99 / 148
二部 恋のアドバイスなんてしたくありませんが……何か?
7
しおりを挟む
重たいカーテンをくぐりぬけて廊下に出れば、既にリュリュが待機していた。
「リュリュさん、待っててくれたんだ。ありが──」
「カレン様、大丈夫でございますか!?」
カレンが安堵したのもつかの間、リュリュにガシッと両肩を掴まれてしまった。
遠目からでも体調を崩したのがわかったのだろう。悲愴な顔でリュリュに顔を覗き込まれたカレンは、目を逸らして曖昧な返事をする。
「あー……ちょっと、ね。うん、でも大丈夫」
セリオスがリュリュのことを好きだという告白を聞いた流れで、具合が悪くなったなど言えるわけがない。
カレンは痛めていない方の手でリュリュのドレスの裾を引いて、もう帰ろうと促した。
リュリュと並んで行きと同じ道を歩く。ダリアスは後ろを歩きながら護衛に徹している。傍にいてほしかった時は離席していたくせに。
何となく苛立ちを覚えてダリアスに文句の一つも言いたくなるけれど、そんなことよりリュリュに感謝の気持ちを伝えたい。
「……リュリュさん、あのね」
「何でしょう、カレンさま」
「今日ね、付き合ってくれてありがとう」
少し背が高いリュリュを見上げてカレンがぺこりと頭を下げれば、すぐにふふっと柔らかい笑みが降ってきた。
「リュリュはカレン様のお役に立てて嬉しいです」
誇らしそうに笑うリュリュは、普段と違って化粧もしているし髪型も華やかに結っている。
大人っぽくて、とても綺麗だ。こんな魅力的な姿を目にしたら、貴族男性は放っておくわけない。
カレンが見惚れているのに気づいているのか、リュリュははにかんだ表情を浮かべ……最後に顔をしかめて口を開いた。
「カレン様、今後夜会の時でも城内でも何かありましたらリュリュに言ってください。セリオスであろうがヴァーリであろうが、リュリュはいつでも殺す覚悟にございます」
「あー……うん。ありがとう」
頼もしすぎるリュリュに、カレンは若干引き気味だが、当の本人はどこまでも真剣だ。
カレンはこの帝国では二番目に尊い存在かもしれないが、ふたを開けてみれば、平凡な女子高生だ。そんな自分に、どうしてそこまで尽くしてくれるのだろう。
境遇が似ているから?同情してくれているから?得るものがあるから?
頭の隅に浮かんだ意地悪な感情を、カレンはそっと胸に隠して別のことを考える。
ついさっきセリオスは、リュリュのことを好きだと言った。もし自分がそのことをリュリュに伝えれば、彼の恋は秒で終わるだろう。
セリオスのことを毛嫌いしているリュリュは、片想いすら許さないかもしれない。
そうなるとセリオスは、いっそ早々に死んで、もふもふしている何かに生まれ変わった方が手っ取り早く好感度を上げることができると思う。
さっきセリオスから鬼気迫る表情でアドバイスを求められた時、そう言ってやれば良かったとカレンは強く後悔しながら左右の足を交互に動かす。
過去に参加した夜会での散々だったアレコレを思い出しては、それを踏み潰すように。
「カレン様、お戻りになりましたら、すぐにお湯の準備をしますね。お食事はいかがなさいますか?」
「んー……お風呂はすぐに入りたいけど、ご飯はいいや」
「さようですか。では、お茶を淹れましょう」
「ん、ありがとう」
リュリュと取り留めも無い会話をしながら、カレンは退席直前のアルビスの表情までも思い出してしまう。
(狐につままれたような顔をしていたな、アイツ)
余程驚いたのだろう。たかだか「おやすみ」と言っただけなのに。
アルビスがなんでそんな顔をしたのか、カレンはわからない。それくらいカレンは、アルビスのことを見ていなかった。
どんな時に苛立つのか、喜ぶのか。何をされたら嫌なのか、嬉しいのか。見当もつかないし、知りたいとも思わない。
「──恐れ入りますが、聖皇后陛下。わたくしはこれで失礼します」
背後からダリアスに声を掛けられ、カレンは自室が目の前だということに気付いた。
カレンとリュリュは同時に振り返って、ダリアスに声を掛ける。
「うん、おやすみなさい。ダリアスさん」
「おやすみなさいませ、お義父様」
ダリアスは微かに笑って慇懃に腰を折る。次いで、リュリュに歩み寄ると慈愛のこもった口調でこう言った。
「リュリュ、悪い虫は私が追っ払っておくから安心して寝なさい」
「……は?お義父様、何を藪から棒に」
「なんでもないさ。おやすみリュリュ。今日も良い夢を」
「は、はぁ……おやすみなさいませ」
事情を知らないリュリュはぽかんとしているが、カレンはダリアスが何を言いたいのかちゃんと気づいている
(私がセリオスに絡まれたこと知ってるんじゃん)
思わず睨んだカレンに、ダリアスはすまなさそうに眉を下げ背を向けた。
「リュリュさん、待っててくれたんだ。ありが──」
「カレン様、大丈夫でございますか!?」
カレンが安堵したのもつかの間、リュリュにガシッと両肩を掴まれてしまった。
遠目からでも体調を崩したのがわかったのだろう。悲愴な顔でリュリュに顔を覗き込まれたカレンは、目を逸らして曖昧な返事をする。
「あー……ちょっと、ね。うん、でも大丈夫」
セリオスがリュリュのことを好きだという告白を聞いた流れで、具合が悪くなったなど言えるわけがない。
カレンは痛めていない方の手でリュリュのドレスの裾を引いて、もう帰ろうと促した。
リュリュと並んで行きと同じ道を歩く。ダリアスは後ろを歩きながら護衛に徹している。傍にいてほしかった時は離席していたくせに。
何となく苛立ちを覚えてダリアスに文句の一つも言いたくなるけれど、そんなことよりリュリュに感謝の気持ちを伝えたい。
「……リュリュさん、あのね」
「何でしょう、カレンさま」
「今日ね、付き合ってくれてありがとう」
少し背が高いリュリュを見上げてカレンがぺこりと頭を下げれば、すぐにふふっと柔らかい笑みが降ってきた。
「リュリュはカレン様のお役に立てて嬉しいです」
誇らしそうに笑うリュリュは、普段と違って化粧もしているし髪型も華やかに結っている。
大人っぽくて、とても綺麗だ。こんな魅力的な姿を目にしたら、貴族男性は放っておくわけない。
カレンが見惚れているのに気づいているのか、リュリュははにかんだ表情を浮かべ……最後に顔をしかめて口を開いた。
「カレン様、今後夜会の時でも城内でも何かありましたらリュリュに言ってください。セリオスであろうがヴァーリであろうが、リュリュはいつでも殺す覚悟にございます」
「あー……うん。ありがとう」
頼もしすぎるリュリュに、カレンは若干引き気味だが、当の本人はどこまでも真剣だ。
カレンはこの帝国では二番目に尊い存在かもしれないが、ふたを開けてみれば、平凡な女子高生だ。そんな自分に、どうしてそこまで尽くしてくれるのだろう。
境遇が似ているから?同情してくれているから?得るものがあるから?
頭の隅に浮かんだ意地悪な感情を、カレンはそっと胸に隠して別のことを考える。
ついさっきセリオスは、リュリュのことを好きだと言った。もし自分がそのことをリュリュに伝えれば、彼の恋は秒で終わるだろう。
セリオスのことを毛嫌いしているリュリュは、片想いすら許さないかもしれない。
そうなるとセリオスは、いっそ早々に死んで、もふもふしている何かに生まれ変わった方が手っ取り早く好感度を上げることができると思う。
さっきセリオスから鬼気迫る表情でアドバイスを求められた時、そう言ってやれば良かったとカレンは強く後悔しながら左右の足を交互に動かす。
過去に参加した夜会での散々だったアレコレを思い出しては、それを踏み潰すように。
「カレン様、お戻りになりましたら、すぐにお湯の準備をしますね。お食事はいかがなさいますか?」
「んー……お風呂はすぐに入りたいけど、ご飯はいいや」
「さようですか。では、お茶を淹れましょう」
「ん、ありがとう」
リュリュと取り留めも無い会話をしながら、カレンは退席直前のアルビスの表情までも思い出してしまう。
(狐につままれたような顔をしていたな、アイツ)
余程驚いたのだろう。たかだか「おやすみ」と言っただけなのに。
アルビスがなんでそんな顔をしたのか、カレンはわからない。それくらいカレンは、アルビスのことを見ていなかった。
どんな時に苛立つのか、喜ぶのか。何をされたら嫌なのか、嬉しいのか。見当もつかないし、知りたいとも思わない。
「──恐れ入りますが、聖皇后陛下。わたくしはこれで失礼します」
背後からダリアスに声を掛けられ、カレンは自室が目の前だということに気付いた。
カレンとリュリュは同時に振り返って、ダリアスに声を掛ける。
「うん、おやすみなさい。ダリアスさん」
「おやすみなさいませ、お義父様」
ダリアスは微かに笑って慇懃に腰を折る。次いで、リュリュに歩み寄ると慈愛のこもった口調でこう言った。
「リュリュ、悪い虫は私が追っ払っておくから安心して寝なさい」
「……は?お義父様、何を藪から棒に」
「なんでもないさ。おやすみリュリュ。今日も良い夢を」
「は、はぁ……おやすみなさいませ」
事情を知らないリュリュはぽかんとしているが、カレンはダリアスが何を言いたいのかちゃんと気づいている
(私がセリオスに絡まれたこと知ってるんじゃん)
思わず睨んだカレンに、ダリアスはすまなさそうに眉を下げ背を向けた。
49
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
冷遇された聖女の結末
菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。
本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。
カクヨムにも同じ作品を投稿しています。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
私は、聖女っていう柄じゃない
波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。
いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。
20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。
読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる