悪役令嬢と呼ばれた彼女の本音は、婚約者だけが知っている

当麻月菜

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真打登場①

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 二度と会いたくないと思っていたこのお茶会の主役は、婚約者と仲良く腕を組んでお芝居のワンシーンのように完璧な作り笑いを浮かべている。

 対してルシータは、頼んでもいないのに、愛犬自慢を聞かされたような心境で、うんざりした表情になってしまうのを止められなかった。

 もちろんアスティリアの眉は、すかさずピクリと跳ねる。

 そんな彼女は、茜色の艶のあるベルベットのような髪に、濃紫の瞳の美女。学生時代からその美貌は一際輝いていた。
 そして今は、いろんな意味で人生の勝利を確信しているせいか、学生時代のそれより遥かに美しさに磨きがかかっていた。
 
 その隣にいる婚約者の名前は招待状に太字で書いてあったので一応は覚えている。

 彼の名前は、ロザンリオ・ハイド。
 ついでに言いうと、御年24で、伯爵さま。もっと言うと黒髪、濃紺の瞳。そこそこの美男子でアスティリアと同じく伯爵さま。
 ちなみにアスティリアの美貌に惹かれ、一度婚約者がいたけれど、破棄した過去を持っていて。この誠実そうな見た目とは裏腹に、女癖はかなり悪い……らしい。

 後半の情報は今知った。レオナードに群がっていた女性たちの、ひそひそと囁き合う声で。

 それと同時に相変わらずハムの香りも、漂っている。 
 けれどもう、ルシータはそれに食欲をそそられることはなかった。

 ついさっきまで意地汚く、ハムを食べてから帰りたいなどとほざいていたのに、今は手の平を返すように、そんなものなど食べなくても死ぬことはないという思考に切り替わっている。
 もう、ただただ、一刻も早くこの場から立ち去りたい。

 そんなことだけが頭の中でいっぱいになり、気づけばそろりと席を立っていた。

 けれど、アスティリアは3日も餌を与えられなかった狂暴な肉食獣のような目付きでルシータをじっと見つめている。
 言葉にするなら「ここで会ったが100年目。絶対に逃さない。何があっても逃すものか」という感じ。

 そしてルシータは争いを好まない、変わらぬ平穏を臨む小動物。自分でも情けないほど、足がすくんでこの場から動けない。

 そんなルシータの行動をアスティリアはしっかり読んでいるようで、更にこちらに近づく。

「元気そうでなによりよ、ルシータ。紹介するわ、私の婚約者のロザンリオ様よ。───リオ、この方が私の同級生のルシータよ」

 紹介をされ、また受けてしまえば、無視することはできない。

 ルシータは嫌々ながらも、スカートの裾を持ちロザンリオに向かって淑女らしい礼を取る。

 そうすればロザンリオはルシータの手を取り、初めましてと挨拶を返す。でも、ルシータはしっかりと見た。彼が含み笑いをしていることを。

 その表情だけでアスティリアが、この男にどんなふうに自分のことを伝えているのかが手に取るようにわかる。

「僕も紹介してもらえるかな?アスティリア嬢」

 ロザリオに握られた手を放すタイミングを伺っていたら、そんな声が背後から聞こえてきた。

 いつの間にかレオナードはルシータの後ろに移動していたのだ。

 無意識にロザンリオの手を振り払い、慌てて振り向けば、レオナードはにこやかな笑みを浮かべていた。
 ただ、ルシータとの距離はとても近い。ほぼ密着している。しかも目が合ったと同時に、ルシータの肩をそっと抱く。

 まるで自分からルシータの婚約者だと名乗っているかのように。
 いや、にこやかな表情を浮かべているとはいえ、その目は笑っていない。自惚れて良いのなら、自分の婚約者が異性に触れられたことを不愉快に思っているようにすら取れる。

 ルシータはレオナードの取った行動に、混乱を極めた。

 ついさっきもそうだったが、レオナードは女性たちの歓声を浴びながらも、ルシータと婚約したことを隠すつもりはないようだ。

 一体全体、この人は何がしたいのだろうか。
 自分を翻弄させて、何が面白いのだろうか。
 こんな自分に、なにを訴えたいのだろうか。
 
 そんな疑問がぐるぐると頭の中をまわる。

 けれど途端にギャラリーから、この世の終わりのような小さな悲鳴が次々にあがる。「どうしてお前なんかが」というあからさまな視線を受ければ、今すぐ胸に抱える戸惑いと疑問は、レオナードに伝えることができない。

 ルシータの唇が言葉を紡ぐことができず、わななく。
 それをレオナードは、軽く眉を上げて見下ろしている。答えを知っているのにもったいぶっている。そんなルシータにだけわかる意地の悪い笑みを浮かべて。

 ただ客観的に見た光景は、所かまわず見つめ合う恋人同士にしか見えなかった。

「もちろん紹介するわ、レオナードさま」

 主役の座を奪われたかのように顔を引きつらせたアスティリアは、こっちを向けと言わんばかりに、声を張り上げた。

 そしてレオナードの視線がルシータから離れたのを確認すると、先ほどより遥かに丁寧に互いを紹介する。  

 といってもレオナードはルシータと違い、貴族社会の中で生きている。だから”初めまして”の挨拶ではなく”改めまして”といった感じだった。

 つまり、わざわざ紹介し合い、かつ、挨拶を交わすのは今更感が満載といった感じで。

 でも、社交界というのは総じて意味のないことに重きをおくもの。 
 だからこれもまた、貴族社会ではやらなくてはいけないことなのだろう。

 そんなことを考えながら、ルシータが面倒くさい事としか思えないやり取りを、ただギャラリーの一人として見ている。

 内心では、早く終われ。さっさと帰りたい。
 そんなことを心の中で繰り返し訴えてはいるけれど。 

 でも、やはり肉食獣はそう簡単に小動物の逃がすつもりはなかった。
 一通り、男性たちの挨拶が終われば、アスティリアはすかさず口を開く。 

「それにしてもあなたは悪い人ね、レオナード」

 何の脈絡もなくそう言ったアスティリアの声音は意地の悪い含みがあった。

 何が?ルシータは胸が苦しくなりながらも、純粋に疑問に思ってしまう。でもすぐに聞いてしまったことをひどく後悔した。

 なぜならアスティリアは、こんな言葉をルシータに言い放ったから。



「下宿人に期待を持たせるなんて」と。
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