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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?
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(使命とか、笑えるんですけど)
カレンは、この世界に来たいと望んだわけでもなければ、神様に頼まれたからでもない。アルビスに誘拐されたのだ。
それなのにウッヴァは、使命とやらを押し付けてくる。もう怒りを通り越して笑い声すら上げたくなる。
いっそ壊れたように笑えば良かったのに、口から出たのは疲れ切った溜息だった。ウッヴァの顔が、ものの見事に引き攣った。
「恐れながら聖皇后陛下、お話を聞いておられましたでしょうか?」
「さぁ、どうかな。それよりちょっと痩せたら?太り過ぎは身体に悪いよ、おじさん」
「……な!」
にこっと笑って首を傾げてみせれば、ウッヴァの顔は醜く歪み、背後に立つリュリュとアオイが、同時に噴き出した。
「せ、聖皇后陛下……お戯れはおやめください」
精一杯感情を押し殺して、彼なりに聖職者らしい表情を作っているようだが、見事に失敗している。
(それにしても、もっと噛みついてくるかと思ったけど、これは意外だな)
食に対する我慢はできなくても、辛抱強い一面もあるらしい。
そんな新たな発見があっても、どうでもいい。こっちは、まともな会話をしようなんて、これっぽっちも思っていない。
だって目の前にいるウッヴァは、カレンに「私は右も左もわからない聖皇后です」という顔をして、無知でいて欲しいだけなのだ。そんなの冗談じゃない。
無知なら無知なりに、もがいていなければ、いいようにされてしまう。自分の意思など無視される。いや、はなから自分に意思など持っていないと決めつけられてしまう。
それがどれだけ尊厳を傷付けることだと、この人はわかっているのだろうか。
これまで何度も味わってきた屈辱を思い出し、カレンはドレスの裾を握りしめる。
「ねえ、さっきから使命、使命って、うるさいんだけど、それって私に何の関係があるの?」
最後は、いっそ無邪気といえるほど、思いっきり笑ってやった。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。ウッヴァのたるんだ頬が、小刻みに震えている。
「か……関係ございます。聖皇后陛下は神殿を救うために、この地に降り立ったのですから」
「そんなわけないじゃーん」
「なぜそのようなことを……神の御心を無視されるおつもりですか?」
「私、神様の声なんて聞いてないから知らない。私は自分で見たものだけしか信じないもん」
「ならば、わたくしめが神に変わって説きましょう。聖皇后陛下の使命を。ご安心ください。わかりやすく教えて差し上げますから」
これまで見た限り、ウッヴァは己の私利私欲のためなら、どんな人間にも媚びへつらう、プライドのない男だ。
そしてこの男は自分をとことん舐めている。尻尾を振る演技さえしていれば、どうにか懐柔できると今でも信じて疑わない。
(くだらない。誰がコイツの思うようにさせるもんか)
「あのさぁ信仰心が薄れるのは何か理由があるんでしょ。栄えたり、廃れたりって、自然の摂理なんだから仕方ないじゃない。悪あがきはやめなよ。あと、人を都合よく使うのやめてくれない?」
「……な、なんと……そんな」
傷ついた顔をするウッヴァを、カレンは冷めた目で見る。
言い過ぎたことは、自覚している。でも、それだけ。おじさんと呼ぶべき男が泣きそうな顔をしているのに、まるで心が動かされない。罪悪感なんてこれっぽっちも湧いてこない。
みんなみんな、都合のいい理由ばっかりを押し付けてくるのだから、こっちだって自分勝手にしたっていいじゃんと、そんな気持ちにすらなってくる。
元の世界で、カレンは良い子だった。シングルマザーの環境で非行に走ることもなければ、陰湿な苛めに加わることもしなかった。成績もそこそこで、なんだかんだと面倒見が良くて、友達もたくさんいた。
なのに、どうしてこの世界に来てから、嫌なことばかりしちゃうのだろう。
醜く変わっていく自分を、一体誰のせいにすればいいのかわからない。変わりたくて、変わったわけじゃないのに。
「もう二度と私の前に現れないで。気持ち悪いことするのはやめて」
「何をおっしゃっているのかわかりません。恐れながら私共は、己の使命を全うしているだけ。神に誓って、恥ずべき行為はしておりません」
「はっ」
盗人猛々しいとはまさにこのこと。カレンは鼻で笑う。そうしてまた、意地が悪くなった自分に嫌気がさす。
でも仕方がない。良い子でいれたのは、元の世界が自分にとって優しい世界だったからだ。
なら優しくない世界で、良い子であり続ける必要なんてない。
「ウザいんだけど、おじさん。私は行きたい場所だけに行くし、やりたいことだけをやるの。ここは私の行きたい場所じゃない。おじさん達を支援するのもやりたくないこと。だから私の邪魔をしないで。もしこれ以上、好き勝手なことをするなら、私にも考えがあるわ」
挑むよう睨む自分は、ウッヴァが望む理想像──大切に守られ、無知も幼さも魅力として扱われる、可憐な聖皇后とは正反対に見えているだろう。
「あとさぁ、そこまで教会を見下すことができるんだったら、いっそ優しくしてあげたら?可哀相な捨て猫に餌をあげる感じで。そうすれば、世間体も良くなって神殿の株も上がるじゃん。大好きな寄付金とか名誉とかも一緒に付いてくるだろうし」
だから私のことは放っておいて。最後にそう吐き捨てて、カレンは胸に流れた髪を背中に払った。
宗教も、政治もさっぱりわかっていないくせに、何を偉そうに。そう笑われると思いきや、ウッヴァはギュッと両手を組んで項垂れた。
「……そんなことができるのなら、もうとっくにしてますよ」
その声はとても弱々しくまるで別人のようだった。
カレンは、この世界に来たいと望んだわけでもなければ、神様に頼まれたからでもない。アルビスに誘拐されたのだ。
それなのにウッヴァは、使命とやらを押し付けてくる。もう怒りを通り越して笑い声すら上げたくなる。
いっそ壊れたように笑えば良かったのに、口から出たのは疲れ切った溜息だった。ウッヴァの顔が、ものの見事に引き攣った。
「恐れながら聖皇后陛下、お話を聞いておられましたでしょうか?」
「さぁ、どうかな。それよりちょっと痩せたら?太り過ぎは身体に悪いよ、おじさん」
「……な!」
にこっと笑って首を傾げてみせれば、ウッヴァの顔は醜く歪み、背後に立つリュリュとアオイが、同時に噴き出した。
「せ、聖皇后陛下……お戯れはおやめください」
精一杯感情を押し殺して、彼なりに聖職者らしい表情を作っているようだが、見事に失敗している。
(それにしても、もっと噛みついてくるかと思ったけど、これは意外だな)
食に対する我慢はできなくても、辛抱強い一面もあるらしい。
そんな新たな発見があっても、どうでもいい。こっちは、まともな会話をしようなんて、これっぽっちも思っていない。
だって目の前にいるウッヴァは、カレンに「私は右も左もわからない聖皇后です」という顔をして、無知でいて欲しいだけなのだ。そんなの冗談じゃない。
無知なら無知なりに、もがいていなければ、いいようにされてしまう。自分の意思など無視される。いや、はなから自分に意思など持っていないと決めつけられてしまう。
それがどれだけ尊厳を傷付けることだと、この人はわかっているのだろうか。
これまで何度も味わってきた屈辱を思い出し、カレンはドレスの裾を握りしめる。
「ねえ、さっきから使命、使命って、うるさいんだけど、それって私に何の関係があるの?」
最後は、いっそ無邪気といえるほど、思いっきり笑ってやった。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。ウッヴァのたるんだ頬が、小刻みに震えている。
「か……関係ございます。聖皇后陛下は神殿を救うために、この地に降り立ったのですから」
「そんなわけないじゃーん」
「なぜそのようなことを……神の御心を無視されるおつもりですか?」
「私、神様の声なんて聞いてないから知らない。私は自分で見たものだけしか信じないもん」
「ならば、わたくしめが神に変わって説きましょう。聖皇后陛下の使命を。ご安心ください。わかりやすく教えて差し上げますから」
これまで見た限り、ウッヴァは己の私利私欲のためなら、どんな人間にも媚びへつらう、プライドのない男だ。
そしてこの男は自分をとことん舐めている。尻尾を振る演技さえしていれば、どうにか懐柔できると今でも信じて疑わない。
(くだらない。誰がコイツの思うようにさせるもんか)
「あのさぁ信仰心が薄れるのは何か理由があるんでしょ。栄えたり、廃れたりって、自然の摂理なんだから仕方ないじゃない。悪あがきはやめなよ。あと、人を都合よく使うのやめてくれない?」
「……な、なんと……そんな」
傷ついた顔をするウッヴァを、カレンは冷めた目で見る。
言い過ぎたことは、自覚している。でも、それだけ。おじさんと呼ぶべき男が泣きそうな顔をしているのに、まるで心が動かされない。罪悪感なんてこれっぽっちも湧いてこない。
みんなみんな、都合のいい理由ばっかりを押し付けてくるのだから、こっちだって自分勝手にしたっていいじゃんと、そんな気持ちにすらなってくる。
元の世界で、カレンは良い子だった。シングルマザーの環境で非行に走ることもなければ、陰湿な苛めに加わることもしなかった。成績もそこそこで、なんだかんだと面倒見が良くて、友達もたくさんいた。
なのに、どうしてこの世界に来てから、嫌なことばかりしちゃうのだろう。
醜く変わっていく自分を、一体誰のせいにすればいいのかわからない。変わりたくて、変わったわけじゃないのに。
「もう二度と私の前に現れないで。気持ち悪いことするのはやめて」
「何をおっしゃっているのかわかりません。恐れながら私共は、己の使命を全うしているだけ。神に誓って、恥ずべき行為はしておりません」
「はっ」
盗人猛々しいとはまさにこのこと。カレンは鼻で笑う。そうしてまた、意地が悪くなった自分に嫌気がさす。
でも仕方がない。良い子でいれたのは、元の世界が自分にとって優しい世界だったからだ。
なら優しくない世界で、良い子であり続ける必要なんてない。
「ウザいんだけど、おじさん。私は行きたい場所だけに行くし、やりたいことだけをやるの。ここは私の行きたい場所じゃない。おじさん達を支援するのもやりたくないこと。だから私の邪魔をしないで。もしこれ以上、好き勝手なことをするなら、私にも考えがあるわ」
挑むよう睨む自分は、ウッヴァが望む理想像──大切に守られ、無知も幼さも魅力として扱われる、可憐な聖皇后とは正反対に見えているだろう。
「あとさぁ、そこまで教会を見下すことができるんだったら、いっそ優しくしてあげたら?可哀相な捨て猫に餌をあげる感じで。そうすれば、世間体も良くなって神殿の株も上がるじゃん。大好きな寄付金とか名誉とかも一緒に付いてくるだろうし」
だから私のことは放っておいて。最後にそう吐き捨てて、カレンは胸に流れた髪を背中に払った。
宗教も、政治もさっぱりわかっていないくせに、何を偉そうに。そう笑われると思いきや、ウッヴァはギュッと両手を組んで項垂れた。
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その声はとても弱々しくまるで別人のようだった。
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