皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
109 / 148
二部 まさかの再会に驚きましたが……何か?

7

しおりを挟む
「あのね、この花はラガーって言って夏に咲くお花なんだよ」
「そうなのね」
「で、こっちはヒバッタって言って、葉っぱにイガイガがあるんだよ」
「まぁ、そうなの」
「あと、お花は太陽と水をいっぱいあげると、綺麗に咲くんだよ」
「ふふっ、わかりましたわ」

 ラークとイルが少女に向かって一生懸命花壇の花について説明をしている。マルファンもすぐ傍で、穏やかな表情を浮かべて子供たちを見守っている。

 カレンはそんな4人のやり取りを木箱に腰掛けてぼんやりと見ている。膝に猫もどきのティータを乗せて。

「……あの子、すごい」
「……ええ、カレン様のおっしゃる通りです」

 カレンがぼそっと呟けば、リュリュは神妙な顔で返事をする。膝にいるティータは、ニィーと合いの手を入れるように鳴いた。

「せいこうごうへーかさまもすごいです」
「え?」
 
 ティータの鳴き声に重なるように、横に座るロッタが目を輝かせた。

「あのね、ティータはとっても臆病なんだ。それに好き嫌いが激しくて、嫌いな人にはガブッて噛みつくんだよ」
「そ、そうなの?」
「うん。でもね、好きな人にはべったりくっつくの」
「ふぅーん」
「……僕たちはティータと仲良くなるのに、2ヶ月かかったんだけど……せいこうごうへーかさまはすごいです。だって、2回しか会ってないのに、ティータはこんなにべったりなんだもん」
「そっか」

 カレンはロッタの言葉に頷きながら、ティータに目を向ける。

 この真っ白な猫もどきの正式名称はシャパンといって、もともと高山地帯に生息する小動物。見た目の愛らしさから近年ペットとして人気が高い。

 けれど警戒心が強く人になかなか懐かないせいで、飼い始めてすぐに野放しにする飼い主もいるという。ティータもその犠牲になった一匹だ。

(こんな可愛い生き物を捨てるなんて最低!飼い主が路頭に迷えばいいのに)

 怒りを覚えるカレンだが、小さな生き物が懐いてくれるのは純粋に嬉しい。たとえイルカが弱っている人に近づいてくるのと同じ原理だとしても。

「教えてくれてありがとう」

 カレンがロッタに微笑みかければすぐに、へへっと照れ笑が返ってきた。

「あのおねえさんは、勉強できたかなぁ?」
「大丈夫、しっかりラーク君とイル君が教えてくれたから、もう先生に怒られることはないよ」
「そっかぁ。じゃあ、僕も教えてあげにいこう!」

 そう言って、ロッタは勢いよく木箱から降りると、パタパタと花壇に駆け出して行った。

「……ねえリュリュさん、それにしてもさぁ」
「はい。なんでしょう」

 ロッタが花壇に到着したのを待って口を開いたカレンに、リュリュも控えめな声で応じる。

「孤児院って言っても貧富の差って……あるんだね」
「ええ……まぁ」
「あの人皇帝陛下のくせに、えこひいきとかしてるの?」
「まさかっ」

 慌てて首を横に振るリュリュに、カレンは「じゃあ何で?」と質問を重ねる。

「わたくしもそこまで詳しくはありませんが、孤児院というのはもちろん政府からの支援もありますが、貴族からの援助で左右されるそうです」
「いい支援者がみつからなければ貧乏になるってこと?」
「言葉を選ばなければ……そうなります」
「そっかぁ」

 カレンは一先ずリュリュの説明に頷いたものの、内心はもやもやが広がっていた。

 アルビスが賄賂とかを受け取って孤児院の援助を差別していたなら、口汚く罵って平等に孤児院に支援が行き届くよう訴えることができただろう。

 でも、そうじゃなかった。カレンも内心、彼はそんなことをしない人だと思っている。

 アルビスは政務に関してはとても誠実で、平等で、厳しい。

 城内を歩けば、アルビスの評価は否が応でも耳に入る。陰口を叩く連中は、きまって腹黒い何かを抱えて、自分の要求が通らなかったことへの愚痴を零している。

 カレンはメルギオス帝国の聖皇后だ。それこそ望めば膨大な資金を動かすことができるし、黒いものを白に変える権力だってある。

 でも復讐の為だけに聖皇后になった自分が、それを安易に使うのはフェアじゃない。

 それにそこまで心を砕く必要があるの?と不満を漏らす自分もいる。とはいえ、ふぅーんと流すことはできそうにない。

 聖皇后が座る椅子が空き箱しかないほど、この孤児院は本当に貧しい。きらびやかな服を着ている自分を申し訳ないと思ってしまうくらいに。
 
 だからと言って、どうすることもできない。アルビスに泣きつくなんて死んでも嫌だ。

「……辛いなぁ」

 カレンは、花壇の前で楽しそうにマルファンに甘えるラーク達を見つめる。

(でも貧しくっても、あの子達には帰る家がある)

 それがどんなに幸せなことなのか、カレンは知っている。貧しくても、彼らはちゃんと幸せなのだ。別に自分がアレコレ考える必要はない。

 そんなふうに割り切ろうとしたが、ギリッと心が軋んでカレンは親指の爪を噛む。何度も歯を当てた
そこは、歪な形になってしまっていた。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...