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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?
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カレンが黙れば、アルビスが完全にこの場を支配した。
カツン、カツン、とわざと靴音を響かせて、アルビスはウッヴァに近づいていく。
椅子に座ったまま、礼を執ることを忘れて委縮していたウッヴァは、転げ落ちるように床に膝をつき、両手を祈りの形に組む。
まるで、神に祈りを捧げているみたいだ。
「ウッヴァよ、私が何も知らなかったとでも思っているのか?」
問われたところで、ウッヴァには発言権はない。
彼に許されているのは、床にひれ伏すことだけだ。
アルビスは、カレンが座っていた椅子の背をカツンと爪で鳴らした。場の空気が更に凍りつく。
真夏のはずなのに、ここだけは真冬のようだ。怖くて、寒い。
「随分と好き勝手な真似をしてくれたな」
感情のない静かな声は氷の刃のようで、それが容赦なくウッヴァを刺していく。
相手の言い分も聞かずに、アルビスは一方的に責めている。それなのにカレンは、弱い者いじめだと罵ることができない。
アルビスとウッヴァは対等ではない。なぜならアルビスは皇帝だから。
民主主義の世界で育ったカレンは、絶対君主制がどんなものなのか、いまいちピンときてなかった。
しかし今繰り広げられている光景は、絶対君主制の縮図だ。
皇帝は、何があっても絶対的な存在なのだ。
そんな相手に普段から噛みつくカレンは、自分でも理解できない感情が溢れてくる。
あれだけ失礼な態度を取っているのに、アルビスはずっと黙って受け入れている。
それは人一人の人生を滅茶苦茶にした贖罪だから?自分の存在って、そこまで大きいの?皇帝という立場を凌駕できるほど?
カレンの頭には、そんな疑問がぐるぐると回る。リュリュに口を塞がれた状態で、必死に答えを探す。
「うぬぼれるな、ウッヴァ。たかだが神殿の守り人風情が、皇室に影響を与えることができると思ったのか?」
アルビスが再び椅子の背を爪で弾いた音で、カレンは現実に戻る。
(止めなくっちゃ)
これ以上、傍観していたら取り返しのつかないことになる。そんな嫌な予感がして、カレンは必死にもがくが、リュリュは拘束を緩めない。
そうしているうちに、カレンの予感が現実となってしまった。
「これまでの傍若無人な振る舞いについて、それ相応の処分を受ける覚悟はできているのだな」
それ相応の覚悟──この言葉が、死に直結することに、カレンは気づいている。
この世界では、死は元の世界より身近にある。皇帝陛下の匙加減で、人の命は簡単に消えていく。
かつて自分を暗殺しようと企んだシャオエだって、もうこの世にはいない。
(待って。やめて!)
シャオエが処刑されたと聞いた時、身も心もボロボロで「あ、そう」と聞き流すのが精一杯だった。
……違う。聞き流したフリをした。考えるのが恐ろしかったから。
シャオエのことを好きだったわけじゃない。それなりに腹を立てていたし、恨んだりもした。でも極刑までは、望んではいなかった。
取り返しのつかない過去を嘆くなら、ちゃんと声に出して訴えなければならなかった。アオイだけを救うのではなく、シャオエにも自分が納得できる量刑を求めるべきだった。
今ならわかる。あの時の自分の判断は間違っていた。
よその世界のことだからと、目を閉じ、耳を塞ぎ、背を背けたけれど、小さな後悔は消すことができず、日に日に大きくなっていった。
この世界と、関わり合いを持ちたくないと思ったのは事実だが、知らない人達が、勝手に自分の像を作り上げていくことが堪らなく不快であることも事実。
それに、もう二度と、あんな思いはしたくない。ウッヴァは嫌な奴だったけれど、殺されるほど悪行をしたわけじゃない。
「もはや量刑を伝える必要はない。祈りの時間も、お前には不要だ」
ウッヴァに言い捨てたアルビスは、腰に差してあった剣に手をかける。シャッと金属がこすれ合う音がして、鞘から剣が抜かれた。
僅かに差し込む夕日に反射して、剣は燃えているようにも、既に血を浴びているようにも見える。
(止めないと!なんとしても、止めなくっちゃ!!)
焦ったカレンは、辺りを見渡し──視界に入ったそれを、思いっきり足で蹴とばした。
──ガタ……ガタンッ!!
派手な音を立てて、カレンが座っていた重厚な椅子が倒れたが、それは床ではなくカレンの足の上だった。
(痛い!ホント痛い、コレ!!)
思わぬ誤算に、カレンは涙目になる。
しかしこのおかげで、凍てついていた空気が消えた。アルビスは剣を放り出してカレンの元に駆け寄り、リュリュも口を塞いでいた手を離した。
「……カレン様、マジで何やってんの」
青ざめならが呆れ顔になるアオイは、軽々と倒れたイスを元に戻した。
短く礼を言ったカレンは立ち上がり、ひょっこひょっこと足を引きずりながら、ウッヴァの元へと近づく。
「カレン、止まるんだ」
引き留めようとするアルビスの声音は、命令というより懇願に近い。
それを無視してウッヴァを背に庇ったカレンは、アルビスと向き合った。
カツン、カツン、とわざと靴音を響かせて、アルビスはウッヴァに近づいていく。
椅子に座ったまま、礼を執ることを忘れて委縮していたウッヴァは、転げ落ちるように床に膝をつき、両手を祈りの形に組む。
まるで、神に祈りを捧げているみたいだ。
「ウッヴァよ、私が何も知らなかったとでも思っているのか?」
問われたところで、ウッヴァには発言権はない。
彼に許されているのは、床にひれ伏すことだけだ。
アルビスは、カレンが座っていた椅子の背をカツンと爪で鳴らした。場の空気が更に凍りつく。
真夏のはずなのに、ここだけは真冬のようだ。怖くて、寒い。
「随分と好き勝手な真似をしてくれたな」
感情のない静かな声は氷の刃のようで、それが容赦なくウッヴァを刺していく。
相手の言い分も聞かずに、アルビスは一方的に責めている。それなのにカレンは、弱い者いじめだと罵ることができない。
アルビスとウッヴァは対等ではない。なぜならアルビスは皇帝だから。
民主主義の世界で育ったカレンは、絶対君主制がどんなものなのか、いまいちピンときてなかった。
しかし今繰り広げられている光景は、絶対君主制の縮図だ。
皇帝は、何があっても絶対的な存在なのだ。
そんな相手に普段から噛みつくカレンは、自分でも理解できない感情が溢れてくる。
あれだけ失礼な態度を取っているのに、アルビスはずっと黙って受け入れている。
それは人一人の人生を滅茶苦茶にした贖罪だから?自分の存在って、そこまで大きいの?皇帝という立場を凌駕できるほど?
カレンの頭には、そんな疑問がぐるぐると回る。リュリュに口を塞がれた状態で、必死に答えを探す。
「うぬぼれるな、ウッヴァ。たかだが神殿の守り人風情が、皇室に影響を与えることができると思ったのか?」
アルビスが再び椅子の背を爪で弾いた音で、カレンは現実に戻る。
(止めなくっちゃ)
これ以上、傍観していたら取り返しのつかないことになる。そんな嫌な予感がして、カレンは必死にもがくが、リュリュは拘束を緩めない。
そうしているうちに、カレンの予感が現実となってしまった。
「これまでの傍若無人な振る舞いについて、それ相応の処分を受ける覚悟はできているのだな」
それ相応の覚悟──この言葉が、死に直結することに、カレンは気づいている。
この世界では、死は元の世界より身近にある。皇帝陛下の匙加減で、人の命は簡単に消えていく。
かつて自分を暗殺しようと企んだシャオエだって、もうこの世にはいない。
(待って。やめて!)
シャオエが処刑されたと聞いた時、身も心もボロボロで「あ、そう」と聞き流すのが精一杯だった。
……違う。聞き流したフリをした。考えるのが恐ろしかったから。
シャオエのことを好きだったわけじゃない。それなりに腹を立てていたし、恨んだりもした。でも極刑までは、望んではいなかった。
取り返しのつかない過去を嘆くなら、ちゃんと声に出して訴えなければならなかった。アオイだけを救うのではなく、シャオエにも自分が納得できる量刑を求めるべきだった。
今ならわかる。あの時の自分の判断は間違っていた。
よその世界のことだからと、目を閉じ、耳を塞ぎ、背を背けたけれど、小さな後悔は消すことができず、日に日に大きくなっていった。
この世界と、関わり合いを持ちたくないと思ったのは事実だが、知らない人達が、勝手に自分の像を作り上げていくことが堪らなく不快であることも事実。
それに、もう二度と、あんな思いはしたくない。ウッヴァは嫌な奴だったけれど、殺されるほど悪行をしたわけじゃない。
「もはや量刑を伝える必要はない。祈りの時間も、お前には不要だ」
ウッヴァに言い捨てたアルビスは、腰に差してあった剣に手をかける。シャッと金属がこすれ合う音がして、鞘から剣が抜かれた。
僅かに差し込む夕日に反射して、剣は燃えているようにも、既に血を浴びているようにも見える。
(止めないと!なんとしても、止めなくっちゃ!!)
焦ったカレンは、辺りを見渡し──視界に入ったそれを、思いっきり足で蹴とばした。
──ガタ……ガタンッ!!
派手な音を立てて、カレンが座っていた重厚な椅子が倒れたが、それは床ではなくカレンの足の上だった。
(痛い!ホント痛い、コレ!!)
思わぬ誤算に、カレンは涙目になる。
しかしこのおかげで、凍てついていた空気が消えた。アルビスは剣を放り出してカレンの元に駆け寄り、リュリュも口を塞いでいた手を離した。
「……カレン様、マジで何やってんの」
青ざめならが呆れ顔になるアオイは、軽々と倒れたイスを元に戻した。
短く礼を言ったカレンは立ち上がり、ひょっこひょっこと足を引きずりながら、ウッヴァの元へと近づく。
「カレン、止まるんだ」
引き留めようとするアルビスの声音は、命令というより懇願に近い。
それを無視してウッヴァを背に庇ったカレンは、アルビスと向き合った。
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