皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

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 ウッヴァの不遜な態度が崩れていく。薄暗く息が詰まる部屋の空気が、哀愁を帯びていく。

 背後に立つリュリュとアオイが、小さく息を呑むのが気配でわかった。

「ねぇ、おじさん……」

 思わず「泣いてるの?」と尋ねそうになって、やめた。

 ウッヴァはカレンが言葉を止めても、項垂れたまま肩を震わしている。何も言わないし、こちらを見ようともしない。

 それがとても、もどかしい。彼が伝えたかったのは一体何だったんだろう。何を求めていたのだろう。もしかして『金と名誉と地位』とかじゃなくって、もっと別の何かだったのだろうか。

 今のウッヴァは、神殿の守り人の仮面を外した、ただのおじさんだ。自分ひとりじゃ抱えきれない悩み事を抱えて、苦しんでいる。

 きっとこの苦しみから解放されたくて、自分に救いの手を求めたのだろう。欲望を満たしたかったのではなく、助けてほしかったのだ。

(だったら、こんな回りくどいやり方なんてしなくていいのに)

 こんなやり方は間違っている。人の心を動かしたいなら、もっと別のやり方がある。

「おじさん、やって欲しいことがあるなら、ちゃんと言って。押し付けたりなんかしないで。思い込みだけで話をしないで。そうしたら、私……ちょっとはあなたの話を聞くよ」

 異世界人だからとか、聖皇后だからとか、そういう線引きをしないで。

「私、おじさんが思ってるよりも、できることは少ないよ。やりたくないこともいっぱいある。でも……できなくても、できないなりに一緒に考えるよ」

 ついさっきまで関わり合いたくないと思っていた相手に、こんな言葉をかけてしまうなんて。急激な心の変化に、カレン自身が戸惑ってしまう。

 でも不思議と不快ではない。

「私に何をしてほしいの?何を求めてるの?ねえ、おじさんの言葉で、聞かせて。教えてくれなくっちゃわからない。なんにも答えられないよ」

 カレンが心を込めた言葉はウッヴァに届き、彼はゆるゆると顔を上げる。そして初めて、

「……あなた様じゃなきゃ、できないことなのです」

 絞りだしたウッヴァの声音はか細く、震えていた。

「私じゃなきゃできないことって、何?」
「……それは」
「うん」
「この神殿の……大切な……」
「うん」
「わ、わたくしが命より大事にしております……」
「うん……ん?ど、どうしたの??」

 辛抱強くウッヴァの言葉に耳を傾けていたが、急に部屋の空気が変わった。

 ピリピリと肌を刺すような緊張に包まれ、ウッヴァの表情が凍り付く。

 何事かと、椅子に座ったままの状態で振り返る。リュリュとアオイを見ようとしたカレンの目が、限界まで開かれた。

「ちょっと、何であんたがここにいるのよ」

 これ以上無いほど嫌な顔をされたカレンに、乱入者──アルビスはバツが悪そうにしながらも、口を開く。

「鐘の音はとうに鳴った」
「は……?」
「門限を守らないなら、迎えに行くのは当然だろう」
「え……意味わかんないんだけど」

 門限が定められているなど、聞いていない。

 何をしてもいいと言われても、結局は護衛と称して四六時中誰かに監視されているのに、一方的に門限まで定められていた現実に、カレンはカッとなる。

 これでは動物園のサルと一緒ではないか。

「そんなの聞いてない」
「聞かれてはいないから、伝えていない」
「なにそれ──もういい。出ていって」

 これ以上付き合っていられるかと、カレンはアルビスに背を向ける。

 姿勢を元に戻した先にいるウッヴァは、委縮しきっていて、もう話せるような状態ではない。

(ああっ、もう!)

 やっとウッヴァと向き合うことができたのに。これじゃあ、台無しじゃないか。

 これまでの苦労が水の泡になってしまったカレンの怒りの矛先は、もちろんアルビスだ。

「どうしてくれるのよ、もう!」

 バンッとテーブルを叩いて立ち上がったカレンは、再びアルビスと向き合う。

「あんたねぇ、突然出てきて……っ、ちょ、リュリュさん──んぐっ!」 

 アルビスに噛みつこうとしたら、なぜかリュリュの手によって口を塞がれてしまった。

 侍女のまさかの裏切りに、カレンはくしゃりと顔を歪ませる。

「ご無礼をお許しください。そして、どうか少しの間だけご辛抱を……後で、どんな罰でも受けますので」

 囁かれた声音は、カレンを案じる響きだった。
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