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二部 小さな反抗をさせていただきますが……何か?
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カレン、少女、リュリュの順に馬車に乗り込めば、扉は御者の手によって勢いよく音を立てて閉まる。
次いで思わず「おっと」と言いたくなるような急発進をして、馬車は宮殿へと走り出した。
そんな中、車中にいる3人は誰も口を開くことはしない。
でも沈黙しているわけではない。
カレンは上がった息を整えるのに忙しく、リュリュは僅かに開けた窓から背後を確認している。
少女は……というと、声こそ出してはいないが肩が小刻みに揺れている。必死に笑いを堪えているようだ。その表情も仕草も、まるで悪戯が成功した子供のそれ。
それは無邪気と形容すべきものであったが、カレンには別のものに見えて仕方がない。
「ねえ、あなた何なの?」
「え?あの……何と申されても……わたくしは……」
ストレートに問うてみれば、少女は表情を一変して困ったように眉を下げた。
「隠さないでよ」
カレンはきつい口調で吐き捨てた。そのまま、今日一日ずっと抱えて感情を少女にぶつける。
「急に付いていきたいって言ったり、変な演技したり、おっさん転ばせたり……怪しいところばっかりじゃん。気持ち悪いっ」
「……気持ち悪いって……そんな……」
最後は怒声に近い口調になったカレンに、少女はひどく傷付いたようだった。口元に両手を当てた少女の薄紫色の瞳は、みるみるうちに潤み始めてしまった。
馬車は行きよりも遥かに速度を上げているせいで、ひどく揺れている。その振動で、今にも涙が零れ落ちてしまいそうだった。
───……しまった。言いすぎた。
人を傷つけることに慣れていないカレンは、強い後悔を覚えてしまう。そして謝らなければと、咄嗟に口を開こうとしたその時、
「あははっははっははは」
突然少女が腹を抱えて笑い出したのだ。
奇想天外な少女の行動が不気味すぎて、カレンは思わずリュリュにしがみついてしまった。口には出せないが、本気で馬車を降りて欲しい。
でも、リュリュはとても落ち着いていた。
慌てることなく力任せに抱き着いてきたカレンの肩を、少女から守るように抱き寄せながら口を開く。
「からかうのはおやめなさい。今すぐ、カレンさまに真実をお伝えしなさい」
「え?良いの?」
リュリュはカレンにとってかけがえのない存在であるが、この世界ではただの侍女だ。だから側室に対してこんな物言いをするのは無礼でしかない。
でも少女はそんなことは気にも留めていない。ただただ目を丸くしているだけ。でもその瞳の奥は嬉しさと期待が混ざっている。
そんな眼差しを受け、リュリュは「不本意ですが」と前置きしてから再び口を開いた。
「陛下には許可をいただいてはおりませんが、カレンさまがここまで怯えているんです。正体を晒した方が良いでしょう。罰はわたくしが受けま───」
「いや、リュリュさん大丈夫っ。私、怯えてないし。聞かなくて良いよ。あなたも余計なこと言わないでっ」
”罰を受ける”というワードに過剰に反応して、カレンはリュリュの言葉を遮った。
けれど、少女はカレンの言葉を無視して「じゃあ、改めまして」と言いながら自身の髪に手をかけた。
するり、と少女の髪が流れるように移動する。瞬きを2回繰り返したあと、それがカツラだったことにカレンは気付く。
それから少女自身の手によって桃色の髪が剥かれてしまえば、今度は柔らかそうな黄金色の短髪が現れた。
「あー暑かった」
ふぅっと肩で息をした少女の声はかなり低いが、不自然さは無かった。
つまり、この少女は性別すら演じていて、実は少年だったのだ。
そして少女の仮面を脱ぎ捨てた少年は、犬が毛並みを整えるように軽く頭を振った。首の動きに合わせて、ふわりと揺れる髪はまるで稲穂のようだった。
カレンの目が限界まで開く。
記憶違いじゃ無いか確認するために、軽く目を閉じて記憶をたどる。3回確認したけれど、やっぱり記憶の通りだった。
こくりと唾を呑んで覚悟を決めたカレンが目を開ければ、少年は人懐っこい笑みの中に、僅かに不安を滲ませてこちらを見つめていた。
「久しぶり、聖皇后さま。僕の事……覚えてる?」
「……まさか。あ、あなたトゥ・シェーナ城で会った……や、会ったは変だな。えっと何ていえば良いんだろう。ヴァーリとシダナさんに剣を向けられ……や、それも物騒だ。えっと、あの人に首を……って一番エグイわ。とにかく私、あなたのこと覚えているからっ」
残念ながらカレンは目の前の少年が誰かわかっているが、名前を知らない。
だから、共通するワードを並べて知ってると伝えようとする。
それはとても稚拙で説明不足であったが、少年はちゃんと理解してくれた。
「うん。覚えてくれているみたいで嬉しいよ」
安堵の息を漏らした少年は、眩しそうに目を細めてそう言った。
この少年は、かつて皇后候補だったシャオエに命じられカレンの息の根を止めようとした暗殺者。
そしてカレンがアルビスに懇願して、斬首は免れたものの一生獄中生活を強いられるはずの存在。
─── ロタと呼ばれていた者だった。
次いで思わず「おっと」と言いたくなるような急発進をして、馬車は宮殿へと走り出した。
そんな中、車中にいる3人は誰も口を開くことはしない。
でも沈黙しているわけではない。
カレンは上がった息を整えるのに忙しく、リュリュは僅かに開けた窓から背後を確認している。
少女は……というと、声こそ出してはいないが肩が小刻みに揺れている。必死に笑いを堪えているようだ。その表情も仕草も、まるで悪戯が成功した子供のそれ。
それは無邪気と形容すべきものであったが、カレンには別のものに見えて仕方がない。
「ねえ、あなた何なの?」
「え?あの……何と申されても……わたくしは……」
ストレートに問うてみれば、少女は表情を一変して困ったように眉を下げた。
「隠さないでよ」
カレンはきつい口調で吐き捨てた。そのまま、今日一日ずっと抱えて感情を少女にぶつける。
「急に付いていきたいって言ったり、変な演技したり、おっさん転ばせたり……怪しいところばっかりじゃん。気持ち悪いっ」
「……気持ち悪いって……そんな……」
最後は怒声に近い口調になったカレンに、少女はひどく傷付いたようだった。口元に両手を当てた少女の薄紫色の瞳は、みるみるうちに潤み始めてしまった。
馬車は行きよりも遥かに速度を上げているせいで、ひどく揺れている。その振動で、今にも涙が零れ落ちてしまいそうだった。
───……しまった。言いすぎた。
人を傷つけることに慣れていないカレンは、強い後悔を覚えてしまう。そして謝らなければと、咄嗟に口を開こうとしたその時、
「あははっははっははは」
突然少女が腹を抱えて笑い出したのだ。
奇想天外な少女の行動が不気味すぎて、カレンは思わずリュリュにしがみついてしまった。口には出せないが、本気で馬車を降りて欲しい。
でも、リュリュはとても落ち着いていた。
慌てることなく力任せに抱き着いてきたカレンの肩を、少女から守るように抱き寄せながら口を開く。
「からかうのはおやめなさい。今すぐ、カレンさまに真実をお伝えしなさい」
「え?良いの?」
リュリュはカレンにとってかけがえのない存在であるが、この世界ではただの侍女だ。だから側室に対してこんな物言いをするのは無礼でしかない。
でも少女はそんなことは気にも留めていない。ただただ目を丸くしているだけ。でもその瞳の奥は嬉しさと期待が混ざっている。
そんな眼差しを受け、リュリュは「不本意ですが」と前置きしてから再び口を開いた。
「陛下には許可をいただいてはおりませんが、カレンさまがここまで怯えているんです。正体を晒した方が良いでしょう。罰はわたくしが受けま───」
「いや、リュリュさん大丈夫っ。私、怯えてないし。聞かなくて良いよ。あなたも余計なこと言わないでっ」
”罰を受ける”というワードに過剰に反応して、カレンはリュリュの言葉を遮った。
けれど、少女はカレンの言葉を無視して「じゃあ、改めまして」と言いながら自身の髪に手をかけた。
するり、と少女の髪が流れるように移動する。瞬きを2回繰り返したあと、それがカツラだったことにカレンは気付く。
それから少女自身の手によって桃色の髪が剥かれてしまえば、今度は柔らかそうな黄金色の短髪が現れた。
「あー暑かった」
ふぅっと肩で息をした少女の声はかなり低いが、不自然さは無かった。
つまり、この少女は性別すら演じていて、実は少年だったのだ。
そして少女の仮面を脱ぎ捨てた少年は、犬が毛並みを整えるように軽く頭を振った。首の動きに合わせて、ふわりと揺れる髪はまるで稲穂のようだった。
カレンの目が限界まで開く。
記憶違いじゃ無いか確認するために、軽く目を閉じて記憶をたどる。3回確認したけれど、やっぱり記憶の通りだった。
こくりと唾を呑んで覚悟を決めたカレンが目を開ければ、少年は人懐っこい笑みの中に、僅かに不安を滲ませてこちらを見つめていた。
「久しぶり、聖皇后さま。僕の事……覚えてる?」
「……まさか。あ、あなたトゥ・シェーナ城で会った……や、会ったは変だな。えっと何ていえば良いんだろう。ヴァーリとシダナさんに剣を向けられ……や、それも物騒だ。えっと、あの人に首を……って一番エグイわ。とにかく私、あなたのこと覚えているからっ」
残念ながらカレンは目の前の少年が誰かわかっているが、名前を知らない。
だから、共通するワードを並べて知ってると伝えようとする。
それはとても稚拙で説明不足であったが、少年はちゃんと理解してくれた。
「うん。覚えてくれているみたいで嬉しいよ」
安堵の息を漏らした少年は、眩しそうに目を細めてそう言った。
この少年は、かつて皇后候補だったシャオエに命じられカレンの息の根を止めようとした暗殺者。
そしてカレンがアルビスに懇願して、斬首は免れたものの一生獄中生活を強いられるはずの存在。
─── ロタと呼ばれていた者だった。
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