皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
135 / 148
二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

9

しおりを挟む
 カレンから返事がないことを、拒絶と受け止めたアルビスは、もっと距離を取る。   

 その隙間に、リュリュが素早く身体を滑り込ませた。

 二度と倒れさせないという意思が伝わるくらい、背後からリュリュに強く抱きしめられ、カレンは、そこまでしなくても大丈夫だよと伝えるために首を捻る。

 視界に映るリュリュは、沈痛な顔をしていた。 

「間に合わず、申し訳ありません」

 きつく唇を噛んでいる姿は、誰の目にも怒りを堪えているように見えるようだ。そうじゃないのに。
 
 ただ戸惑っているだけだ。アルビスが約束を守ろうとしていることも、ウッヴァがガチ泣きをしていることも。

「……おじさん、もういいって……どういうこと?」

 アルビスを直視できなくて、カレンはウッヴァに目を向ける。

 ボロボロ零れた涙を袖口で拭っていた彼は、はっと顔を上げた。

「申し訳ありません!わたくしが間違っておりました!!ど、どうか……お許しください……!」
「え、ちょっと……」

 謝ってほしいわけじゃない。泣いている理由を、教えてほしいだけなのに。

「私にしかできないことがあったんだよね?それって、何?もういいって、何がもういいの?」

 矢継ぎ早に問いかければ、ウッヴァはか細く、押し殺した声で、こう言った。

「……は、花を……見て、いただきたかったのです」
「え?……花??」

 なんだそれ。と、言わなかったけれど、カレンは首を傾げてしまった。
 
 そんな姿を目にしても、ウッヴァはもう何も言わない。後を引き継いだのは、アルビスだった。

 シャッと、カーテンがアルビスの手によって開かれる。

 夕日が遠慮なく窓から差し込み、カレンは眩しすぎて片手で目元に影を作る。

 明るさに目が慣れた視界に映るのは、窓の向こうに広がる王城の庭園と引けを取らない、美しい花壇だった。

「この神殿は、かつて植物魔法の修業の場だった。その名残で神官たちは、自らの手で植物を育てている。今見えている花壇にある花は、サーバウルと言って、この神殿にしかなく──ウッヴァが品種改良を繰り返して完成したものだ」

 淡々としたアルビスの説明を聞きながら、カレンは花壇に目を向ける。
 
 サーバウルは子供の背丈ほどあるスズランみたいだが、花の形はどちらかというとホオズキに似ている。とにかく初めて見る品種だ。

「……すごいね。うん、可愛い」

 素直な感想を口にすれば、ウッヴァは、また目からボロボロと涙を流す。

「あ、あり……ありがとう……ございます。うっううっ……!」

 嗚咽まで加わったけれど、これが嬉し涙であることはわかる。

 それにしても「お前は神殿の失われた権威を取り戻すのが使命だ」と主張していたけれど、要は花を褒めろということだったのか。

 たったそれだけのために、賄賂を贈りつけられ、ストーカー行為までされたカレンの心境は複雑だ。

 極刑を阻止して正解だったとは思うけれど、心の中でモヤモヤが広がる。

 アルビスはどう思っているのだろうか。ふと疑問に思って彼を見ると、とても厳しい表情をしていた。

「お前はなぜ、そうまでしてこれを見せたかった?」

 低いアルビスの声は、今度はウッヴァに返答を求めている。

「実は……その……これまで我々の神殿の後ろ盾になってくださっていたお方から、突然支援を打ち切られてしまい……やむを得ず、聖皇后陛下のお力を求めてしまいました。申し訳ありません……本当にわたくしは愚かな過ちを──」
「言い訳と謝罪は求めていない。やむを得なかった理由は他にもあるはずだ。包み隠さず述べろ」
「はっ。も、申し訳ございません!」

 アルビスに尋問されているウッヴァは、ブルブル震えつつも、再び語りだす。

「し、支援を打ち切られて……神殿は、ここを維持することで精一杯で、もう新種の花の研究をする費用を捻出することはできません。後ろ盾になってくださったお方は、援助は打ち切りましたが、貸付という形で幾らかは用立ててくださいました。……しかし、返済はいつでもいいとおっしゃってましたが、突然、返済を迫られ……」
「え?待って。ここにある高級品とか、私に贈りつけたやつとかを売ればいいじゃん」
  
 つい口を挟んだカレンを見て、ウッヴァは悲し気に首を横に振る。

「ここにあるものは……もう神殿のものではありません。後ろ盾になってくださった方のものでございます。そして、聖皇后陛下に献上した品は……その……」
「元支援者が、用意したものということか」
「は、はい。そうで……ございます……」

 身内の恥を晒してしまったという感じで、ウッヴァは顔を赤くして項垂れる。

 それでも、まだ語りたいことがあるのだろう。ぎゅっと両手を握り合わせ、顔を上げた。

「売れるものは全て売りました。他の支援者も必死に探しました。しかし……誰も、我々の後ろ盾になってくださる者はおりません。そうしているうちに返済期日を過ぎ、とうとう後ろ盾になってくださった方は、サーバウルを求められました。ここに咲いている花も、種も、研究資料も、全て。そうすれば、全ての貸し付けを消してくださると、おっしゃってくださいました。他の神殿の者たちは、その要求を呑めと。ありがたい話だと。しかし……わたしは、わたしだけは拒みたかったのです。一生を捧げた花を、どうしても手放したくなかったのです。わかっています。これはわたくしの、身勝手だと……」

 だいたい事情が見えてきた。ウッヴァは、あの時こう言いたかったのだ。

『自分の命より大事な花を、守ってください』

 聖皇后が神殿の後ろ盾になれば、これほど強力なものはない。元支援者も、サーバウルを諦めてくれると思ったのだろう。

(だったら、最初からそういえばいいじゃん!)

 後ろ盾になるかどうかは別として、この神殿は、イル達がいる孤児院と同じだ。事情がわかっていたなら、カレンとて、あそこまで邪険にするつもりはなかった。

 ここまで拗れたのは、全部、ウッヴァが無駄な虚勢を張ったせいである。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...