皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

文字の大きさ
136 / 148
二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

10

しおりを挟む
 舌打ちしたい感情が暴れるが、カレンはグッと堪えて最後までウッヴァの話を聞くことにする。

「どうしても花を手放したくない思いから、わたくしは首を横に振り続けてしまい……見るに見かねて、後ろ盾になってくださったお方は、聖皇后陛下を自分の代わりに支援者にするよう提案されました。聖皇后陛下に献上した品は、その時、後ろ盾になってくださったお方が、用意してくださったものです」

 自分の予想が当たっても、カレンはぜんぜん嬉しくない。それよりも、元支援者の方が気になる。なんだか、きな臭い。

 ずっとウッヴァの話に耳を傾けていたアルビスも同じ気持ちだったようで、ここで静かに問うた。

「お前の花を求めた元支援者の名はドウェイ家だったはず。あの家門は慈善事業に力を入れている。そのような仕打ちをするとは思えない」
「……あ、そ、その……ドウェイ卿は、今でも支援をしてくださっています。ですが……もう一人、名を伏せて支援をしてくださっておりまして……そのお方こそが」
「本当の支援者だったというわけか。で、その者の名は?」

 ウッヴァは、無言で頷いたまま、カタカタと震えだす。

「そ、それは……名を出してしまえば、神殿は……」
「ウッヴァよ。お前は、誰を前にしてそんなことを言っている?」 
  
 言外に、黙秘は通用しないと、アルビスは警告している。

 それを無視できるはずもなく、ウッヴァは観念した。

「……ナセフ家のご当主……ラリガ様で……ございます」

 その名が出た途端、後ろからカレンを抱きかかえているリュリュが、小さく息を吞んだ。

(え?知り合い??)

 誰?と、カレンが尋ねる前に、気配を消してこちらに近づいたアオイが、こそっと囁く。

「そいつ、シャオエの幼馴染だよ」

 今度は、カレンが息を呑んだ。まさかここで、彼女の名前が出るなんて。

「ラリガは、シャオエにぞっこんだったからね。まぁ、シャオエは使える手足程度にしか思ってなかったけど。きっとラリガは、シャオエを処刑した仕返しに、何か企んでいたんだろうね。門外不出のサーバウルの栽培方法は貴重だから、相当高値で取引されるだろうし、きっとその金で武器を用意して、傭兵を雇って、謀反を起こそうとしたんだろうね。それか……僕みたいな暗殺者を大量に雇う気だったのかも。ははっ、馬鹿だね、あいつ」

 付け足された情報に、胸がザラザラする。

 自分の暗殺を企てたシャオエが斬首され、それを知ったラリガが復讐を計画し、ウッヴァが標的にされ、孤児院はとばっちりを受けた。

 まさに負の連鎖だ。その最たる原因は、召喚された自分にある。

(あの時、私が一本早い電車に乗ろうとしなければ……!)

 召喚したのはアルビスだ。彼を責めればいい。それに、これまでの自分の行動が間違っていたとは思わないし、こっちは被害者なのだから罪悪感を覚える必要なんてない。

 そう頭ではわかっているが、感情は割り切ることができない。

「まさか、変なこと考えてる?言っとくけど、カレン様は何も悪くないよ」

 カレンの心情を読み取ったかのように、アオイは小声で、でも力強く言った。

「シャオエは、やっちゃいけないことをしたんだ。腹を立てるアイツが間違ってる。それに……喧嘩を売る相手は、ちゃんと見極めないと」

 アルビスに視線を向けたアオイは、「王様おっかないからね」と顔をしかめる。
 
 その顔は、畏怖してるというより、苦手な食べ物を目にした子供みたいだった。ついカレンは、小さく笑う。

 そんな二人のやり取りを視界の隅に入れたアルビスは、チラリとカレンに視線を向け、再びウッヴァに目を向けた。

「おおむね事情はわかった。しかし、お前が罪を犯したことには変わらない」

 低く慈悲のない声でそう告げたアルビスは、パチンと指を鳴らす。その音に反応して、床に投げ捨てられていた剣が、吸い寄せられるように彼の手に収まった。

 ぞくりとした。結局、足を痛めても、何も変わっていない現実に、カレンの瞳が凍り付く。

「ま、待って──ん……っ!!」

 咄嗟にウッヴァを庇おうとしたけれど、リュリュは抱きしめる力を強くするし、アオイに口を塞がれてしまった。

 ウッヴァは、もう泣き止んでいる。そして凪いだ目をして、祈るように指を胸のところで組み合わせると、静かに頭を下げた。

 カツンと、また靴音が響き、アルビスはウッヴァの目の前に立つ。

「覚悟はできているな」

 ウッヴァが頷くのと、アルビスが剣を振り上げるのは、ほぼ同時だった。

 無情にも剣が振り下ろされる。ウッヴァは微動だにしない。

(やだ!やだ、やだ、やだ、やだ!!やめて!!お願い!!誰でもいいから止めて!)

 拘束され身動きが取れないカレンは、祈ることしかできない。 

 切っ先は、迷いなくウッヴァの首に狙いを定めている。この部屋が血まみれになるのは、避けられない。

 そう絶望したカレンだが、次の瞬間、目に困惑の色が浮かんだ。

(……え?)

 瞬きを繰り返す。何度、それを繰り返しても、現状は変わらない。

(殺して……ない??)

 ウッヴァの首はつながったままだった。ただ切っ先は、首元ギリギリに添えられている。少しでも動けば、皮膚は切り裂かれてしまうだろう。

 そんな器用な芸当ができることに驚くが、それより剣を中途半端なところで止めたことの方が気になる。

(まさか……一回止めて、やっぱ殺すなんてない……よね?)

 そんな卑劣な真似をされたら、どんな行動に出るのか、カレン自身もわからなかった。
しおりを挟む
感想 534

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

処理中です...