冷徹領主は、みなしご少女を全力で溺愛したいようですが。

当麻月菜

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3.暖炉とお茶と、紙の音

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 華美を抑えた実用的な馬車が2台、早朝の陽の光を浴びて輝いている。

 そしてファネーレ邸の玄関ホールには───

 帯剣をした騎士が2名。
 両手に書類の束を抱えた、青年が1名
 濃紺のお仕着せに真っ白なエプロン姿のメイドが1名。 
 右手には巨大なスコップ。反対の手にはジョウロとか軍手が入ったバケツを持った庭師とおぼしき壮年男性が1名。
 
 計5名のファネーレ邸の使用人から『お待ちしておりました。さぁ、参りましょう』と一糸乱れぬ動で頭を下げられたモニカは、自分が今、どんな顔をしているのかわからなかった。

【自宅に戻ったら部屋の空気を入れ替えて、掃除がしたい】

 昨日モニカは、クラウディオにそう言った。

 けれどそれは他愛ない会話の一部であり、モニカはクラウディオに人手を貸してくれてと強請った覚えなはい。ただ単に聞かれたから答えただけの事。

 けれど目の前にいるファネーレ邸の使用人達は、妙な使命感に駆られている。

 そこまで気負う必要は無いし、そもそも、モニカは彼らを必要としてはいないというのに。 

「人手が多い方が良いと思って声を掛けたのだが、何分急だったもので……あまり用意できなかった。すまない」

 いつの間にか背後にいたクラウディオからそんな言葉が降ってきて、モニカはぶんっと音がする程の勢いで振り返った。

 次いで、首が取れてしまいそうな勢いで、横にぶんぶんと振る。

「とんでもありません。お気遣いいただきありがとうございます。ですが……人手なら私一人で十分です」
「そうか。良かった。なら、皆の者、行くぞ」

 モニカの主張をさらっと無視したクラウディオは、使用人に向け声を掛ける。

 すぐさま「はいっ」と、これまた一糸乱れぬ動きで一礼した使用人達は続々と馬車に乗り込んでいく。

「さぁ、行こう。ゆっくりしていては君の自宅で過ごす時間が短くなってしまう」
「……はぁ」

 駄々をこねる子供を諫めるような口調に、物申したい気持ちでいっぱいなモニカだったけれど、執事のルーベンにまで早く行けと促され、押し出されるようにファネーレ邸を後にした。
   


 
 馬車の中はクラウディオと二人っきりだった。

 なぜなら、既に1台の馬車には使用人達がぎゅうぎゅう詰めに着席しており、そこにモニカが入り込む隙間がなかった為だ。

 クラウディオは馬車が走り始めたと同時に書類を読み始めてしまった。
 深いブルーの瞳は忙しく動いている。きっと文字を追うのと同時に、頭の中で沢山の情報を処理しているのだろう。

 時折胸ポケットから万年筆を取り出し、何かを書き込んでいたりもする。
 
 ちなみに彼が手にしている書類は1枚ではない。1冊の本が出来そうな程の分厚さだった。それらが次々に処理され、クラウディオの隣の席に置かれていく様は圧巻だった。

 しばらくの間、モニカは食い入るようにクラウディオの仕事さばきを見つめていた。

 けれど、お仕事中の妨げになるのはわかっているが、自分の主張を訴えることも忘れない。

「領主様、お気遣いいただいて有難いのですが、今後はこのようなことは結構です。それにお仕事にも差支えがありそうなので、領主様も次回からはお仕事を優先してください」
「そんなに嫌だったか?」
「……いえ、そうではないですが」
「なら、今後はそのようなことは言わなくて結構だ。彼らの雇用主は私であり、使用人達に私は無理強いをしてはいない。本人達の意志を最大限尊重した結果こうなった。だから君は何も気遣う必要は無い。ゆえに今後も、自分のやりたいことを優先してくれ」
「……っ」

 クラウディオは書類から目を離さずそう言った。

 雑な返答では無かった。ぐうの音も出ないくらい、きちんとした返答だった。

(この人は、ちょっとズルい人なのかもしれない。いや絶対にそうだ。……ちっ)

 やり込められたモニカは、悔しげにクラウディオを睨む。

 その視線に気付いたクラウディオは書類から目を離して、器用に片方の眉をくいっと上げて口元を綻ばせた。

 腹が立つほど余裕綽々とした、大人の笑みだった。
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