いていた。

 けれど返事はない。今のカレンは、煩いと睨みつけることすらできないのだ。

 そんなカレンを見て、アルビスは腰かけている椅子から身を乗り出す。その表情はカレンよりも青ざめていた。

 少しの間、アルビスは狼狽えながら視線を動かす。そして、何かに目を止めるとすぐにその方向を指差す。

「─── カレン、あれを見ろ」 

 カレンは深く考えず両手で口元を覆ったまま、そこに目を向ける。

 そうすれば、リュリュが心配そうにこちらを見ていた。でも手はしっかり、退出できる合図を送っていた。

 やっとここから出ることができる。
 そう思った途端、暴れ回っていた吐き気がほんの少しだけ薄らいだ。

 カレンはリュリュに向かい、小さく頷く。次いで首を捻って、伺うようにルシフォーネを見る。女官長は穏やかな表情で手のひらを出口に向けてくれていた。

 つまり及第点を貰えたということ。なのでカレンは、シュっという衣擦れの音と共に立ち上がる。
 
 そしてスカートの裾をやや乱暴に掴んで、そそくさと出口に向かおうとする。けれど、ここでアルビスが呼び止めた。

「何?」
「カレン……もう夜も更けている。宮殿内とはいえ、気を付けて帰るんだ」
「……は?言われなくてもそうするけど」
「そうか」

 僅かに笑みを浮かべたアルビスは、カレンから目を逸らすことはしなかった。

 無視しても良かった。いや無視するべきだった。

 でも、カレンは気付けばこう口にしていた。

「おやすみ」

 信じられないといった感じで目を丸くするアルビスに背を向け、カレンは今度こそ出口に足を向けた。




 ─── 今日、自分はあの人に何回助けられたのだろう。
 
 カレンは分厚いカーテンを持ち上げながら、いち、に、さん……と数えてみる。でも途中で首を横に振って数えることを放棄した。

 傷付けられた者に助けられた。

 この事実をどう受け止めたら良いのだろうか。
 そしてそういう時、どうするのが正解なのだろうか。

 カレンは強く唇を噛んだ。

 考えたってわからない。
 なぜなら、そんな時の対処など、学校の授業で教えてもらえなかったこら。それに知りたくなんかなかったから。
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