皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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二部 まさかの再会に驚きましたが……何か?

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 焦るカレンを救ったのは、リュリュだった。

「坊やたち、聖皇后陛下を困らせてはなりませんよ」
 
 流れるような足取りでカレンのすぐ横に立ったリュリュは、子供達に笑みを向ける。

 すぐに6個の目はカレンから、リュリュへと移動した。

「あの少女は、今日はお勉強をするためにここに来たのです」
「べんきょー?」

 余程、勉強が苦手なのだろうか。すかさずロッタが苦い顔をした。

「そうです。実はですね」

 リュリュはそこまで言うとカレンと同様に子供たちの前にしゃがんで、人差し指を自身の口元に当てた。

 そして声をかなり落として続きを語る。

「あの者はあまりにお勉強ができなくて先生に怒られてばかりで……それを見かねた聖皇后陛下が野外授業をさせてあげようと思い、今日一緒にここに来たんです」
「へぇー」
「そうなんだ」

 ラークとロッタはリュリュの説明にこくこくと何度も頷くが、イルはきょとんとしている。多分、内容をうまく把握できないのだろう。

 リュリュもそれに気づいているが、補足を入れずに、続きを語る。ここからが一番大事と言わんばかりに表情を厳しくして。

「でも、これは内緒のことなんです。だってお勉強ができない子はたくさんいるのに、あの子だけ特別扱いをしたことになりますからね。でも、坊やたちは、勉強が嫌でちょっと気分転換したい時もあるでしょ?」
「うん!」
「もちろん!」
「う、うん」

 食い気味に頷くラークとロッタは余程の勉強嫌いと見た。イルはその場のノリで頷いている。

「だから、ね。今日の事は秘密にして欲しいんだけど……いいかな?」

 リュリュは厳しい表情から、再び笑みを浮かべて子供に同意を求める。

「大丈夫!僕たち誰にも言わないよっ」
「絶対に内緒にするから安心して!」
「う、うん!」

 大人からのお願いに素直に頷く3人を見て、カレンはマルファンが日頃子供たちに対して、どんな風に接しているのかよくわかった。

「……リュリュさん、ありがと」
「いえ。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「ううん、そんなこと言わないで。本当に助かったんだから」
「ふふっ、光栄にございます」

 少女の存在を上手に誤魔化して、しかも口止めまでするなんて、自分にはできなかった。

 カレンは立ち上がってマルファンに目を向ける。

 彼はダリアスと何やら込み入った話をしているようで、難しい顔……というか困り果てた顔をしていた。

(何かあったのかな?)

 到着してまだ数分。前回みたいな騒ぎを起こした覚えはない。唯一考えられるのはと、カレンは少女に視線を向ける。

 予想に反して少女は、マルファンのすぐ傍にいるが、相変わらずにこにこと人畜無害に徹している。

 少し悩んだけれど、カレンはマルファンの元に駆け寄り、直接訊くことにした。

「あのう、どうしたんですか?……マル……いえ、ダリアスさん」

 迅速な回答を貰うために、カレンはつつっと視線を横にずらして騎士団長に問うた。

「実はですね、聖皇后陛下をお通しできる部屋が無いそうです」
「は?」

 間抜けな声を出すカレンに、マルファンはおずおずと挙手をした。

「恐れながら……あ、あの……は、発言の許可をいただいてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「まことにお恥ずかしい話なのですが……我が孤児院では、先日お通しした客間が一番豪華な部屋でして……でも、本日はあの部屋に入りきれないと思われます」
「あ、そうなんだ」

 前回通してもらった客間は、元の世界では四畳半程度のスペースしかなかった。

 そこにソファや、チェストやテーブルも置いてあるから、体感的にはもっと狭く感じたことをカレンは思い出す。

「それ以外はその……壁に穴は開いているわ、窓ガラスは割れたままで……そもそも護衛の騎士様を含めた皆々様を収容できるほどの大きな部屋が存在しないのです……誠に申し訳ございません」
「……う、うん」

 何かごめん、と言いたくなるようなマルファンの説明に、カレンは頷くことしかできない。

 確かにこの孤児院はこれまで訪問した中ではダントツにボロイ。もしこれが自分の家だったら……と考えたカレンは、マルファンが長居をして欲しくないことに気付いた。

「そっか、わかった。じゃあラーク君たちにもお礼を伝えることができたから、そろそろ帰ります」

 当初の目的は達成できたし、困らせるつもりもない。

 カレンはダリアスに帰路に就く準備をしてと目で指示を出す。けれど、ここで少女がしゃしゃり出た。

「……聖皇后陛下、お願いがございます」
「え……な、何?」

 カレンのドレスの袖を引っ張りながら、少女はこう言った。

「あちらの花壇を見せて頂いてから帰ってもよろしいでしょうか?」
 
 上目遣いに問うた少女は、あざとさすら感じられるほど可憐にねだる。

「……花……見たいの?」
「はい。ほんの少しのお時間で結構ですので……聖皇后陛下……何卒わたくしにご慈悲を……」
「う……うう……うーん」

 カレンは人目を憚ることなく呻いてしまった。

 正直、花を見るくらい構わない。好きにすればいい。でも、この少女はアルビスの愛人だ。目を離した隙に何をしでかすかわからない。心の天秤は、ナシの方に傾いている。

「あのさ、悪いけどそれはまた今度に──」
「えーっ、もう帰っちゃうの!?」

 タイミング悪くラーク達の非難の声が飛んできて、カレンの心の天秤が再び揺らぐ。悩んだ末に、カレンは子供たちの要求にこたえることにした。

「……見たら、すぐ帰るよ。マルファンさんたちに迷惑かけたら悪いし」
「え?あ……は、はい。もちろんでございますわ」

 カレンの最後の一文に、少女は驚いたように目を丸くした。

 でもすぐにふわりと、心から嬉しそうに笑うと深く腰を落とした。
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