皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
110 / 148
二部 まさかの再会に驚きましたが……何か?

8

しおりを挟む
「せいこーごーへーかさまぁ、またあそびにきてね!」
「ティータもまたあいたいって!」
「こんどは、もっといっぱいあそんでね!」

 マルファンに暇を告げて孤児院を去ろうとしたカレンに、イルたちが声をかける。

 寂しさと親しみがこもったそれにカレンが頷けば、子供たちは、ぱぁっと顔を輝かせて「またね!」と言いながら手を振る。

 小さく手を振り返しながらカレンは、少し離れた場所に停めてある馬車まで移動した。そして馬車に乗り込もうとした瞬間、また声を掛けられた。

「聖皇后陛下、本日こそはロアンナ神殿にお越しいただけると思いまして、こちらでお待ち申し上げておりました」

 太く低いそれは、聞き覚えがある年を重ねた男の声だった。

 声のする方に視線を向ければ、見覚えのある男──ウッヴァと、もう一人、聖職者の衣装を着た壮年の恰幅の良い男がいた。

 今日は神殿に寄る予定もなければ、通達をした覚えもない。なのに神殿の守り人たちがここに居る。

(なんで?)

 カレンはそこまで考えて、ぞっとした。

 この二人は、いつ来るかわからない自分をここで見張っていたのだ。もしくは、王城から出発した馬車の後を尾行していたのかも。

 孤児院は帝都の離れにある。周囲は緑が多くて、身を潜ませる場所はいくらでもある。

(賄賂を受け取らなかったから?どうしても援助を頼みたかったから?あの日、立ち寄らなかったことが気に入らなかったから?)
 
 思い付く理由を頭の中で並べ立てても、答えなんて出てこない。ただただ気味が悪いだけ。その気持ちは消えるどころか、どんどん大きくなっていく。

「どうされました?さぁ、一刻も早く馬車にお乗りください」
「ちょっと待って。私、今日は……そんなつもりじゃ」

 口元だけに笑みを張り付けて近づいてくるウッヴァに、カレンは狼狽して後退る。

 そうすればウッヴァは、きょとんとした。

「まさか神殿に来ていただけないと?……孤児院には足を向けたというのに?」
「は?」

 これまでのカレンにとったら、孤児院と神殿はセットだけれど、ウッヴァにとったら無関係のはずだ。カレンの眉間に皺が寄る。

(どうして?) 

 カレンが心の中で呟けば、まるでそれを聞いていたかのように、ウッヴァが口を開く。

「恐れながら申し上げますが、孤児院はもともと教会が設立したものでございます。そして聖皇后陛下は尊き存在であり、その立場の御仁が神殿を蔑ろにするなど許されぬ行為ではありません」
「ちょっ、なに言って……」
「はっきり申し上げます。教会に肩入れするのはお控えください。聖皇后陛下は魔力が衰退し、地に落ちてしまった神殿の権威を立て直す使命がございます。それをお忘れになるとは、何とも由々しき事態……今一度ご自身の役割を見直していただきとうございます」
「いや、だから……ちょっと待ってよ……」

 ペラペラと喋るウッヴァの言葉に、カレンは呆気に取られてしまった。

 神殿を蔑ろにするなど許されぬ行為?
 神殿の権威を立て直す使命?
 自身の役割を見直せ?

 どれ一つとっても、理解の範疇を超えた内容で、カレンはとにかく逃げたい気持ちから更に後ずさる。でもウッヴァは、空いた距離の分だけ、歩を進める。
 
 どこまでもついてこられそうば恐怖に襲われたカレンは、縋るようにすぐ隣にいるリュリュを見つめる。見上げたリュリュは、何かが枷となって動けないようだ。

 でもリュリュは迷いを振り切るように、カレンの盾になる為一歩前に出たその時──

「ねぇーまだ帰らないんですかぁー。わたくしもう疲れましたのぉー」

 場違いなほど、能天気な声が緊迫した空気を切り裂いた。

 声の主は、アルビスの愛人である少女だ。

 これまでずっと良い子だった少女の豹変に、カレンはぎょっとしてそこに目を向ける。ばちっと音がしそうな程、視線がぶつかってしまった。

「ねえ聖皇后陛下、わたくしはいつまでここで立ち往生しなければならないの?早くお部屋に戻りたいですわ」

 頬を膨らませ不機嫌そうな顔をする少女は、ウッヴァの前に移動した。

「聖皇后陛下は、この後わたくしとお茶をする予定となっておりますの。ごめんあそばせ」

 カレンに背を向けているから、少女の表情は見えないが、ウッヴァが忌々しげな顔をしている。よほど憎たらしい笑みでも浮かべているのだろう。 

 そんな中、少女はおもむろに振り返った。シフォンのドレスがふわりと舞って、さっき見た花壇のお花みたいなだなと思ってしまう。

 でもウッヴァは、花でも蝶でも踏みにじる人種だった。

「ふざけるなっ。側室風情が、我々にそのような物言いをするとはっ」

 ウッヴァは、乱暴に言い捨てながら荒々しくい少女に手を伸ばす。

 これは下手をしたら殴られてしまうかもとカレンが息を呑んだ瞬間、なぜだかわからないけれどウッヴァはその場に尻もちをついた。

「っ!……えっ!?」

 ウッヴァを助け起こそうとしたもう一人の守り人も、尻もちを付いた。二人は揃ってふくよかな体系で、なかなか起き上がることができない。

「さぁ、聖皇后陛下。今のうちに帰りましょう」

 唖然としているうちに、少女が腕を絡ませる。

 世界で一番憎い男の愛人との腕組みなど嬉しくないが、カレンは振りほどく時間を惜しんで馬車へと駆け込んだ。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

古森きり
恋愛
平凡な女子高生、加賀深涼はハロウィンの夜に不思議な男の声を聴く。 疎遠だった幼馴染の真堂刃や、仮装しに集まっていた人たちとともに流星群の落下地点から異世界『エーデルラーム』に召喚された。 他の召喚者が召喚魔法師の才能を発現させる中、涼だけは魔力なしとして殺されかける。 そんな時、助けてくれたのは世界最強最悪の賞金首だった。 一般人生活を送ることになった涼だが、召喚時につけられた首輪と召喚主の青年を巡る争いに巻き込まれていく。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。 [お願い] 敵役へのヘイト感想含め、感想欄への書き込みは「不特定多数に見られるものである」とご理解の上、行ってください。 ご自身の人間性と言葉を大切にしてください。 言葉は人格に繋がります。 ご自分を大切にしてください。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

期限付きの聖女

波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。 本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。 『全て かける 片割れ 助かる』 それが本当なら、あげる。 私は、姿なきその声にすがった。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

処理中です...