4 / 26
一通の招待状と、悪役令嬢の婚約者④
しおりを挟む
『ねぇ本当は、あなたは私のこと、どう思っているの?』
一番聞きたいこの質問を胸にしまって、ルシータはさりげなくこちらのご機嫌を伺うような笑みを向ける侯爵さまに問いかけた。
「まさか、レオナードさまはご参加なさるのですか?」
「いい加減その口調はやめてほしいな、ルシータ。昔みたいに、レオンって呼んでよ」
的外れ、かつ無理難題を言われてルシータは唇を噛んだ。
彼のことを気軽に愛称で呼べたのは、何も知らない子供だったから。でも今は、あの頃とは違う。無邪気さは子供だけが持てる特権だ。
それにレオナードの気持ちすらわからない自分には、この要求はハードルが高すぎる。それにこの婚約が本当のところ、彼にとって不本意なものだったとしたら、身の程知らずと言われそうなもの。
───......まったく人の気も知らずに、好き勝手なことを言ってくれる。
ルシータは、返事の変わりにへそを曲げる表情を作って、レオナードから視線をずらした。
けれど、甘く優しい声音は、どこまでも追ってくる。
「婚約披露のお茶会って言っても、気負うことはないよルシータ。僕なんて学年が違うのに招待状を受け取ったんだ。きっとやみくもに色んな人たちを招待してるだろうし」
「……」
「ちょっとお洒落をして、適当に時間を潰せば良いだけじゃないか」
「……」
「一緒に行ってくれないか?ルシータ、頼む。僕は君と参加したい」
「……」
格下の男爵令嬢に向かって、頼むという言葉は不向きだろう。
レオナードはこの施設の出資者であり、名門貴族の人間だ。どちらをとってもルシータに命令できる立場にある。
なのにわざわざ下手に出るとはなにか裏があるのだろうか。
そんな考えが一瞬よぎったけれど、ルシータはレオナードの態度に甘えて素直な気持ちを口にする。
「……行きたくないんです」
「どうしても駄目かい?」
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃないのになぁ」
ルシータとしたら詫びの言葉一つで済むなら喜ばしいことなのに、レオナードはなぜかここで僅かにムッとした。
これまで何度も散歩に誘われても、遠乗りに誘われても全て拒否してきたルシータに、レオナードは決して不愉快さを全面に出すことはしなかった。
けれど、これまでずっと辛抱強く優しい態度でいたレオナードだったが、とうとうルシータのワガママに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
今日はお決まりの「なら仕方がない。また今度にしよう」という台詞を口にすることはしなかった。
「じゃあ、教えて。何で行くのが嫌なの?」
「だって......」
「だって、なんだい」
───どうせ笑われるだけだから。
そう言おうとした瞬間、ミランがタイミング良く2人分のお茶をテーブルに置いてくれたので、ルシータはその言葉をそっと飲み込んだ。
でも、もう一つ言いたいことがあった。
───あなただって、私があの学園で何て呼ばれていたか知っているはずなのに。
貴族というのは総じてお喋りで噂好きの人種である。そしてレオナードは名門貴族だ。
でも彼の口からそういった汚いものを紡ぐことは見たことはない。
とはいえ、貴族である以上、横の繋がりはとても大切だ。そして自分の意思とは無関係に勝手に入ってきてしまう情報までは、防ぎようがないだろう。
そんなことを思いながらルシータもお茶を飲む。
ミランはもと研究者だけあって、お茶を淹れるときも温度計や天秤を使って、完璧な香りと味を引き出してくれる。
ぶっちゃけ、このお茶のおかげでわざわざ外で茶を飲む必要なくね?と思っていることは、絶対に口に出すことはしない。
さりとて他の言い訳が見つからない。
湯気の隙間からそっとレオナードを伺い見れば、彼もまたゆっくりとお茶を飲み始めている。
しかも「お代わりはあるかな?あと、少しつまめるものがあると嬉しいな。クッキーとかさ」などとミランに注文を付けている。
どう見たって彼は長居する気満々のようだ。きっとルシータが行くと言うまで。これは長期戦になりそうた。
そんなルシータの気持ちが伝わったのだろうか、レオナードはティーカップを持ち上げたままこんな提案をする。
「ま、嫌ならすぐに帰ればいいさ。僕は着飾った君を見たいだけだしね」
後半のレオナードの言葉は無視するとして、前半のそれは、とても肩が軽くなった。
それに下手に出られようが、強気に出られようが、レオナードがこの研究所の出資者であることは変わらない。
そして意固地になろうが不貞腐れようが、ルシータが出資者の元で働く親を持つことも変えようのない事実だった。
「……社交界とは無縁の生活を送っておりますゆえ、何か失礼があるかもしれませんが……」
「ないない。大丈夫。じゃ、決まりと言うことで乾杯!」
レオナードは破顔して、ティーカップを持ち上げた。ルシータもつられるようにティーカップを持ち上げる。
けれど、レオナードのそれに合わせることはなく、無言でこくこくと残っていたお茶を飲み干した。
そして最後の悪足掻きで、一つだけ条件を出す。
「雨が降ったら、行きません」
「うん、わかった。でも雨が降ったらお茶会自体が中止になると思うけどね」
ちょっと意地悪く笑ったレオナードは、悔しそうに顔を顰めたルシータを見ながら行き場を失っていたティーカップを口元に運んだ。
一番聞きたいこの質問を胸にしまって、ルシータはさりげなくこちらのご機嫌を伺うような笑みを向ける侯爵さまに問いかけた。
「まさか、レオナードさまはご参加なさるのですか?」
「いい加減その口調はやめてほしいな、ルシータ。昔みたいに、レオンって呼んでよ」
的外れ、かつ無理難題を言われてルシータは唇を噛んだ。
彼のことを気軽に愛称で呼べたのは、何も知らない子供だったから。でも今は、あの頃とは違う。無邪気さは子供だけが持てる特権だ。
それにレオナードの気持ちすらわからない自分には、この要求はハードルが高すぎる。それにこの婚約が本当のところ、彼にとって不本意なものだったとしたら、身の程知らずと言われそうなもの。
───......まったく人の気も知らずに、好き勝手なことを言ってくれる。
ルシータは、返事の変わりにへそを曲げる表情を作って、レオナードから視線をずらした。
けれど、甘く優しい声音は、どこまでも追ってくる。
「婚約披露のお茶会って言っても、気負うことはないよルシータ。僕なんて学年が違うのに招待状を受け取ったんだ。きっとやみくもに色んな人たちを招待してるだろうし」
「……」
「ちょっとお洒落をして、適当に時間を潰せば良いだけじゃないか」
「……」
「一緒に行ってくれないか?ルシータ、頼む。僕は君と参加したい」
「……」
格下の男爵令嬢に向かって、頼むという言葉は不向きだろう。
レオナードはこの施設の出資者であり、名門貴族の人間だ。どちらをとってもルシータに命令できる立場にある。
なのにわざわざ下手に出るとはなにか裏があるのだろうか。
そんな考えが一瞬よぎったけれど、ルシータはレオナードの態度に甘えて素直な気持ちを口にする。
「……行きたくないんです」
「どうしても駄目かい?」
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃないのになぁ」
ルシータとしたら詫びの言葉一つで済むなら喜ばしいことなのに、レオナードはなぜかここで僅かにムッとした。
これまで何度も散歩に誘われても、遠乗りに誘われても全て拒否してきたルシータに、レオナードは決して不愉快さを全面に出すことはしなかった。
けれど、これまでずっと辛抱強く優しい態度でいたレオナードだったが、とうとうルシータのワガママに堪忍袋の緒が切れたのだろう。
今日はお決まりの「なら仕方がない。また今度にしよう」という台詞を口にすることはしなかった。
「じゃあ、教えて。何で行くのが嫌なの?」
「だって......」
「だって、なんだい」
───どうせ笑われるだけだから。
そう言おうとした瞬間、ミランがタイミング良く2人分のお茶をテーブルに置いてくれたので、ルシータはその言葉をそっと飲み込んだ。
でも、もう一つ言いたいことがあった。
───あなただって、私があの学園で何て呼ばれていたか知っているはずなのに。
貴族というのは総じてお喋りで噂好きの人種である。そしてレオナードは名門貴族だ。
でも彼の口からそういった汚いものを紡ぐことは見たことはない。
とはいえ、貴族である以上、横の繋がりはとても大切だ。そして自分の意思とは無関係に勝手に入ってきてしまう情報までは、防ぎようがないだろう。
そんなことを思いながらルシータもお茶を飲む。
ミランはもと研究者だけあって、お茶を淹れるときも温度計や天秤を使って、完璧な香りと味を引き出してくれる。
ぶっちゃけ、このお茶のおかげでわざわざ外で茶を飲む必要なくね?と思っていることは、絶対に口に出すことはしない。
さりとて他の言い訳が見つからない。
湯気の隙間からそっとレオナードを伺い見れば、彼もまたゆっくりとお茶を飲み始めている。
しかも「お代わりはあるかな?あと、少しつまめるものがあると嬉しいな。クッキーとかさ」などとミランに注文を付けている。
どう見たって彼は長居する気満々のようだ。きっとルシータが行くと言うまで。これは長期戦になりそうた。
そんなルシータの気持ちが伝わったのだろうか、レオナードはティーカップを持ち上げたままこんな提案をする。
「ま、嫌ならすぐに帰ればいいさ。僕は着飾った君を見たいだけだしね」
後半のレオナードの言葉は無視するとして、前半のそれは、とても肩が軽くなった。
それに下手に出られようが、強気に出られようが、レオナードがこの研究所の出資者であることは変わらない。
そして意固地になろうが不貞腐れようが、ルシータが出資者の元で働く親を持つことも変えようのない事実だった。
「……社交界とは無縁の生活を送っておりますゆえ、何か失礼があるかもしれませんが……」
「ないない。大丈夫。じゃ、決まりと言うことで乾杯!」
レオナードは破顔して、ティーカップを持ち上げた。ルシータもつられるようにティーカップを持ち上げる。
けれど、レオナードのそれに合わせることはなく、無言でこくこくと残っていたお茶を飲み干した。
そして最後の悪足掻きで、一つだけ条件を出す。
「雨が降ったら、行きません」
「うん、わかった。でも雨が降ったらお茶会自体が中止になると思うけどね」
ちょっと意地悪く笑ったレオナードは、悔しそうに顔を顰めたルシータを見ながら行き場を失っていたティーカップを口元に運んだ。
24
あなたにおすすめの小説
それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
結婚式の日に婚約者を勇者に奪われた間抜けな王太子です。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月10日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング2位
2020年11月13日「カクヨム」週間異世界ファンタジーランキング3位
2020年11月20日「カクヨム」月間異世界ファンタジーランキング5位
2021年1月6日「カクヨム」年間異世界ファンタジーランキング87位
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
恋の締め切りには注意しましょう
石里 唯
恋愛
侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。
幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。
最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。
そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、
「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。
その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。
【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
「前世の記憶がある!」と言い張る女が、私の夫を狙ってる。
百谷シカ
恋愛
「彼を返して! その方は私の夫なのよ!!」
「ちょっと意味がわかりませんけど……あの、どちら様?」
私はメランデル伯爵夫人ヴェロニカ・フェーリーン。
夫のパールとは幼馴染で、現在はおしどり夫婦。
社交界でも幼い頃から公然の仲だった私たちにとって、真面目にありえない事件。
「フレイヤよ。私、前世の記憶があるの。彼と結婚していたのよ! 彼を返してッ!!」
その女の名はフレイヤ・ハリアン。
数ヶ月前に亡くなったパルムクランツ伯爵の令嬢とのこと。
「パルムクランツ卿と言えば……ほら」
「あ」
パールに言われて思い出した。
中年に差し掛かったアルメアン侯爵令嬢を娶り、その私生児まで引き取ったお爺ちゃん……
「えっ!? じゃあフレイヤって侯爵家の血筋なの!?」
どうしよう。もし秘密の父親まで超高貴な方だったりしたらもう太刀打ちできない。
ところが……。
「妹が御迷惑をおかけし申し訳ありません」
パルムクランツ伯爵令嬢、の、オリガ。高貴な血筋かもしれない例の連れ子が現れた。
「妹は、養父が晩年になって引き取った孤児なのです」
「……ぇえ!?」
ちょっと待ってよ。
じゃあ、いろいろ謎すぎる女が私の夫を狙ってるって事!? 恐すぎるんですけど!!
=================
(他「エブリスタ」様に投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる