皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 いつの間にか現れたメルギオス帝国でもっとも偉い男は剣を握り、まるで佳蓮の盾になるかのように立っている。

 二度と会いたくない男が姿を現しただけでも不快なのに、その男は佳蓮が嫌う男を二人も引き連れてきた。

 一人はかつて腹の立つことを言われ、思わず急所を蹴り上げてしまった脳筋騎士で、もう一人は佳蓮に余計なことを吹き込んでくれた喰えない騎士。

 その2人の騎士が、少年の首元ギリギリに剣を突き付けていた。

 一瞬で変わった状況に、佳蓮は目を白黒させながらリュリュの身体をぎゅっと抱きしめた。

 廊下は相変わらずしんとしている。ここに6人もいるというのに、耳鳴りがしそうなほど静寂に包まれている。

 そんな中、最初に口を開いたのは少年だった。

「……へぇ、真冬の水堀を泳いできたの?やるじゃん」

 喉元に刃を当てられている少年は、呑気な口調でそう言った。

「黙りなさい」
「黙れ」

 すかさず騎士2人が厳しい口調で言い放つ。しんとした空気が、一気に緊張感を帯びた。

 少年の言葉を聞いて、佳蓮はアルビスを見上げる。着ている服も髪も妙に艶があると思ったけれど、よく見ればただ濡れているだけだった。

 それに真冬だというのに随分と軽装だ。長ったらしいローブも着ていないし、視線を床に移せば彼らの足元には小さな水たまりができている。

 少年が言ったことはデマカセではないみたいだが、こんなにタイミング良く現れるのは解せない。まるでこちらの状況をずっと監視されていたかのようで、かなり不愉快だ。

 佳蓮がムッとしたと同時に、少年が再び口を開いた。

「僕さぁ、初めて王様の護りってやつを喰らったよ。あれはすごいね。ぶっちゃけ死んだかと思ったよ。っていうか、護りがあるなら初めからそう言ってくれないと。あーもしかして演技だった?ならまんまと騙された僕が馬鹿だったか……いや、ずっと君の顔を見ていたけど、どうやら護りを与えられたこと自体知らなかったようだね」

 少年は佳蓮に向かって話しかけているが、当の本人はぽかんとしている。言っている意味が全然理解できないのだ。
 
 シダナとヴァーリの剣によって動きを封じられている少年は、佳蓮の表情が見えない。そのはずなのに、全部を理解したように声を上げて笑った。

「あははっ、まじかよ。ねぇ王様、あえて教えなかったの?式も挙げてないのにヤッちゃって駄目じゃん。で、ヤッたらヤッたで、今度はこの城に捨てたわけ?うわぁー……王様。マジ鬼畜」

 少年から軽蔑した眼差しを受けたアルビスは、深紅の瞳で射貫き黙らせた。

 次いでアルビスは表情を変えて、後ろを振り返る。すぐに眉間に皺を寄せ、つい目にしたままを口にする。

「……だいぶ痩せたな」

 佳蓮のまなじりが、みるみるうちに吊り上がる。

(はぁ?言うに事を欠いてそれを今言う?)
 
 痩せたのは認める。でもここまでやつれたのは、あんたのせいだ。

 思わずアルビスに向けて罵詈雑言を浴びせたくなる佳蓮だったが、ぐっと堪えて視線をずらすと少年に剣を突き付けている一人の騎士に向かって声を張り上げた。

「シダナさんっ、話が違うじゃんっ」
「不徳の致すところです」

 佳蓮から叱責を受けた騎士は、剣を手にしたまま食い気味に頭を下げる。

 場違いなほどの慇懃無礼な態度を取られた佳蓮は、強い憤りを覚えて歯ぎしりする。

 あの時シダナは、アルビスが佳蓮との再会を望んだ場合、全力で阻止すると間違いなく答えた。それなのにまだ一ヶ月しか経っていないのに彼は現れた。シダナの全力は、所詮そんなものだった。 

 加えて知らないうちに訳の分からない護りとやらを自分の体に付けられて、不信感と不快感も加わり、あまりの怒りにえずきそうになる。

「今すぐ、どっかに行って!!」

 込み上げてくる胃液を気合で押し込み佳蓮が叫んでも、アルビスは動じない。

 その代わり、腕の中にいるリュリュが身動ぎした。

「……カ……カレン……さま」
「リュリュさん、喋れるようになったんだ。良かった!」

 微動だにしないアルビスを無視して、佳蓮は半泣きになりながらリュリュの顔を覗き込む。

 一方、自力で体を起こすことができたリュリュは、状況を把握するために周囲を見渡し──すばやく佳蓮を抱き込んだ。

「カレンさま、見てはいけませんっ」

 リュリュの切羽詰まった声に、佳蓮はとても嫌な予感がした。

「ちょっとやめてっ」

 自分を包み込むリュリュの腕を振り払い、佳蓮は手を伸ばしてアルビスのズボンを掴んだ。それは思わず手を離したくなる程、とても冷たく濡れていた。

 けれど佳蓮は、握る手に力を込める。そしてありったけの声を張り上げて訴えた。

「お願い!その子を殺さないでっ。お願いだから!!」

 こんな奴に頭を下げたくないという発想は、今の佳蓮にはなかった。これまで生きてきた世界の常識と倫理観だけで、必死に言葉を紡ぐ。

「あのねこの子は、シャオエって人に頼まれただけなの。それが誰かは私は知らないけれど、とにかくその人が悪いの!罰するならそのシャオエって人だよっ。だからこの子を殺さないで!そっちの二人もお願い、剣を離してっ。今すぐ!!」

 悲痛な声で叫びながら、佳蓮は反対の手も伸ばしてアルビスのズボンを引っ張った。

 ちょっとでも力を抜けば、このままアルビスが少年を斬り殺してしまいそうな予感がして、佳蓮の指先は真っ白になっている。

 シダナとヴァーリは少年の首筋に剣を添えてはいるが、動くことはない。しかしアルビスは動いた。振り返って佳蓮に言葉を掛ける為に。

「シャオエとは……夜会の時に一番最初に君に挨拶をした奴だ」

 殺さないという約束を与える代わりに、アルビスは佳蓮の別の質問に答えることにした。

「夜会?最初の人?……えっと……」

 佳蓮は必死に記憶を探る。そうすれば、一人のどぎつい女性の顔がおぼろげに浮かんできた。

「……あっ、月曜担当か」
「は?」

 間の抜けたアルビスの声が聞こえてきたけれど、佳蓮はそれを無視する。

 首謀者が誰だかわかれば、この騒動がなんだかんだいって、結局目の前にいる男が原因だということに気づいてしまった。

 みるみるうちに佳蓮の表情が険しくなり、毛虫を見るような目つきでアルビスに言い放つ。

「あのさぁ皇帝陛下さん、自分で囲っといてなんなの?ったく、ちゃんと躾くらいしといてよね」
「……なかなか手厳しいことを言うな。だが、もっともだ」

 図星を指されたアルビスは佳蓮に向け、何とも言えない表情を浮かべた。
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