冷徹領主は、みなしご少女を全力で溺愛したいようですが。

当麻月菜

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1.婚約を破棄する少女に、冷徹領主は暴言を吐く

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 たった3文字を紡いだだけなのに、突如現れた男は完全にこの場を支配していた。

 ─── カツン、カツンと革靴の音だけが響く。

 それと同時に、男の背中まである漆黒の髪が微かに揺れる。
 一つに括られているそれは、とても艶やかで、黒天使の羽根のようだった。

 モニカは髪を掴まれたままの状態で、男の顔を見つめる。

 仕立ての良い服を着こなす程のすらりとした長身の男は、とても綺麗な顔をしていた。

 すべてを見透かしているかのような深いブルーの瞳は、まるで氷のように冷え冷えとしていた。
 すっと通った鼻筋に意志が強そうな凛々しい眉は、汚いものを見たかのように顰めている。でもそれすら美しいと思ってしまう。

 そして男は真っすぐにセリオの前に立つと、静かに口を開いた。

「暴力で従わせるなど言語道断だ。今すぐ手を放せ」

 艶のあるテノールの声は、誰かに命令することに慣れた口調だった。

「はぁ? 僕はまだ殴ってないし」

 精一杯の反論をしたセリオに、モニカは思わず状況を忘れて、ずっこけそうになってしまった。

(……ああ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、ここまで頭が悪いとは)

 髪を引っ張られる痛みはかなりのものだけれど、そんなことを一瞬忘れて絶句してしまった。

 けれど男は全く動じない。ご丁寧に、セリオに説明をする。

「力任せに女性の髪を掴む行為は暴力に他ならない。今すぐその手を放せ」
「は? そんなことなんで僕が命令されなきゃいけないわけ? これは教育だよ。言うことを聞かない女にはこうして躾なきゃいけないんだよ。こいつは僕の婚約者だ。僕がどうしたって構わない」
「呆れた奴だな」
「なっ」

 胸を張りながら独自の持論を展開していたセリオに、男はその言葉どおり呆れ果てた表情を作った。

 セリオは悔しそうに唇を噛み締める。でも、すぐにモニカの手を離した。

 それは自分の過ちに気付いたからではなく、この男を攻撃するために。

「偉そうに、あんた誰だよっ」
 
「ちょ、まっ、待って」

 勢い良く男を掴みかかろうとしたセリオに、モニカは待ったをかけた。

 なぜなら、モニカはこの男の正体を知っているから。

 クラウディオ・ファネーレ 御年27。そしてこの領地トラディを統べる領主さま。

 辺境の村では領主の名こそ誰でも知っているが、その容姿を目にした者はほとんどいない。領主代理である村長が村を取り仕切っているから。

 だからセリオが気付けないのは、ある意味当然であった。

 とはいえ、領主を殴ったとなれば、無知で許される範囲は超えてしまう。

 自分の近くで息をするなと訴えたモニカとて、わざわざ斬首の道を歩ませるほど非道な人間ではない。

「…… まったく後で村長に詳しく話を聞かなくていけないな」

 面倒事を思い出したような苦い顔をしてそう言った男─── もといクラウディオは、殴り掛かろうとしていたセリオの腕をいともたやすく取った。

 そして、ポイっと放り投げた。

 大事なことで二度言うけれど、クラウディオはほぼ同じ体形であるセリオを、ポイっと放り投げたのだ。

 まるでゴミをゴミ箱に捨てるかのように。
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